ノリで言いました
冒険者ギルド。何でも屋ともトラブルシューターとも言われる彼等を統括する組織の事だが、そのスダード支部では夜中にやってきたヴォード達……正確にはその持ってきたモノに、当直の職員は大慌てだった。
仮眠中の別の職員を叩き起こし、アサシンウルフを解体所へと運んでいく。
「アサシンウルフを五体……それも毛皮に傷がほとんどない状態ですか。撲殺だろうことは分かりますけど、そちらの女性は【格闘家】か何かなんですか?」
報告用の紙を挟んだボードを手に問いかけてくる職員に、ヴォードは「違う」と答える。
「どう説明すればいいか迷うんだが……俺が倒したんだ」
「ハハッ、ヴォードさんもそういう冗談言うようになったんですね!」
言いながら、職員は紙に何かを書き込んでいく。
「まあ、ジョブを隠したいという方もいらっしゃいますからね。その辺りを追及したりはしませんが……高貴な方々からの依頼ですと、ジョブを隠した人は信用できないと雇わなかったりします。あまりお勧めはできませんね」
「……」
「察するところ、そちらの方の手下になったってところですか? まあ、アサシンウルフをこれだけ倒せる人の下にいるなら……安心……」
言いかけて、職員はギョッとしたような表情になる。笑顔のまま、レイアに睨まれている。そう気づいたからだ。
「あ、あの。何か……?」
「ヴォード様は嘘なんかついてませんよ。手下云々言うのであれば、私がヴォード様の手下です」
「え、ええ……? ですが、ヴォードさんは【カードホルダー】ですよ?」
「それが何だって言うんですか?」
「役に立つスキルもなければ能力補正も無し。その辺の子供と戦っても負ける可能性がある! それが【カードホルダー】だって誰でも知ってます!」
そう、この世で最も役に立たないのが【カードホルダー】であり、いわば世界の最底辺。それが歴史の示した純然たる事実。だからこそ、職員は嗜めるようにレイアへと説明する。
「流石にヴォードさんが倒したなんて報告書に書いても、誰も信じません! そりゃ、多少の箔をつけてあげたいのは理解しますが……あまり虚偽が過ぎると、ヴォードさんの評価自体が下がってしまいますよ」
「はあー? 虚偽も何も、事実を目の前に転がしたでしょうが!」
「ですから、それは貴女のされたことでしょう?」
「この……!」
「レイア、いい」
腕を掴まれたレイアは、諦めたような表情のヴォードを見てグッと言葉を詰まらせる。
その表情に、今までヴォードが受けてきた扱いと……その中で生まれた虚無をレイアは感じ取る。
……だからこそ、レイアは掴まれた腕をグイッと引っ張る。職員の言う通りに能力補正のないヴォードはレイアに引き寄せられ、その顔が間近まで近づいてしまう。
「なっ、おい……」
「よかぁないんですよ、ちっとも!」
「レ、レイア……?」
「いいですか、ヴォード様。私が此処に居る以上、貴方にはこれから幸せになる義務があるんです」
レイアの真っすぐな視線。あまりにも真剣なその瞳に、ヴォードは思わず困惑してしまう。
そんな瞳を向けられた事は、今までの人生で無かった。だからこそ戸惑うのだ。
まだ今日の事を、何処か非現実的に感じていた。だからこそ……ヴォードの心は、大きく揺れていた。
「この程度の奴に気圧されててどうするんですか! これから貴方は、もっともっと力を得ていくんですよ!?」
「だが……今の俺が何を言ってもどうしようもないのは確かだろう」
「なるほど? 確かにこいつの目の前でアサシンウルフを倒してみせたわけでもありませんしね?」
再度アイアンゴーレムを召喚することは、今のカードの手持ちでは不可能だ。
手っ取り早く戦う力を見せられるのはファイアボルトだが、少しばかり足りないかもしれない……とレイアは計算し始める。
そして一つの案をはじき出すと、レイアは笑顔で職員へと振り返る。
