これが金の力か

 道を歩くヴォードとレイアの姿に、誰もが振り返る。そして、それも当然だろうとヴォードは思う。

 レイアは控えめにいっても美少女であり、この街でも最底辺に近いヴォードの隣を歩いているのは違和感があるのだろう。ヴォード自身、まだ夢なんじゃないかと疑いたい気持ちが残ってしまっている。しかし当然ながら、夢ではない。

 そして当然ながら、レイアにも感情というものはあるわけで……非常に不機嫌そうな表情であった。


「……なんですかもう、どいつもこいつも変な目で」

「俺の隣に君がいるのが信じられないんだろう。正直、気持ちは分かる」

「もっと自信持ってほしいですが……まあ、それはおいおいですかねえ」

「おいおい、か」


 変わっていけるのか、ヴォードは正直自信がない。だが、変わらねばならない。

 1週間後の戦いもそうだが、今まで同様に振舞っていてはレイアに迷惑をかけてしまう部分が多く出るだろうことは間違いない。

 自分の傍にいてくれているレイアの為に、出来る限りのことをしなければならない。

 ヴォードはそう強く考え拳を握って。しかし、自分に顔を近づけているレイアに気付きビクッと飛び退いてしまう。


「ど、どうした?」

「……かなり、ちょっと……少し匂いますね」

「そ、そうか?」

「ええ。清潔さは自信を持つための第一歩です」


 言われてみればその通りなのだが、そんなに酷いのかとヴォードは少しだけショックを受けてしまう。自分では、出来る範囲でちゃんとやっていたつもりなのだ。


「たまに井戸水を被ってはいるんだがな……」

「それは世間的には荒行の範囲ですし、たまにじゃなくて可能な限り入るものなんですよねえ」

「……毎日とかじゃないんだな」

「毎日身体を洗えるのは選ばれた人間だけですよ、ヴォード様」


 仕事によっては不可能な事もあるので妥当な話ではあるのだが、妙な世知辛さを感じる台詞にヴォードは「そ、そうだな」と言う他ない。


「しかし、井戸水じゃないってことは……」

「お風呂があるじゃないですか」

「金がかかるだろう」


 真剣な表情で言うヴォードの持つアサシンウルフの報酬袋をレイアが無言でつつき、ヴォードは「……これか」と呟く。


「……もしかして、使うのに抵抗がありますか?」

「そういうわけじゃないんだがな……」

「あのゴーレムはヴォード様の力ですし、それは正当な報酬です。何も気兼ねすることは……」

「……金は、使えばなくなるからな」

「ちょっと何言ってんだか分かんないです」


 諦めたような表情でレイアはヴォードの背中をぐいぐい押していく。

 今までの貧乏生活を考えれば、そう簡単に治らないだろう。そう感じ取ったのだ。


「お、おい。何処行くんだ?」

「何処も何もお風呂ですよ、お風呂!」

「いや、俺は風呂屋の場所なんか知らないぞ!?」

「私が知ってるから大丈夫です!」

「いや、何故そんなに詳しいんだ!?」

「私が【オペレーター】だからです!」


 ヴォードを助ける為の【オペレーター】であるレイアには、周辺の地図情報が知識として存在する。風呂屋の位置も当然のように知っているというわけだ。


「す、すごいな【オペレーター】は……!」

「はい、たくさん頼ってくれていいんですからね!」


 そうやってグイグイとレイアがヴォードを押して行った先は……街の中心部に近い場所にある大きな風呂屋だ。

 スダードの街には幾つかの風呂屋があるが……此処は、その中でも最大規模。そして、ちょっとばかり他の風呂屋よりも高級なサービスも存在する風呂屋でもあった。


「お、おいレイア。此処は……高いんじゃないか?」

「はいはい。そういうのはいいから入りましょうねー」

「い、いやちょっと待ってくれ。もう少し節約をだな」

「私がちゃんとお金管理しますから。大丈夫ですよ」

「いや、それは有難いが……」

「ええいもう、男なら覚悟決めなさい!」


 そう言われてしまえば、もうどうしようもない。ヴォードはレイアに導かれるまま、風呂屋へと向かっていく。

 そうして風呂屋の大きな入り口を潜れば、そこには綺麗な身なりの……ヴォードのボロ服と比べればどの服もそうだろうが、それを含めずともかなり良い制服を着た店員が立っていた。


「いらっしゃいませ。こちらは利用料が前払いで銅貨30枚からとなっておりますが、ご利用を希望でしょうか?」


 店員の視線は、当然ヴォードへと向く。遠回しに「そんな金持ってないなら帰れよ」と言っているのだが……隣に立つレイアが、ヴォードの持つ袋を叩きガチャッと重たげな硬貨の音を鳴らす。


「問題ありませんよ。ていうか、今日は専用室の利用を希望してるのですが?」

「せ、専用室でございますか? 銀貨2枚となっておりますが」

「まったく問題ないですよ。ね、ヴォード様?」

「あ、ああ」


 ここまで来てしまっては、すでにヴォードも異論など言える雰囲気ではない。

 仕方なくそう答え、報酬袋の中から銀貨2枚を掴みだす。

 ……思ったよりずっと多い報酬袋の中身に一瞬ギョッとしたが、これはもう仕方のないことだろう。今までの人生で見た事もないような金額がその中にあったのだから。

 ともかく、ちょっと緊張しているヴォードから銀貨2枚を受け取った店員もヴォードの持っている袋の中身にギョッとして、思わずもう1度ヴォードの服装を見てしまう。

 ……どう見ても貧乏人。まさか怪しい金ではとは思いつつも、金に罪はない。


「……ご案内いたします」


 満面の笑顔を浮かべる店員を見て、ヴォードは「これが金の力か……」などと小さく呟いていた。

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