なんか凄そうだな
ところで専用室ってなんだろう。そんな事を思うヴォードは、店員に案内された場所を見て絶句した。
「こ、此処は……?」
「それでは、ごゆっくりおくつろぎください」
そこはある程度の広さが確保された部屋で、座り心地のよさそうな椅子、そして何かの飲み物らしき瓶やグラスが置かれた机などがあった。
奥にはもう1つの扉があり、ヴォードは思わず周囲を見回してしまう。
「専用室……初めて来たけど、なんか凄そうだな」
「ほうほう。ちなみに人生でお風呂に入った数を聞いても?」
「……ちょっと待ってくれ。思い出すから」
「はい、もう充分です。分かりましたので」
「いや、待ってくれ。そうだ、水浴びは風呂に入ったうちに入るよな?」
「それ以上言うと泣きますからね?」
風呂は個人の持ちうる楽しみとしては相当安価なものだ。それすら中々できていないという事実に、レイアは本気で悲しい気持ちになってくる。
「この専用室ですが、平たく言いますと『庶民に私の高貴な裸体を晒せるか』という一部の方々の要望により世界的に導入されている、誰にも邪魔されずに入れる感じのお風呂です」
「そうなのか」
「そうなのです。その分値段はお高いのですが、払いさえすれば誰にも気兼ねなくお風呂を楽しめるってわけですね」
「ああ、なるほど。俺は嫌われ者の【カードホルダー】だからな」
「んー……その辺りに関しても思うところはあるんですが、まあいいです。とりあえずほら、脱いでください」
言いながらヴォードの服に手をかけるレイアに……ヴォードは「うおっ!?」と声をあげる。
「な、何するんだ!」
「何って。とりあえずソレ脱ぎませんとお風呂入れないでしょう」
「……いや、自分で脱げる。子供じゃないんだぞ」
「別に遠慮はいりませんけど」
「遠慮とかじゃなくてだな……いや、そうだ。レイアが先に入るのはどうだ? 俺は外で」
「グダグダ言ってると脱がしますよ」
「……」
本気の目だと理解したヴォードは「分かった。先に入るよ」と答えるが……レイアは微妙な表情だ。
「先とか後とか……あー、うん。そうですね。では私は少し部屋の外にいますので」
「ああ」
扉を開けて出て行ったレイアを見送ると、ヴォードは小さく息を吐いて服を脱ぎ始める。
随分と汚れてしまったが……今持っている服はどれも似たようなものだ。
「服か……古着屋で何か見繕うべきだろうな」
言いながら、上着を畳んで。ふと視線を感じて振り返った先、ドアをちょっとだけ開けて覗き込んでいるレイアに気付き「うおっ」と声をあげてしまう。
「な、な、な! 何をしてるんだ!」
「ヴォード様って、結構良い筋肉してますよね」
「俺の筋肉なんかどうでもいいだろう!」
「いえいえ、ヴォード様をサポートする【オペレーター】としては貴重な情報ですとも」
「そういうのはいいから……!」
何とかレイアを追い出して溜息をつくと、ヴォードは奥の扉を開けて風呂へと向かう。
そして……広がっていた光景に、ヴォードは感嘆の息を吐いた。
「へえ……!」
石造りの風呂は充分以上に広く、そして身体の洗い場には魔石付きの給水機構が設置され、お湯が出るようになっている。
身体を洗うための桶や洗い布も常備されており、なんと真新しい石鹸までが用意されているのだ。
「凄いな……石鹸なんて高いだろうに」
「別に高くないですよ。いつの時代の感覚ですか」
「うおっ!?」
背後から聞こえてきたレイアの声にヴォードは触れていた石鹸を取り落とし、振り返ってしまう。そして、そこには……湯あみ着を着こんだレイアの姿があった。
「……それは?」
「無い方がよかったですか?」
「いや、そんな事は言ってない」
一瞬だけ残念なような気持ちもあるにはあったが、そんな不誠実な事を言いはしない。
「そうですか? これ、結構簡単に脱げるんですけど」
「待て!」
湯あみ着の紐に手をかけようとするレイアを、ヴォードは真面目な表情で押し留める。
「待ちましたけど、なんでしょう?」
