第6話 幼なじみギャルは怒りたい



「はぁ‥‥‥今日は疲れる一日だ」


 今日はだいぶ疲れる一日だ。

 授業中にサラダチキンを食べてることがバレ、西条には告られるし、破天荒過ぎん?

 俺のライフポイントゼロ近いよ?


 そんなことを考えながら帰路につくと、見慣れたギャルが俺の家の前にいた。


「凛、何やってんだ?」


 心做しか、不機嫌なご様子である。

 なんかしたか俺‥‥‥と思っていると、


「茜と会ってたでしょ」


「まぁ、そうだが。それがどうかしたのか?」


「何話してたの」


 まるで浮気を問いつめる嫁のように詰め寄ってくる凛に、俺は動揺していた。


「い、いや、特に大したことじゃない」


「なに、私に言えないようなこと?」


「なぁ、なんでそんな怒ってるんだ?」


「答えてよ!!」


 顔を真っ赤にして怒っている凛に、俺は咄嗟に口走った。


「べ、べつにお前に関係ないだろ」


「‥‥‥そういうこと言うんだ」


 やばい、やってしまった、と思った。

 関係なくなんかないのに、慌てていて自分の口走ったことを後悔し、謝ろうとすると、


「もう知らない!! ケンちゃんなんか嫌いだー!!」


 そう叫んで、走って行ってしまった。

 まずい、非常にまずいことを言った。

 さっき女心を西条に教えてもらったばかりなのに。

 俺は何も学んでいないじゃないか。

 自分の不甲斐なさに泣きそうになる。

 俺は今、凛になんて言えば良かったのだろうか。


「はぁ‥‥‥」


 ため息をつきながら、家に入る。

 いつもは凛が飯を作ってくれるのだが、今日はいない為カップ麺で済ませる。

 いつもは一人暮らしで慣れているはずなのに、今日は妙な孤独感と閉塞感に襲われた。


「あいつの作った飯、食いたいな‥‥‥」


 ぼそりと独り言をつぶやく。

 あぁそうだ。


 俺は凛がやっぱり好きなんだ。


 あいつがどんなに男遊びをしてようが、彼氏がいようが、関係ない。

 それでも好きな気持ちは変わらないのだから。


 ふと俺は眠くなり、ソファーに寝転がる。

 凛のやつ、走ってどこか行ったけど大丈夫かな‥‥と急に心配になる。


「まぁ、腹減ったら家に帰るだろ」


 俺はこの時楽観視し過ぎていたのかもしれない。

 そのまま、意識は闇の中へ堕ちた。




 ◇




『ピンポンピンポンピンポーン!』


 連打されるインターホンの音で、俺は目が覚めた。

 時計に目をやると、時間は夜の十一時。

 帰ってきてから5時間近く寝ていたと思うと、ゾッとするが、インターホンが先程からうるさいので、玄関へ足を向けた。


「ったく誰だよこんな時間に‥‥‥はーい、どちら様ですかー」


 眠い目を擦りながら、玄関のドアを開けると、底には凛の母親がいた。


「健人くん!! うちの子こっち来てない?」


 その言葉で、俺は一瞬で目が覚める。


「えっ、凛のやつ、まだ帰ってないんですか?」


「そうなのよ、この時間まで帰らなかったこと無かったし‥‥‥もしかしたらと思って健人くんちに来たんだけど‥‥‥あの子どこほっつき歩いてるんだか‥‥‥」


「ちょっと探してきます!!」


 俺はドアを蹴破り、無我夢中で走った。

 今ならメロスの気持ちが痛いほど分かる。

 大事なものを守る為に、たとえダメだとしても走る。たとえ見つからなくても走る。


 汗が目に入り痛むが、今はそんなこと気にしていられない。

 あいつならここに行くだろう、という場所を片っ端から巡った。

 一緒によく遊んだ河川敷、公園、田んぼ道、候補となる場所をつぶしていったが、なかなか見つからない。


「くっそ‥‥‥どこ行ったんだよ凛‥‥‥」


 その時、俺の頭にある場所が思い浮かんだ。

 咄嗟に方向を変え、俺は駅前へと向かった。





 ◇





「凛ー! どこだー!?」


 駅前で必死に呼びかけるも、返答はない。

 道行く人に特徴を話してりして聞いてみるが、なかなか情報は得られずにいた。


「はぁ‥‥‥もう12時近いぞ‥‥やべえな」


 俺は駅前を必死に走り探し回っていた。

 すると、近くの裏路地から女性の悲鳴が聞こえた。

 ったく、こんな時に‥‥‥凛の捜索も重要だが、見て見ぬふりは出来ぬと思い、裏路地へ飛び込んだ。


「おいおい姉ちゃんさぁ、どう落とし前つけてくれるわけ?」


「俺らにぶつかっておいて、ごめんなさいで済むと思っちゃってる〜? ウケるわぁ」


 俺は「うわぁ‥‥」という声が出てしまった。

 なんという、ハリボテテンプレ感。

 でもこの光景、前にも見たような‥‥そうか! 中学の頃、凛が絡まれていた時か!

