第13話 俺の嫁



「あなたー、ご飯出来たよっ」


「おお、すまない。いつもありがとな」


「いいよ、これくらい。今日も仕事で切羽詰まってるんでしょ?」


「はは、その通りだな」


 時刻は夜の八時。夜景の美しいマンションの一室から、暖かい笑い声が聞こえる。

 リビングにて談笑しながら食事をとる俺たち夫婦、仲睦まじくやっていけている。

 十年前、俺は今の嫁と付き合った。

 そこから数年の付き合いを経て、結婚に至るという、まぁベタな話ではある。

 今日も仕事から帰ってきて、俺はクタクタのまま玄関を開けると、笑顔の嫁が出迎えてくれる。

 多分、俺はこのために頑張れている。

 あの時誓った、嫁を守ること。

 あの時誓った、嫁の笑顔を守ること。

 二次元の嫁だろ、って思ったそこの君はそこで正座でもしていなさい。


 まぁ、そんな事はどうだっていい、いや良くないけども。

 今日は俺たちにとって特別な日なのだ。


「なぁ、今日何の日か知ってるか?」


 俺はニヤリと笑い、嫁を見上げるようにして問いかけた。

 すると、


「え、なんかあったっけ」


 ・・・・・・・・・・・・ん?

 いやいやいやいやいや、まさか忘れているはずがないだろう。なんたって、今日は結婚記念日だぞ? なんだ? こいつのキョトンとした顔は!? 俺を揶揄っているのか!?


「おいおい、冗談だよな」


「何が? え、ほんとに分かんない」


 ・・・・・・ど、どうやらウチの嫁は頭の調子がよろしくないらしい。

 うん、そうだな。きっと疲れているんだろう。なんか、すごい何言ってんだこいつ、みたいな目してるから多分そうだ。


「はぁ、なんでもない。今日はもう寝るよ」


 食事を終え、歯を磨くことも忘れるくらい、俺はショックを受けたので、拗ねたように寝室へ向かった。

 すると突然、俺の背中に暖かい感触が広がった。


「ごめん、いじわるしちゃった」


「だと思ったよ」


「ほんとー? 結構焦ってたけど」


 そう言っていたずらにけらけらと笑う嫁。

 ほんと、こいつには敵わない。

 いつもしてやられっぱなしだ。

 昔も、今も。

 だから俺も、仕返しをしたくなる。


「それで、あなた。プレゼント的なのはないの?」


「わりぃ、買うの忘れた」


「・・・・・・」


 俺の言葉に、嫁が呆気に取られたような顔をしている。

 こいつ、少しは疑えよ・・・・・・とも思ってしまうが、まぁ良い仕返しにはなったろう。


「冗談だって、信じるの早すぎだろ」


「〜〜っ!! あなたは昔っからそうやって!! バカっ!」


 ポカポカと胸を叩いてくる嫁を押さえ、俺は抱きしめてやる。


「お互い様だろ」


 俺がそう言うと、嫁は俺の腕の中で、顔を真っ赤にさせながら「うん・・・・・・」と言っている。


「お前、俺たちだいぶ付き合って長いのにまだ胸キュン乙女出来んのか」


「う、うるさいっ! 女はいつまでも乙女なの!」


「そういうもんか」


「そういうもんよ」


 窓の夜景が俺たちを映えさせる。

 昔も今も、この瞬間を噛み締めて生きてきた。

 あの時選択をせがまれた俺は、こいつを選んだんだ。


 この選択に、間違いなどなーーーーーー。




「はっ!!」


 ふと目が覚め、時計を確認する。

 時刻は朝の八時。自分の体を確認、寝巻きで異常なし。

 部屋を確認、先程の景色とは違った。

 夜景が見えるような高さの景色でもなく、窓から見渡す光景は田んぼか隣の家。


「はぁ・・・・・・夢オチですか」


 まぁ、そうだろうなと思い、俺は今日が日曜日だと知っていたので、二度寝を試みる。

 すると、何だか左手にとても柔らかい感触がある。

 この大きさ、感触、二つ、おっぱい。

 間違いない、これはおっぱいである。


 いや、なんで?


 慌てて隣を見ると、そこにはすやすやと寝息を立てながら「んぅ・・・・・・」と寝返りを打つ巨乳の茶髪ボブカット美人が眠っていた。


「うん、なんで?」


 思わず声に出てしまう。

 昨日は凛と先輩の料理対決に付き合わされ、腹がはち切れそうなくらい食った後に、今度はマ〇カー対決を五時間ほどさせられて、その後は外へ夕食へ食べに行って帰ってきた。

 先輩と凛は、フェアにいこうという謎の協定を結び、それぞれ別の部屋で寝ることになった。


 の、はずなのに。


 何故彼女でもない、先輩が俺の隣でぐっすり眠っているのだろう。


 これはあれだな、寝込みを襲われたな。


 間違いない、と俺は確信した。

 ここで、問題が生じる。

 彼女である凛に、この現場を見られたらどうなるだろう?


 答えは、死である。


「うわぁぁあ!!! 殺される!!!」


「んぅ・・・・・・うるさいぞ、健人くん」


「あんた何平気で寝込み襲ってんの!? しかもそのまま寝るとかおかしいんじゃない!? 追い出しますよ!?」


「うるさいな・・・・・・大体私は寝込みなんか襲っていない」


「じゃあ! 何故! 俺の! 隣で! 寝ている!」


「それは私にも分からない。多分寝相が悪いんだと思う」


「寝相の悪さで済まされるかー!!!」


 眠い目をこすりながら俺を軽くあしらおうとする先輩に必死で説教をするが、全く聞こうとしないこの人。

 とにかく、凛にこの現場を見られなければきっと誤魔化せーーー。


「ねえ、なんで一緒に寝てるの?」



 死を告げる鐘が、扉の方から聞こえた。




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