第18話 生徒会プロジェクト



 時は進み放課後。

 今日も長い長い授業という名の戦に打ち勝ち、下校の支度をする。

 教科書類を片付けていると、またもや西条、そして愛しの彼女凛に声を掛けられた。


「あらぴー、一緒に帰ろーよ」


「茜ダメ、ケンちゃんは私と帰るの」


 おいおいおい、なんだ、この俺を取り合う二人のヒロインシチュエーションは? エデンの園に紛れ込んだのかと思ったぜ‥‥‥って、そんなことはどうでも良い。

 今日は外せない大事な用が、あった。


「二人とも、悪いな。今日は生徒会だ」


「えっ!? あらぴー生徒会入ったの?」


「ケンちゃん? 私聞いてない」


 俺の言葉に西条が驚いたような顔をし、凛は「なぜ私に言わない」と、鋭い眼光を光らせてこちらを睨みつけていた。うん、怖いよ。


「落ち着けお前ら、これには事情がだな‥‥‥」


「言い訳無用! 洗いざらい吐くが良い!」


「そーだそーだ! ケンちゃんの薄情者!」


「えぇ‥‥‥なんか結束してるし‥‥‥」


 先程まで俺を取り合って睨み合ってた二人が、急に結束力を強めて俺に抗議する。

 理不尽だ‥‥‥。やばい、時間が無くなるから早めに行かなくては‥‥‥


「わりい、スミレちゃんの依頼なんだ。時間ないからこれでさいなら!」


「あっ、こらーっ!待てあらぴー!」


「ケンちゃん、早まらないで!」


 俺は足早に教室を去ると、俺を引き止める二人の声がだんだん遠のいていく。凛に関してはひでえ事言ってたような‥‥‥。

 生徒会へ向かう途中、ラフな私服姿の見慣れた人物と出くわした。


「おっ、健人くん。そんなに急いでどした? 授業は終わった?」


「先輩でしたか。授業は終わって仕事へ向かう途中です。そういえば、仕事はどうです?」


 俺は急ぎ足で足踏みをしながら先輩に訊ねる。


「あぁ、なんとかやっていけそうだよっ」


「それは良かった、じゃ、俺はこれで」


 俺はそう言い残し、階段を最速で降りて生徒会室を目指す。先輩、仕事順調にいけそうで良かったな‥‥‥。まさかこの学校で働くとか思いもしなかったが、中学の時から何でもそつなくこなしていた先輩なら大丈夫だろう。


 そんなことを考えながら走っていると、目的地へ辿り着いた。

 ドアに手をかけ、一呼吸置いてから入る。


「失礼します、天草いるか?」


「いるに決まってるじゃない、バカなの?」


 開口一番、唐突な毒舌攻撃を仕掛けてきた。

 本当にひねくれてるよな、こいつ。まぁでも、そんなこいつを俺は変えたい。


「バカで結構だ。それより仕事は?」


「フン、仕事はもう無いわ」


「は? 書類の整理と来月の体育祭の告知ポスター等とかは?」


「全部終わらせたわよ、あなたと違って私は有能だもの」


 マジかよ、五人でやっても何日かはかかる分量なはずだろ‥‥‥? それをこいつは一人でやったと言うのか?