 俺は目の前の少女を囲む五人組に割って入ると、そこには凛がいた。


「やっと見つけた、ほら行くぞ」


「あぁん? 兄ちゃん何してくれとん?」


「このまま帰すわけねーだろぉ!? 」


「はぁ‥‥‥」と思わずため息が出た。

 凛の手を引くが、凛は俺の手をパッと離した。


「やめてよ、ケンちゃんなんかもう知らないし」


「あるるぇえー!? お前助けに来たのに邪険にされてんじゃん! ブヒャヒャ!! ダッセー!」


 五人組のツルッパゲ刺青男の一人がそう言うと、全員に嘲笑された。

 俺はそろそろ我慢の限界に達して、


「凛、俺の事をいくら嫌っても構わないが、おばさんにまで迷惑かけんなよ」


 低いドスの効いた声で凛を睨みつけて言うと、その場にいる全員が、俺から出る覇王色に一歩後ずさる。

 いや、俺覇王色なんか出せないんだが‥‥。


「け、ケンちゃんには関係ないじゃん! もうどっか行ってよ!」


「馬鹿野郎!!!!」


 俺の唐突の叫びに、凛はビクッと肩を震わせる。

 どうやら、意地でもこいつはこの場から逃げようとしないらしい。


「おいおいお前ら! 俺たちを無視すんじゃねえよ!」


「そうだな、まずはお前から殺っちまうか!」


 そう言って、五人組が一気に俺に襲いかかってくる。

 伊達に筋トレを10年もやってないので、一人目のパンチを右に受け流し、そのまま掴み上げてぶん投げた。

 すると、男は五メートルほど飛んでいき、身体をビクンビクンさせている。


「てめぇ‥‥!!」


「キャーッ!!」


 二人目が凛をナイフで切りつけて来ようとしたので、みぞおちに肘打ちを入れ、男はそのまま轢かれたカエルのように『グエッ』と鳴いて地面に崩れ落ちた。

 残った三人が、戦闘態勢のまま俺を睨みつけている。


「どうした? まだやんのか?」


「お、お前! 2年前に俺たちをボコボコにしたやつか!?」


 ん?二年前というと‥‥‥塾の帰りに凛がチンピラ三人組に絡まれていた時か。


「あー、お前ら三人あの時の‥‥‥」


「復讐だ! 死にやがれ!!」


「おっと」


 バールで不意打ちを仕掛けてくる一人の攻撃を左に避け、その勢いで俺は脚を高く上げて相手の顎に命中させる。

 脳震盪を起こし、しばらくは立てない筈だ。

 残る二人は、まだ戦意があるのか左右同時にバットで襲いかかって来たので、そのバットを両手で受け、そのままバットごと二人を持ち上げて、


「ふん!!!」


 勢い良く上に高く投げ上げた。

 四メートル近く飛び上がった二人は受け身を取れずに地面に激突し、そのまま意識を失った。


「はぁ、こんなんじゃ筋トレにもならん」


 後ろで縮こまって怯えて泣いている凛を俺はデコピンし、


「おい、何か言う事は?」


「‥‥‥ごめんなさい」


 デコピンされた額を両手てで隠して涙目になりながら、凛はそう言った。

 はぁ、今日は本当に色々あるな‥‥‥。


「じゃ、帰るぞ」


「‥‥‥うんっ」


 すっかりら上機嫌になった凛は、俺の腕に抱き着いて、そのまま帰路へとついた。


 いつもの田んぼ道を歩きながら帰っていると、凛が突然、


「やっぱケンちゃん、私のヒーローだね」


