それでは今この時より

 日の落ち始めた草原で、ヴォードは座り込んでいた。傍らには、無駄遣いと言われた剣。

 けれど、そんなものでも必死で金を貯めて買った大切なものだ。


 ……そもそも、ヴォードが生まれ育った村を飛び出したのは12の頃だ。

【カードホルダー】などというジョブを授かっても大切にしてくれていると信じていた両親が、自分を売り飛ばす時期の相談をしていたのを知り逃げ出した。

 それ以降、【カードホルダー】などというジョブ持ちは雑用ですら得るのを難しいと知り……それでもプライドを捨てながら何とか生きてきた。

 荒事を含む様々な依頼をこなす「冒険者」だけは【冒険者】というジョブが存在しない事を知り、これでなら……と決意したのが14の頃。

 けれど、それでも。それでもマトモな仕事を得る事も出来なかった。

 薬草探しでは【薬師】や【植物学者】などには勝てず、戦闘系の依頼では戦闘系のジョブに勝てるはずもない。

 迷子のペット探しですら【獣使い】などに負けてしまう。

 

 どうしようもない。それでも諦めずに剣を手に入れて……それなのに、これだ。

 ヴォードの体のあちこちには打撲跡や切り傷、噛み傷が残っている。負けて、逃げて。命をかけた成果が全敗であった。


「……ハハッ、情けない。せめて武器さえあればスライムくらい。そう目標に定めて、結果がこれか」


 ぶっちゃけた話でいえば、【農夫】でもスライムは倒せる。体力や力に補正がかかり、その結果スライムを倒せる程度の実力がつくからだ。

 しかし【カードホルダー】は違う。力も素早さも魔力も体力も、あらゆる全てに補正がかからない。何もない。それが【カードホルダー】だ。

 だからこそ、現れた【カードホルダー】達は、その全てが失意のうちに死んだ。

 ヴォードもいずれそうなる。その運命を……受け入れられる、はずもない。


「……このままで、終われるかよ」


 立ち上がる。剣を、地面から引き抜く。疲れた身体を動かし、近くを跳ねているスライムを見据える。


「俺はっ! 生きる! 生きて稼いで、全部見返すんだよおおおおお!」


 剣を構えて、スライムへと斬りかかる。ヴォードに出来る全力で、最上段から剣を振り下ろして。

 ボウン、と。無慈悲な音をたてて剣が弾かれる。スライムの反撃の体当たりがヴォードを跳ね飛ばし、それでもなんとか剣を手から離さずに済む。


「げほっ! げはあっ! うがああああああ!」


 自分を踏み潰すべく跳ねるスライムに向けて、剣を突き出す。

 突き、などと呼ぶような洗練されたものではない。

 それは、剣をただ突き出しただけ。そんな無様なものだ。

 ……そして、剣は折れ砕けた。スライムの衝撃に耐えかね、質の悪い剣はゴミのように散ったのだ。

 ヴォードはそのままスライムに踏み潰され、自分の骨が折れる音を聞いた。


「げぁっ……」


 死ぬ。痛い。死ぬ。痛い。死んでしまう。

 こんなところで死ぬ。無様に、情けなく。

 嫌だ。俺は……俺は、成りあがりたい。

 そんな叫びが、ヴォードの頭の中を駆け巡る。

 這いずって、必死で逃げて。そんなヴォードを、スライムはそれ以上追ってこなかった。


 ……そして、夜。ヴォードは、いよいよ最後の時を迎えようとしていた。

 偶然会ってしまった凶悪モンスター、アサシンウルフ。この周辺に出る中でもかなり強力なモンスターから逃げているうちに、すっかり日が暮れてしまったのだ。

 それでも、逃げ切れはしなかった。2匹のアサシンウルフはヴォードに的確にダメージを与え、体力を削っていく。


「く、くそっ! それ以上近づいたら!」

「ガアッ!」

「うあっ……!」


 振り回した剣……いや、刀身の砕けた剣の残骸はアサシンウルフに対する牽制にもなりはしない。


「ぐ、はっ……」


 アサシンウルフに噛みつかれ、剣の残骸が腕から離れ落ちる。

 先程から、アサシンウルフ達はヴォードを殺さない。簡単に殺せるはずなのに、抵抗する力を奪うかのような攻撃を繰り返している。


「ちくしょう! 俺を嬲るつもりか……!」


 何度も噛まれた足を動かし、けれど再度の攻撃に、ついに立つ力すら失い地面に倒れこむ。

 すでに日は暮れて、夜に変わっている。

 凶悪なモンスターや盗賊が活動する時間でもあり、たまたま助けが通りがかる事を期待することなど出来ない。つまり……もはやヴォードの死も確定したかのように思えた。

 それを悟り、ヴォードは今までの人生を思い返す。


 ああ、俺は……俺は。なんで、そんなに成りあがりたかったのか。

 成りあがって……成りあがって、何がしたかったのか。

 思い出すのは、子供の頃のこと。何でもないような事で褒められる、近所の子供の姿。

 自分にはなかったもの。自分では、手に入らないもの。

 それが眩しくて、欲しくてたまらなくて。


「……ああ、そうか。俺は」


 誰かに、必要とされたかったんだ。


 そんな簡単なものすら手に入らなくて、ずっと藻掻いていた。

 それに気付いて、ヴォードは涙を流した。

 カッコ悪く、哀れな。そんな涙が流れた。


「誰か、認めてくれよ……俺を、必要としてくれよ。それだけで、俺は……」


 手を、伸ばす。何も手に入らなかった人生の最後に、救いを求めるように。

 当然、その手をとる者などいるはずもなく。

 その手が、地面へと落ちる……その瞬間。光が、ヴォードの身体から溢れ出た。


「ギャン!?」

「ギャウウウ!?」


 それは、ヴォードを中心に半球状に広がりアサシンウルフ達を弾き飛ばした。

 思わぬ反撃にアサシンウルフ達は逃げ出していき……しかし、それだけでは終わらない。

 溢れ出た光はヴォードの傷を癒し……しかし何故かが分からず、ヴォードは頭の中が疑問符で埋め尽くされる。

 ヴォードを癒しアサシンウルフを撤退させたその輝きは、やがてヴォードから完全に抜け出て、その眼前に集まり始める。

 白く温かい輝きの集合体は人の形をとり、像を結んでいく。

 美しい衣を纏う、銀の髪の少女。その青い目が開かれて……ヴォードの前で、膝をつく。

 そして、ヴォードの手を取り……少女は、微笑んだ。


「おめでとうございます、私の主様。ここまでの道程は、さぞ険しかったことでしょう……これからは、私が傍に居ります」

「君、は……?」

「はい、申し遅れました。私はレイア。【カードホルダー】たる貴方に仕えるべく運命付けられておりました……【オペレーター】でございます」


 そう言うと、レイアはヴォードの手をギュッと握る。


「それでは主様? 貴方のお名前を教えてください」

「……ヴォード」

「ヴォード様、でございますね? それでは今この時より、よろしくお願いいたします……ヴォード様」

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