第17話 たった一人だけの生徒会


「いやいやいや!! おかしいだろ! なんで俺が!?」


 冗談じゃない。そんなおかしな奴が会長の生徒会に入れだなんて、スミレちゃん、実は俺の事嫌いだったのか‥‥‥?

 とにかく、そんな所は地獄同然の魔界に違いがない。入った途端、俺が退学させられるに決まっている!


「そ、それはだな‥‥‥」


 そう言いかけると、スミレちゃんが困った様子でため息をつきながら、


「ウチの生徒会、役員が会長しかいないんだ」


「‥‥‥え」


 生徒会役員が、一人しかいないだと?

 しかも、会長オンリーって‥‥‥どうなっていやがるんだ?


「だから、健人に入ってもらえれば嬉しいんだけど‥‥‥お願い出来ない?」


「いやいやいや! スミレちゃん、俺を見捨てる気? 俺が退学になってもいいの!?」


「そこは何とかする!」


「ならねえよ!」


「じゃ、じゃあ‥‥‥」


 何やら意味ありげに言いかけると、スミレちゃんがある提案をしてきた。


「ウチのお父さんの店、ケンズカフェを継げるように説得してあげてもいいよ?」


「ぐっ‥‥‥それは‥‥‥!」


 俺がバイトしているケンズカフェ、スミレちゃんのお父さんの店を俺は継ぎたいと思っている。そのために「スミレと結婚しろ」というマスターの無茶な難題を押し付けられている状態の俺にとっては、とても魅力的な提案であった。

 くそ、どうする俺‥‥‥。ケンズカフェを取るか、退学のリスクを取るか、究極の二択じゃねえか‥‥‥!

 そりゃ、ケンズカフェ継げるんなら、俺は何だってするくらいには思っている。だが、そのために貴重な高校生活を棒に振るってのも勿体ない気がする。

 悩みに悩んだ末、俺が出した答えは‥‥‥



「生徒会! 喜んで入りまーす!」


「よく言った! 偉いぞ健人!」


 やはり、ケンズカフェには勝てない。

 そんなこんなで、俺は問題だらけの生徒会(実質一人の問題)へ出向くことになった。


「じゃあ健人、後はよろしく〜」


「いきなり丸投げ!? 具体的に何すりゃいいとかないの!?」


「うーん、会長から聞いてっ」


「三十路がてへぺろとかすんな」


「うるさいっ! さっきの話無しにするわよ?」


「だーっ! ごめんって! 生徒会、行ってきます!」


 俺はそう言い残し、足早に生徒指導室を去っていく。

 目指すは、生徒会室(さいごのとりで)。待ってろよ、問題児!





 ◇





「そこに四つん這いになりなさい」


「いやなんで!?」


 生徒会に辿り着いた俺は扉を開けると、そこには貧乳の黒髪美女会長がいた。針のように鋭い目は、学校中のドM男子共にはウケが良さそうだが、俺からしたら畏怖の対象でしかなかった。

 そして、会長の目の前に行くと、いきなり「四つん這い」になれと言われ、この始末である。


「へぇ、私の言うことを聞けないのね。大抵の男子はすぐになるのに」


「俺はそういう性癖が無いもんでね‥‥‥てか、あんた名前は?」


「人に名前を聞く時は自分から名乗るって習わなかったかしら? この駄犬は」


「駄犬って‥‥‥はぁ、俺は荒木健人。二年だ」


「フン、天草セイラよ。同じく二年」


 鼻を鳴らして腕を組んで答える天草は、まさかの同学年だった。こんな二年に奴いたっけか‥‥‥?


