第19話 天草セイラは泊まって行って欲しい
「なんだ? 生徒会プロジェクトって」
俺が訝しげにそう訊ねると、天草はベッドから起き上がり、髪を耳にかけながら話し始めた。
「簡単に言えば、桜神高校の生徒の悩みを解決したり、困っている人の補佐ね」
「へえ‥‥‥」
正直、俺はとても意外だと感じた。
血も涙もない冷血冷酷美少女、天草セイラの唯一無二である快楽は他人の不幸、その蜜を啜りまくっているのだと認識していた。
しかし、こいつもこいつなりに、この学校を良くしたい、という確固たる思いがあるのだろう。
桜神高校は、偏差値はそこそこ高いのだが、校風が比較的自由なため、少々荒れた生徒や、いじめなどが見受けられる。
しかし教師は、面倒事を嫌っているため、中々問題は解決されずじまいになっていた。
完璧主義のこいつも、こういう中途半端なことをする輩が許せないのだろう。
「お前にも良い所ってあったんだな」
「あなたね、私が弱っているとこを狙ってごちゃごちゃ言うなんて最低よ、本当にクズね」
「お前はいつも通りじゃねえか‥‥‥ま、とにかく生徒のお悩みとやらを解決すりゃいいんだな?」
「大まかにはそうね。けれど、今来ている依頼はまだ一件なの」
そう言って天草は少し難しそうな顔をする。
まぁ、評判がよろしくないこいつに来る依頼件数としては妥当かな‥‥‥。
「で、その一件って何だ?」
「たしか、陸上部からだったかしら」
「っ!」
俺はギリッと歯噛みをする。
嫌な思い出が渦巻く様に、頭と心の中を侵食して行き、膝から崩れ落ちそうになる。
「ど、どうしたの?」
「あぁ、いや、な、なんでもない」
ガタン! と音を立ててしまい、天草に心配そうな目で見られたが、何とか持ち直した。てかこいつ、人の心配とかするんだな‥‥‥。
「まぁとにかく、陸上部からの依頼内容を話すわね。依頼は一つ、欠員補充よ」
「け、欠員補充か」
「そう、確か男子の砲丸投げだったかしら」
「っ!! ほ、砲丸投げね‥‥‥」
刹那、目の前が真っ暗になり、俺は自分の頭を両手で抱える。
ああ、嫌だ。この感じ。
何もかもが失われた、あの夏。
俺が陸上から離れた、あの夏。
俺は逃げたんだ。あの場所からも、自分からも。
「そこで、あなたの初仕事よ。欠員補充として‥‥‥」
天草がそう言いかけたところで、
「断る!!!」
俺が声を荒らげてそう叫んだ。すると天草は肩をビクッと震わせ、体勢を崩してよろめいた。
俺は我に返り、よろめいて倒れそうになった天草を腕で支える。
「わ、悪い‥‥‥大声出して‥‥‥」
「ホントよ、どういう神経してるのかしら」
「すまん‥‥‥」
こめかみに手を当て呆れた様子でため息をつく天草は、俺の目を真っ直ぐ捕え、話し始めた。
「それで、理由を聞かせてもらおうかしら」
「理由、ね‥‥‥そんなもん、とっくに忘れたよ」
「誤魔化すのね」
「違う。とにかく、その依頼だけは不可能だ。俺はもう行く、それじゃな」
俺は自分のカバンを肩にかけ、その場を立ち去っていく。
ベッドのカーテンを閉める時、こちらを寂しげに見つめる天草が、俺の痛んだ心を更に刺激させた。
◇
玄関で靴を履き替え、校門を出る。
すると、校門の前で両手を後ろで組みながら、壁に背をあずけている女子生徒を見た。
「やっと来た、ケンちゃん」
「凛、か。何でここに?」
俺がそう問いかけると、凛は拗ねたように口を尖らせ、
「何でって、待ってたに決まってるじゃん」
「お、おうそうか‥‥‥彼女、だもんな」
「そっ、彼女彼女! ほら、帰るよ?」
先程の拗ねた表情とは一変し、いつもと変わらない笑顔で俺の手を引いていく。
そんな凛に俺は微笑し、されるがままについて行く。
ほんと、こいつには敵わない。
「それで、何かあったの?」
「ん、何が?」
「とぼけないで、知ってるんだから」
俺の少し曇った表情を鋭く見抜き、体をずいっと寄せながら訊ねてくる凛に、頭が上がるはずもなく、事の経緯を話した。
「そっか、天草セイラ、ね‥‥‥」
俺が話し終えると、凛はギリギリと歯軋りをし、憎悪を含んだ表情をしている。
「天草がどうかしたのか?」
「あいつ、私が気に入ってた社会科の先生を解雇に追い込みやがった。許せないよほんと‥‥‥」
「あぁ、その件か。てかお前あんなハゲオヤジ気に入ってたのかよ‥‥‥」
