第5話 西条ちゃんの初恋は終わらない


 カフェを出て、西に向かって歩いていく。

 俺の家の近所の町で、住宅街があったり、田んぼがあったりと至って普通の町だ。

 だが、俺はこの町が好きで毎日歩いているのに何故だか心地よくなる。

 やはり地元に落ち着く、というのはこういう事なのだろうか。


「風が気持ちいいな」


「えっ、いきなりどしたの」


「地元愛ってものよ」


 右手には田んぼ道、左手には住宅街。

 この自然な感じが風流を感じさせる。


「よくこの場所を凛と歩いたもんだ」


「ふーん、減点っ」


「えっ!? なぜだっ!?」


 突然の西条の減点宣言に、俺は困惑する。

 なにかまずいこと言ってしまったか‥‥?


「女の子といる時にほかの女の子の話するとか、ほんと脳筋」


「脳筋関係ねぇ! でも、そういうもんなのか。今後気をつけよう」


 うーん、じゃあ凛といる時も西条の話とか出来ないか‥‥‥難しいな、女心。


「ほかの女の子の事考えるのもダメ」


「ナチュラルに心読まないでくれる!?」


「あっ、着いたっぽい」


 そんな会話をしていると、西山公園と書かれた場所に辿り着いた。


 刹那、風がサァーッと吹いて頬を撫でる。


 何かを思い出したように、俺は真剣な顔であのブランコを見ていた。


 そうだ、ここであいつと出会ったんだ。


 ひと夏の思い出を過ごした、あいつ。


 名前も知らない、あいつ。


 俺はブランコに座り、その隣に西条が座る。


 残り一つのパズルのピースがバッチリはまった感覚に襲われた。


 隣でキコキコブランコをこいでいる西条をみて、何もかもを思い出した。


 俺はこの場所で、一人の『少女』に声をかけたのだ。

 今思えば、だいぶ失礼な事を言ってたと思い出し、急に恥ずかしくなる。

 あの頃は純粋だったからなぁ‥‥‥。


「なぁ、西条」


「ん? なーに、あらぴー」


 そう言って優しく微笑んで西条は俺を見てくる。

 今まで見た事のない、西条の表情に一瞬戸惑いつつも、俺は確かめなくてはならない。


「お前はその、最初から気づいてたのか?」


「んー? 何のことかな?」


 首をキョトンと傾げてイタズラな笑みを浮かべている。

 絶対分かってるだろこいつ‥‥‥。


「とぼけるなって」


「言ってくれなきゃ、わかんないこともあるよ」


 俺はそう言われ、ハッとする。

 そうだ、人間言われなきゃ分からないこともある。

 結局言わないで、有耶無耶になって終わる。そんな事はざらにある。

 だか、それで終わらせてはいけないのだ。

 たった一言言わないだけで、人間関係というものは簡単に崩れていく。

 俺は手に汗握って勇気を振り絞り、口を開いた。



「俺がその、お前の初恋の相手なんだろ?」




 自分で言ってて恥ずかしくなってくる。

 違ったら黒歴史モンだろこれ‥‥‥。


「うん、そーだね。うちは一年生の頃から気づいてた」


「なら、どうして言わなかったんだ」


「言ったら、うちの初恋が終わると思ったから」


 西条の言葉に、胸を針で刺されたような痛みが走る。

 なんだこの感情は。

 いたたまれない気持ちが俺を襲う。


「ごめん‥‥‥」


 俺はそれしか言えなかった。


「なんであらぴーが謝るの? 別にうちの事だからどうでもいいじゃん」


 そう言う西条の目には、大きな涙の粒が浮かんでいた。


「お、お前泣いて‥‥!」


 俺が心配して立ち上がると、突然、胸にやんわりと重荷が感じられた。

 涙を流した西条が、俺に抱きついてきた。

 肩を震わせながら、


「あらぴーは‥‥‥あらぴーはうちにとって一番大切な人。そして一番‥‥‥」


 俺の胸に埋めていた顔を上げ、


「一番、好きな人だもんっ」


 涙を拭い、ニコッと笑うその顔は、「恋する乙女」そのものだった。

 あぁ、これが女心か。

 はっきりとわかった。

 複雑で、面倒くさくて、壊れやすくて、儚いもの。

 それでいても、絶対に相手を好きでいる一途な気持ちが「女心」なのだと、分かった。


「西条、俺は‥‥‥」


 俺が言葉を紡ごうとした途端、西条は俺の口を手で覆ってきた。

 突然の行動に俺は驚いて、一歩後ずさる。


「その続きは、うちがあらぴーを好きにさせてからだよ?」


「でも俺は‥‥‥」


「はいストーップ、ダメだよ。それ以上言われたら、うちの初恋、終わっちゃうから」


 くるっと俺の方から振り返り、手を後ろで組んで俺を背にしながら言う。


「だからあらぴー、覚悟してね? 絶対、好きにさせてやるんだからっ」


 べっ、と小さく舌を出して西条は公園から足早に去っていった。

 俺は力が抜け、ブランコにへたれこむ。


「はぁ、危なかった。あんなんされたら好きになるだろ‥‥‥」


 あんな事されて、堕ちない男子はいないだろう。

 だが俺には、心に決めた幼なじみがいる。

 一途に相手を思い、好きでいる気持ち。

 それが『女心』だって、西条が教えてくれたのだ。



 だから俺はその言葉に嘘はつかない。



 思い出の場所に別れを告げ、俺はその場を去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る