「……持って行ったってことは買取の意志はあるんですよね?」
「へ!? え、ええ……まあ」
「では、さっさと報酬を寄越してください。そして一週間後に貴方が強いと思う人を用意しといてください」
「え? ど、どうして……いえ、まさか」
「そのまさかですよ!」
不敵な笑みをその顔に浮かべ、レイアはヴォードを示してみせる。
「一週間後。ヴォード様がそいつをブッ飛ばします!」
「「ええ!?」」
「なんでヴォード様が驚いてるんですか!」
叫んでしまったのは、ヴォードも職員も同じ。しかし、それに明らかにレイアは不満気だ。
「一週間で何が出来るってんだ!」
明らかにパニックになっているヴォードの耳にレイアは口を寄せると、小さな声で囁く。
「……今日はもうカードを引きましたけど、あと7日。つまり35枚カードが手に入るんです。この街の強い奴ってのがどの程度か知りませんが、アイアンゴーレムを出せれば楽勝だと思いません?」
「そ、それは……」
スダードの街は大きな街ではあるが、冒険者としてはあまり稼げる場所ではない。特に腕の良い冒険者は兵士になったり他の街に出かける傾向があり……一週間後に、アイアンゴーレムを倒せるような冒険者が都合よくやってくるとは、ヴォードにも考えられなかった。
「ま、まあ……確かに……な」
「でしょう? つまり、銀カードのゴーレム召喚を引いた時点で勝ち確定です」
言われてみると、ヴォードにも出来る気がしてきた。その瞳にも、自然と力が戻ってくる。
「……分かった。やってみる」
「その意気です!」
「あ、あの……本気なんですか?」
「本気も本気ですよこの野郎! ケチョンケチョンのドッペラペーにしてやるから覚悟しとくんですね!」
「わ、分かりました。とはいえ、私の一存でどうというわけにもいきませんから、支部長に相談した上で明日には回答させていただきます」
がおー、と襲い掛かる猫のようなポーズをとるレイアに引いたような様子を見せながらも、職員は答え……タイミングよく別の職員が持ってきた重たげな袋をヴォードへと差し出す。
「では、こちらがアサシンウルフの買い取り報酬です。これからもご贔屓に」
「ああ」
嘲るような……実際嘲っているのだろう。そんな笑みで報酬の袋を差し出してくる職員から受け取ると、ヴォードは背を向ける。
「……行こう、レイア」
「はい、ヴォード様!」
そうして、2人は歩いていく。ヴォードの後ろを、レイアがついていくように歩いて。
やがて立ち止まったヴォードの背中に、レイアが「わぷっ」と声を上げてぶつかる。
「ごめんな、レイア」
「へ? 何がですか?」
「さっきの俺は、我ながら情けなかったと思う」
「……」
「だから、やろう」
ヴォードの瞳に宿るのは、確かな決意。
馬鹿にされても仕方がない。そんな諦めを、自分を庇ってくれたレイアが壊し始めていた。
だからこそヴォードは自分の為ではなく、レイアの為に立ち上がる。
「俺は……君が誇れる俺でありたい。そう思うんだ」
その決意を聞いて……レイアは少し照れたように、けれど困ったように笑う。
「ありがとうございます。でも……出来ればヴォード様の目標は、ヴォード様の為のものであってほしいんですけどね」
「頑張ってはみる。俺自身、これからの俺が何をできるのか……まだ分かってないからな」
何もできない最悪のジョブだと思っていた【カードホルダー】の可能性。
突然開けた道は大きすぎて、広すぎて……ヴォード自身、どう進めばいいのかは何も見えてはいない。
けれど……ヴォードは今、確かに前を向いていた。
「……ところで、ドッペラペーってなんだ?」
「ノリで言いました!」
「ノリかあ……」
そう言われてしまえば、返す言葉など……それ以上、あるはずもなかった。
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