「は、ハゲオヤジ言うな! 南雲先生、めっちゃいい人だからね!? 分からないとこ聞きに行くと絶対チロルチョコくれるんだから!」
「チョコ目当てかよ‥‥‥まぁでも、悪い奴ではなかったよな」
「そーそ、だからこそ、私は天草セイラを憎んでいる」
凛が誰かを憎むなんて、とても珍しいことだ。
恋愛的感情において嫉妬するということはあるが、こういった人間関係においての拗れで特定の対象を憎む、というのはとても稀だ。
俺をいじめから助けてくれた時に、いじめていた奴らを憎んでいた以来、凛が誰かを憎んだりしているのは知らない。
こいつは昔から、そういう優しい奴だ。
正義感が誰よりも強く、守るべきものを守り抜く。そんな信念に、俺は惚れてしまった。
だからこそ、誰かを憎むのは、俺が一番やめてほしいと思っている。
「天草にも、良いところはあるよ」
「何? ケンちゃん天草セイラの片棒担ぐの?」
俺がそう言うと、凛は鋭くこちらを睨みつけ、反論してきた。その気迫に押され、俺は物怖じしてしまう。
「い、いや、そういう訳じゃないんだ。ただ、あいつもあいつなりにだな‥‥‥」
「ふん! 今日はもういい、何か萎えちゃった。一人で帰る」
そう言い残し、足早に場を去って行ってしまった。あぁ、また失敗だ。
西条から『女の子といる時に他の女の子の話するとかマジ脳筋』と言われた事を思い出した。畜生、女心、ムズカシイ‥‥‥。
しかし今すべきことは、天草セイラを攻略すること。凛には申し訳ないが、これだけは見過ごせない案件だ。
だが、以来の内容が『陸上部の男子砲丸投げ欠員補充』となると、話が変わってくる。
一体俺に、どうしろっていうんだ。
俺はもう、砲丸投げなんて‥‥‥。
「見つけた、どこ行くのよ」
背の方から、可憐で透き通るような声が耳に響いてきた。
即座に後ろを振り返ると、そこにはフラフラになりながら歩いてくる天草がいた。
「お前‥‥‥! 何してんだよ! まだ体調悪いんだろ!」
「こ、これくらい平気よ‥‥‥家はすぐそこだから」
「フラフラじゃねえか! あぁもう、家まで肩貸してやるからほら、掴まれ」
俺がそう言って肩を貸すと、天草は小声で「ありがとう‥‥‥」と呟いた。
天草の指示に従い、道順に沿って進んでいく。着いた先は、学校近くに佇む、高級タワーマンションだった。築数年の五十階建てのコンシェルジュ常駐。周りが住宅街や、商店が立ち並ぶ中、この建物だけはかなり浮いていた。
「お前、本当にここに‥‥‥?」
「そうよ、悪い?」
「いや別に‥‥‥鍵くれ」
玄関のセキュリティにカードキーをかざして自動ドアが開く。中のシブかっこいい感じのおっさんコンシェルジュに一礼し、部屋へと進んでいく。天草の部屋は32階、廊下突き当たりの右の部屋だった。
玄関を開け、中へ入ると、俺の部屋以上の面積を誇る玄関先に、先へ進むと30畳ほどのリビング。床は白のフローリングでとても綺麗な印象を受けた。
リビングのソファーに寝かせ、俺はコップに水を入れて天草に飲ませた。
「んっ‥‥‥はぁ。落ち着いたわ」
「今日は俺に頼りっぱなしだな」
「ち、違うわよ!」
俺がからかうように言うと、必死に反抗してくる。なんだこいつ、結構可愛いじゃんか‥‥‥。まぁ、凛には劣るがな。
しかし、この家はとてつもなく広い。
30畳のリビングに、広々としたキッチン。食器は綺麗に片付けられていて、掃除も隅々まで施されている。
「本当、お前何者だよ‥‥‥金持ちはやっぱ違ぇな」
「‥‥‥金持ちが幸せだなんて、欺瞞だわ」
どこか意味ありげに寂しく呟く天草に、俺は胸が痛くなる。ほんと、俺は地雷を踏むのが上手いな‥‥‥嬉しくない。
「すまん」
「いいのよ、別に」
時計に目をやると、夜7時を指していた。
「そろそろ帰るわ、お大事にな」
俺が立ち去ろうとすると、制服の袖をぐいっと引かれた。
俺は足を止め、ため息をつきながら振り返る。
「なんだ?」
「そ、その‥‥‥」
天草は口に手をやりながら、恥ずかしそうに視線を逸らして、
「泊まって行って‥‥‥くれない?」
「‥‥‥‥‥‥は?」
幼なじみと先輩と同棲しているが、ヒロインが次々現れて修羅場な件 岡山友 @ngttmk810
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