 どうやら、俺はこいつを見くびり過ぎていたらしい。

 俺はこいつが、一人でなんでもこなせている『つもり』なのだと勘違いをしていた。

 だが、こいつは本物だ。

 マジで仕事が出来るタイプの独立型らしい‥‥‥スペックチートにも程があるだろ‥‥‥。


「俺はお前を甘く見すぎていたようだ」


「失礼ね、腹が立つからそこに四つん這いになりなさい」


「なんで!? お前四つん這い好きだな!?」


「ええ、好きよ。滑稽な下等生物が、私を見上げて命乞いをする。なんて素晴らしいのかしら」


 そう言って天草は髪をさらりと払った。うん、こいつ生粋のドSだな。たった今確信した。

 人を蔑んで喜ぶことにしか人生の快楽を見いだせないヤバい奴認定。

 ちなみに俺はドMではない。


「お前‥‥‥ホント腐ってるよな」


「はぁ? 無能な奴が悪いのよ。なんで私についてこれないのかしら? あなたも今日来るまでに私は仕事を終わらせた。これがもう天と地の才能の差よね」


「まぁお前が仕事出来るのは認める。けどな」


 俺がそう言いかけると、天草ははて? とムカつく顔で首を傾げた。

 ぶん殴りたい欲求を抑え、


「目の下のクマ、隠せてれば完璧だったかもな」


「っ!!」


 天草は咄嗟に視線を逸らし、目の下をグリグリし始めた。

 やはり俺の見立てた通りだ。

 こいつは「仕事は出来る」が、決して「仕事が早い」という訳では無い。

 溜まりに溜まった仕事は、全て家に持ち帰り、一人でこなしてきたのだろう。


「ホントお前、要領悪いな」


「う、うるさいわね! 結果的に一人で出来たのなら、それでいいじゃない!」


 顔を真っ赤にして必死に抵抗する天草に、俺はため息をつきながら、


「それがいつまで続くと思う?」


「っ! ず、ずっとよ!」


 天草はそう言うが、それは確実にあり得ない事実である。

 天草は今年生徒会長に就任したばかりで、まだ生徒会長としての歴は浅い。

 元々は集団で回っていた生徒会も、天草一人になってしまった今、一人で仕事をこなさなければならない。

『今』は、それで凌いでいけるのだろうが、こんな事をいつまでも続けていれば‥‥‥


「お前はいずれ、破綻する」


「だ、黙りなさい!」


 俺がそう言い切ると、声を荒らげて怒鳴り返してくる。

 もはや、俺はこいつに退学させられても良い、という覚悟はとっくに決めてきている。

 だが、こいつの『図星』をつけばどうだろうか?

 こいつは、自分とは無関係の事柄で理不尽に説教されたら、確実に相手を追い込む。

 だが、自分に当てはまる、憶えがある部分に関しては、何も言い返せはしない。

 だから俺は、こいつを隅から隅まで分析をする。


 それが俺なりの、『天草攻略法』だ。


「そんなお前に、一つ良いことを教えてやる」


「さっきからベラベラほんっとうにうるさい駄犬ね! 本当に退学に‥‥‥」


 俺は天草の言葉を遮り、


「お前は一人じゃない」


 その言葉に、天草はハッと何かに気づかされたような顔をした。


「お前が俺を信じていないのも無理ない。だがな、それでも俺を頼って欲しい、いや、頼って良い」


「‥‥‥」


 俺の言葉に天草は押し黙り、こちらを少し睨みながら話を聞いている。


「あんま一人で抱えてっと、その可愛い顔も台無しになるしな」


 俺は先程の真剣な表情から一変させ、笑いながらそう言うと、天草はまた顔を真っ赤にしだした。


「か、か、か、可愛いって‥‥‥!」


 まずい、また何か怒らせてしまったか?

 天草攻略作戦は成功したはずなんだがな‥‥‥


「駄犬のくせに! な、生意気よ!」


「わりい、変なこと言っちまったな。もう言わないよ」


「も、もう言わないって‥‥‥べ、別にそんなこと‥‥‥」


 なんだ? こいつ急にしおらしくなって小声になったぞ。どうやら俺は地雷を踏むのが得意らしい。


「何か言ったか?」


「な、なんでもないわよ! あっ‥‥‥」


 その瞬間、天草が急によろめき出し、倒れそうになった。それをすかさず、俺が腕で支えた。


「お前、やっぱ無理しすぎてたんだろ」


「うっ、し、してないわよ‥‥‥」


「嘘つけ、ほら、保健室行くぞ」


「えっ‥‥‥キャッ!!」


 腕で支えたまま天草の膝を持ち上げ、お姫様抱っこの形をつくる。


「な、何するのよ!」


「バカ、暴れるな! 保健室で休め」


「っ〜〜〜!!」


 俺の腕の中でジタバタと動くが、俺は鍛え上げた自慢の筋肉で何とかカバーし、保健室まで運んで行った。道中、他の生徒たちの視線は、気に留める暇もなかった。





 ◇





 保健室へ着き、養護教諭が不在だったので、ベッドに天草を寝かせる。

 天草はベッドにつくと、ゆっくりと背中をベッドに預けて表情が柔らかくなった。

 こいつ、こんな顔も出来んだな‥‥‥。


「すげえ気持ち良さそうな顔するんだな」


「べ、別に良いじゃない。悪い?」


 柔らかな表情をしつつも、目線だけ睨みをきかせてこちらを見てきたので、俺はその額に手をやる。


「な、なに‥‥‥」


「よし、熱は無いみたいだな」


「ま、まぁ、ほんの少しだけ疲れたまでよ‥‥‥」


「倒れそうになってたじゃねえか」


「くっ、屈辱だわ‥‥‥」


 必死に見栄を張ろうとするが、俺がまた図星をつくと、悔しそうな表情をする。

 まぁ何はともあれ、大事に至らなくて良かった。

 それより、気になることがある。


「なぁ、本当はまだ仕事あるんだろ?」


 俺がそう言うと、天草はビクッと肩を震わせ、必死に表情を誤魔化そうとしていた。


「ま、まぁ、な、無いこともないけれど‥‥‥」


「俺に誤魔化しは効かん。吐け」


「え、偉そうに‥‥‥ほんとむかつく‥‥‥いいわ、話す」


 天草は視線だけ俺の方へ向け、ゆっくりと話し始めた。



「実は、『生徒会プロジェクト』を立ち上げたの」



「生徒会プロジェクト?」


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