「同学年かよ!? 何組だ?」


「五組よ、理系だから分からないはずだわ」


「あぁ、五組、ね‥‥‥」


 桜神高校では二年生に上がると、文理選択によってクラスが分けられる。

 文系が一から四組、理系は五組という分別だ。

 比較的みな文系を選択するのだが、理系は五組しかなく、しかもそこには問題児が多く集まると噂されているほとだ。

 例えば、科学実験の為に科学室に籠りきりの特待生だったり、数学が趣味の奴が八割だったり、生物コースの解剖会などという謎の団体を立ち上げているやつもいるらしい。

 数学が趣味のやつに関しては、頭が本気でおかしいと思う、数学評定1の俺だった。

 とにかく、ここまでおかしな奴の巣窟である五組の生徒となると、俺たち文系の生徒から避けられているのは至極当然のことだ。


「何よ、私の事頭おかしいとか思ってる? 屈辱だわ、あんな猿共と一緒にされては」


「いやまぁ、五組つったらそういう奴しかいないって聞くからな‥‥‥無理はないと思うぞ」


「黙りなさい、次おかしな事言えば退学よ」


「怖ぇよ! 俺何もしてないよね? おかしくない?」


 やはりこの女、でっち上げで社会科の教師を退職させただけの事はあるな‥‥‥。すぐに退学させようとしてくるとか、こいつの心荒み切ってるだろマジで。


「まぁいいわ。あなたが新しい奴隷かしら?」


「奴隷?」


「そう、奴隷。私の言うことを全て忠実に聞いて、それに付き従う。当たり前の事でしょ?」


「ちょーっとストップ!」


「?」


 会長は不思議そうに首をキョトンと傾げている。ちょっと可愛いじゃねえか‥‥‥。

 それはそうと、こいつが生徒会一人で回している理由が分かってきた気がする。

 今までの役員は、こいつの与える仕事についていけず、愛想を尽かして逃げていったに違いない。言わば、ただのパワハラ会長だ。

 人の上に立つ者として、有るまじき意識だ、こいつは。

 俺は、そういう人間が一番許せない。


「決めたぜ」


「何を? 頭おかしいの?」


「うるせえ! お前のその腐りきった性根、叩き直してやるよ!」


 俺がそう断言すると、会長はものすごく嫌そうな顔で、


「は? あなた如きにこの私が?」


「そうだ。お前はリーダーとして全く相応しくない」


「っ! 言ってくれるわね! 駄犬のくせに!」


「そういうとこだ! お前は今までの役員を『奴隷』としか思ってこなかったんだろ?」


「? 当たり前じゃない」


 何を今更、のような表情で訴えてくるのが、またムカついてきたので、俺は説明してやる。


「いいか? チームってのはリーダーを核としてまわるもんなんだよ。言わば、仲間との共同作業だ」


「は? 私の指示に従えない奴が、私と共同作業ですって? 無礼もいいとこよ」


 こいつは、全く意識を改善する気がないらしいな‥‥‥。きっと今まで、


「お前、友達いないだろ」


 そう言うと、会長はギクッと肩を震わせた。

 図星かよ‥‥‥。


「っ! と、友達なんて不要よ。私が完璧なのだから、それでいいじゃない?」


 強気には言っているが、声は震えている。

 やはり、こいつは今まで孤独だったのだ。

 自分のプライドの高さ、周囲からの隔離、孤立、自己中心的行動や思考。この全てを背負って、自分の道を歩いてきたのだろう。

 あぁ、とても哀れである。

 一人が好き、というのは否定する気はない。

 ただ、誰かの上に立つ者として、当然のチームワーク能力、協調性などがこいつには皆無なのだ。それを知らずして会長、だなんて本当に哀れである。

 だからこそ俺は、放っておけない。

 こいつの気持ちは、痛いほど俺が分かっているからだ。


「お前は何も分かっていない。お前は今まで友達も出来ず、一人で遊び、一人で学び、一人で乗り越えてきたのかもしれない。それは全く否定する気はない」


「そ、そう。なら‥‥‥」


 会長の言葉を俺は遮って言う。


「だがな、それじゃ集団ってのは回らない」


「っ!」


 俺のその言葉に、会長はハッと図星をさされたように言葉を詰まらせた。


「だから俺が、お前に『リーダーとしてのチームプレイ』というものを教えてやる」


「何を勝手に言っているの! この生徒会での決定権は私にあるのよ!」


「俺は今日から生徒会だ。俺にも意見する力はあるだろ?」


「奴隷のくせに‥‥‥! もういいわ、勝手になさい」


 会長は悔しそうに歯ぎしりをするが、俺にとっては痛くも痒くもない。

 こいつは、俺に似ている。

 この世の全てが自分中心に、そして自分一人いれば十分、他者との関わりは無駄だ、そういう類のひねくれた思考。

 それはいつか、己の身をも滅ぼすのだ。


 俺はこいつを手伝うんじゃない、救ってやるんだ。


 勝手にしろ、と言われたので、俺も今日から生徒会のメンバーとして勝手にやらせてもらうことにした。


「じゃあ、今日からよろしくな。セイラ」


「っ!! 名前で呼ぶな!」


 なぜだか顔を真っ赤にして怒鳴り返されてしまった。流石にフランク過ぎたか? 俺もまだまだ女心の心得の修行が足りないな。


「わりいわりい、よろしくな、天草」


「フン、精々馬車馬の如く働け、この駄犬」


 俺は握手しようと手を出すが、バシンと書類で叩かれ、天草と仲良くするにはまだまだ時間がかかるようだ。



 本当のチームワーク、重要なカギは『信頼』。

 それをこいつと築く可能性を、少しでも生み出せるよう、俺は第一歩を踏み出した。

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