「……人生で初の風呂なんだ。純粋に楽しませてほしい」
「……ちょっと涙出てきましたよ私」
言いながらも、レイアは「しかし!」と叫びヴォードに指を突き付ける。
「生まれて初めてのお風呂なのに、お風呂のマナーをご存じなんですか?」
「うっ……!」
知るはずもない。なんかお湯に浸かることは知っているが、それだけだ。
「お、お湯に浸かればいいんだろ」
「ダメです」
「なっ……!」
「なんで驚いたような顔してるんですか……」
呆れたような表情で、レイアは置いてあった洗い布を手に取る。
「まずはその身体の頑固な汚れをこれで落とします。でないとお湯が汚れちゃうでしょうが」
「あ、いや。そのくらいは分かるぞ。ていうかマナーってそういうのか?」
「特にヴォード様の場合、背中とか人に洗って貰わないとちゃんと汚れがとれないと思うんですよね。汚れを落とさずにお湯に入るなんてマナー違反ですし」
「おい、待て。石鹸を泡立てるんじゃない」
「いいから後ろ向かないと前から洗いますからね」
「そんな脅しがあるか!」
……そんなひと悶着もありはしたが、ヴォードとレイアは無事に風呂に浸かっていた。
最適な温度に調整された風呂は非常に気持ちがよく、ヴォードは満足気に身体を伸ばして……何やら刺さる視線を感じて振り向く。
「……中々ご立派なものをお持ちで」
「うわっ……」
「うわっ、てなんですか。身体の話ですよ」
「なんですかじゃないだろ。流石にどうかと思うぞ」
レイアから離れるように移動するヴォードに、レイアが「変な意味じゃないですよ!」と叫び近寄っていく。
「筋肉の話ですよ! 立派な筋肉ですねっていう!」
「……そんなニュアンスに聞こえなかったんだが」
「それはヴォード様がえっちだからです」
「大体筋肉の話はさっきしたぞ」
「そうでしたっけ」
「ああ」
「まあ、いいじゃないですか。良い筋肉は芸術って言われるくらいですし」
伸ばされてくるレイアの手を避けながら、ヴォードは小さく息を吐く。
「実力が伴わなきゃ、筋肉なんて何の意味もないだろう」
「補正の話ですか」
「ああ」
筋肉の化け物のような男でも力補正がなければ、力補正のある見た目非力そうな子供にアッサリ力負けするのがこの世界だ。
そして望む補正を授かるかどうかはジョブによって決定されており、個人の努力というものは「その後」に必要とされるものでしかない。それが世界の真理だ。
「カードの力は凄いが、補正が無いのは変わらないんだ。俺自身は……弱いままだ」
「んー……そう悲観する必要もないと思いますが」
「なぐさめなら要らないぞ」
「いえ、なぐさめではなく。【カードホルダー】がどういう補正を受けるかは、ヴォード様次第といいますか」
「なっ!?」
ヴォードはその言葉に、思わずレイアの肩を掴んでいた。
「俺次第!? どういうことなんだ!」
「最低でも銀カードからになりますが、能力補正のカードは存在するってことです」
「銀……」
虹カードならともかく、銀カードであれば手に入る確率は高い。問題があるとすれば……。
「一応聞きたいんだが、それが手に入る確率はどのくらいなんだ?」
「それなり、ですかねえ。低いわけではないですが、カードの種類は無限に近い上に汎用的な能力を持つカードは出現率が高いです」
「攻撃魔法のカードとかってことか」
「そうですね。まあ、それにはまた別の理由があったりするんですが……」
言いながら、レイアは自分の肩を掴むヴォードの手に視線を向ける。
「それはそれとして、やっぱり筋肉はあった方がいいですよね。こうガッと掴まれた時のトキメキが違うといいますか」
「あ、いや。すまない」
「どうせなら押し倒してみます?」
「しない」
「えー……」
ともかく、普通に風呂を楽しんだヴォードとレイアは……非常に満足気な表情で、風呂屋を後にしたのだった。
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