そのカードが世界を変える~最弱最低ジョブ【カードホルダー】、カード【ドロー】スキルを得て最強への道を駆け上がる~

天野ハザマ

最弱最低のカードホルダー

「せいやあああああ」


 へっぴり腰な姿勢と、気の抜けるような掛け声。


 何処かの道場師範あたりが見れば激怒しかねない、どうしようもない感じの……そんな風な一撃……と言えばいいのかも分からないような、そんな攻撃がスライムに振り下ろされる。


 丁度大きさとしては大人を乗せて走り回れるような、そんな程度の大きさのプルプルした球状の生き物がスライムであるのだが、モンスターの中では比較的温厚としても知られている。

 それでいて、いざその気になれば人間を殺す程度の力は持っており、倒せばその死骸は様々な素材として有効活用できる。

 その為、冒険者の中でも初心者が戦う相手としては相応しい……どころか、スライム狩り専門の冒険者もいるほどだ。


 さて、では男はどうか。

 男の振り下ろした剣はアッサリと弾かれヒュンヒュンと宙を舞い、遠くに刺さってしまい、男に「ああっ」という絶望的な声をあげさせる。

 これで男は無手。しかも目の前のスライムは攻撃されて怒っている。

 男は思わず顔をヒクつかせ……降参とでもいうかのように両手を上げる。


「す、すまん。許してくれると俺は嬉し……ぎゃー!」


 許されるはずもない。ボムッと勢いの良い音と共にスライムは男を跳ね飛ばし、倒れた男の上でそのまま何度もジャンプを繰り返す。

 ボムッ、ボムッ、ボムッ。実に良い音と、男の「ぎゃー」という悲鳴が無様な二重奏を奏でている。

 やがてボロボロになった男を残し、スライムは何処かに行こうとして……その身体が、真っ二つに切り裂かれる。

 そこに居たのは、立派な鉄製の装備をつけた男剣士。彼はスライムの死骸を腰に付けた収納袋の中に吸い込むと、男を蔑んだ表情で見下ろす。

 剣士の男の背後には仲間の冒険者……正確には取り巻きの女達もいて、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「……情けないな、スライム如きにそのザマとは。お前、冒険者に向いてないよ」

「他の才能があるかっていえば別だけどな」

「ま、【カードホルダー】なんてジョブ、生きるのにも向いてないわよね」

「ていうか、生きてて迷惑だって思わないのかな?」


 散々な言い様だが、男は言い返さない。いや、言い返せない。

 カードホルダー。それが男に与えられたジョブ……才能である。

 無言のまま倒れている男に、剣士の男は舌打ちすると……少し離れた場所に刺さったままの剣を抜き眺め回す。


「……安っぽい剣だ。荷物持ちの賃金貯めて買ったのがコレか。無駄遣いだな」

「あー、確かにこりゃ酷ぇ。ま、これで充分とか思われたんだろな」

「身の程、という点では妥当ではある」


 そう言って、剣士の男は剣を男の目の前に突き刺す。


「……カードホルダー。冒険者で大成しようなんて夢は、早めに捨てておけ。お前は生きる才能がないんだ……そのジョブを授かった瞬間からな」


 そう言い残して、剣士の男は仲間と去っていく。

 歯ぎしりしながらも、それを見送って……男は、よろよろとその場に座り込む。


「くそっ……何やってもダメなんてこと、俺が一番分かってんだよ……!」


 ジョブ。それは神々がこの世界の人間に示す「正しき才能」である。

 全ての人間が道を間違えずに生きていけるように……という導きであるとされ、たとえば【農民】のジョブを与えられた者は農民として生きるに相応しい才能を示すことが出来る。

 農地の開墾、毎日の畑の世話、そして収穫量まで……農業において【農民】に敵う者はなく、また【農民】はレベルを上げることで更に他のジョブを持たぬ者を突き放す「スキル」を得ることも出来る。

 そして先程の剣士の男は、当然【剣士】のジョブを授かっている。初期スキル【剣適正】を基本とし、剣士として活動することで更に多くのスキルを得て成長していくのが彼等【剣士】である。


 ……では【カードホルダー】はどうか。その初期スキルは【収納】である。

 ただしカードを出し入れするだけのスキルであり、それだけ聞けば手品師やイカサマギャンブラーの適性がありそうだが、カードの出し入れだけで【手品師】に勝てるはずもなく、ギャンブルで【ギャンブラー】に勝てるはずがない。というか【ギャンブラー】は専用カジノがあるが、【カードホルダー】はイカサマ防止の為にカードゲームは断られてしまう。

 その他諸々、何をするにしても職業にあったジョブを持っていなければ雇ってすら貰えない。下働きにだって相応しいジョブでなければ雇って貰えなかったりするのだ。早い話、男が金を貯める為にやっていた荷物運びだって、【トランスポーター】に比べれば役立たずに等しい。


 剣士の男が言ったとおりに、【カードホルダー】の男に生きる才能は無い。

 今まで【カードホルダー】を授かった者達は、その多くは何処かで人知れず死んでいったし、このままでは男もそうなるだろう。

 それが……滅多に現れないレアジョブでありながら、授かった瞬間に死を約束されたとも言われる【カードホルダー】を授かってしまった男……ヴォードの現状である。

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