「? ヒーローってなんの事だ?」


「いつも、助けられてばっかり」


 凛は俺の腕に抱きつきながら、俯いてそう呟く。

 俺はその姿になんだかいたたまれなくなり、凛をそっと抱き締めた。


「ひゃっ!? け、ケンちゃんどうしたの!?」


「わからん、自分でもわからんが、なんかこうしたいんだ」


 不思議と俺に恥ずかしさは無かった。

 ただ、本当に無事でよかった。

 そんなことを思いながら凛を抱きしめる力を強くする。


「ちょっ、ケンちゃん苦しいよ‥‥‥」


「あぁ、わりい。でも、お前は今日俺やおばさんに心配にかけたんだから我慢して欲しいね」


「うっ、ごめん‥‥‥」


 そう言って、凛は申し訳なさそうに俯く。


「凛って、いい匂いするな」


「急になにっ!? まだ風呂入ってないから汗臭いよ‥‥‥」


「臭くない、凛の匂いだ。俺は好きだぞ」


 頬を赤らめて必死に抵抗する凛を俺の鍛え上げた筋肉でしっかりと抱きしめる。

 もうこのまま、離したくないな‥‥‥って何考えてんだ俺は!

 急に恥ずかしくなり、お互い無言になる。

 すると、凛が恥ずかしそうにゆっくりと口を開いた。


「ね、ねぇケンちゃん」


「な、なんだ」


「なんで私があの裏路地にいるって分かったの?」


「とにかく走った、メロスのように」


「なにそれっ」


 アハハッと笑い、凛はいつもの笑顔に戻った。

 これで良い。

 いつもの道で、凛と歩く。

 今は抱き合っているけど、これも良い。


「なんか、ハグってこんなに落ち着くもんなんだな」


「ねっ、私もそう思った」


 なんだか落ち着く感じをそのままにお互い見つめ合い、俺は決心した。


「なぁ凛。お前は彼氏っているのか?」


「だから〜、いないっていつも言ってるじゃん! てか、いたらこの状況まずくない?」


「それもそうか」


 確かにそうだな、と俺は笑った。


「じゃあさ、凛。俺と‥‥‥」


 そう言いかけた瞬間、俺の唇に熱くて柔らかいものが重なった。

 凛は俺の服の胸元を引き、自分の唇に引き寄せて、口付けをした。

 数秒間の後、口と口は離れ、凛は言った。


「ねぇケンちゃん、私ケンちゃんが好き。あの時助けてくれた時から、ずぅっと」


 唇を震わせながら、頬を真っ赤にして恥ずかしそうに言う凛に、俺は真っ直ぐな眼差しを向けて答える。


「俺も凛が好きだ。俺はお前が俺を好きになった前から好きだったぞ? 幼稚園の頃、俺がいじめられてそれを助けてくれた時から、ずっとお前が好きだ」


 俺の真剣な態度に凛はすこし強ばっているが、何かが爆発したように俺の胸に顔を埋めてきた。


「もうケンちゃん、離さないから」


「恥ずかしいこと言うなよ‥‥‥」


「もう、茶化さないの!」


 お互いにおかしくなって笑ってしまう。

 このままいつまでも笑い合いたい、そう思った。

 確実に俺が今まで追い求めていたものはこれだったのだ。間違いはない。




 この日、手にした恋人を絶対に手放すものかと、俺は覚悟を決めた。



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