第4話 西条ちゃんはデートしたい



 午後の授業も無事終え、放課後の掃除当番を筋トレしながら済ませ、玄関へ向かった。


 これから西条に女心を教えてもらう。


 とは言っても、具体的に何をやるんだろうか。

 女心とは複雑で、相手の気持ちを読むのが難しいのだとよく聞く。

 俺みたいな他称脳筋に理解出来るだろうか。

 少々不安になってくる。

 だがしかし、ココ最近の凛の行動はちょっとおかしい。

 やけにスキンシップ激しいし、いつものノリが通じなくなって照れて逃げられたりする。

 まさか俺の事が好きなのか?

 いや、そんなことは無い筈だ。

 そういった勘違いのせいで、恥をかきたくはない。

 というわけで、西条に協力を求めることにしたのだ。


「わりい西条、待たせたか?」


「もう、女の子待たせちゃダメなんだよ? そこからもう失格だねっ」


 笑顔で割ときついことをいってくる西条。

 この時点からもうダメなのか‥‥‥難しい。


「掃除当番で筋トレしながらやってたからな、すまんすまん」


「相変わらず脳筋だね‥‥‥じゃ、行こっか」


「おうっ! 女心テルミーだぜ!」



 ◇




 俺たちは学校を出て、娯楽施設が豊富な駅前通りへ行くことにした。

 俺の住む街は田舎でも都会でもないと言ったThe普通をモットーにした街並みだ。

 商業施設もそこそこあるし、街を外れれば田んぼや畑だって見える。

 俺は今西条と二人で駅前を歩いている。

 仮にも女子と二人で出かけるなんて、凛以外とじゃ初めてなので少々緊張する。

 だが、西条は女心を教えて協力してくれる。

 だったら俺が少しはエスコートしなくてはな。


「西条、そっち危ないから」


 俺はすかさず道路側を歩く西条の肩を引き寄せ、反対側へ移動させる。

 これはポイント高いんじゃないだろうか? と自負していると、西条は何故かポカンと口を開けて黙り込んだ。


「ん?どうした西条、そんな呆けた顔して。これが男としての気遣いというものなのだろう? どうだ? ポイント高いか?」


「あっ‥‥いや! な、なんかあらぴーにしてはやるじゃん‥‥‥一瞬ときめきかけた‥‥‥」


「そうか! やったぜ、これが女心を掴むというものか?」


 最後の方がよく聞こえなかったが、どうやらポイント高めらしい。

 これは進歩だ、と思いつい興奮してしまう。


「そ、そーいうことは口にしないの! うちが今日は見てあげるから、あらぴーなりのデートのエスコートやってみてね」


「分かった! ありがとな、茜」


「っ! 急に名前で呼ぶの禁止ーっ!」


「えっ、これは間違えてたか?」


 何がいけなかったのだろう、と頭に疑問符を浮かべる。

 バッチリ女心掴むには相手を名前で呼ぶ、ってネットに書いてあったんだがなぁ‥‥気安く呼んではいけないらしい。


「あ、そこのカフェ行こうぜ。コーヒーが格別に美味いんだよ」


「へぇ、オシャレそうな店知ってるんだね?」


「あぁ、とにかく着いてきてくれ」


 俺は西条の手を引き、『ケンズカフェ』と書かれた店に入った。


「いらっしゃい、ってケン坊じゃないか。今日シフト入ってたか?」


「おうマスター。いや、今日は客として来た」


「そうかいそうかい、それでそちらさんはケン坊の彼女かな?」


 渋い感じの髭を生やしたマスターが、先程から顔を赤らめて俯いてる西条に向けて訊ねた。


「あ、い、いや、友達です!」


「ほほう、その割には仲が良すぎるように見えるのだがね?」


 ニヤリ、としながら俺たちが繋いでいる手を見つめてくるマスター。

 咄嗟に気づき、恥ずかしくなった俺は手を離すと、西条は「あっ‥‥」と少し残念そうな顔をする。いや、なんでだよ。


「マスター、今日はこいつに女心を学びに来たんだ。とりあえずラテ二つ」


「あいよ、少々お待ちを」


 マスターはそう言ってラテの準備に取り掛かる。

 店内には数人の客がおり、俺たちは適当な窓際の席に向かい合って座り、一息ついた。


「ってかあらぴー! ここ有名なケンズカフェだよね!? 最近インスマ映えするって噂の!」


「ん? そうなのか? 俺はインスマやってないから分からんが」


 インスマ、それは陽キャが自分たちの青春をアピールする場のコンテンツであり、言わば陽キャの巣窟。

 俺みたいな脳筋友達少ないゴリラがやったところで、ボディービルダーからしかフォローは来ないだろう。

 想像しただけでゾワゾワするので、考えるのをやめた。


「あらぴーここでバイトしてんの? すごくない?」


「あぁ、マスターが親戚でな。週二か週三でシフトを入れてる」


「へぇーそうだったんだね。てかそうじゃなきゃあらぴーがこんなオシャレな店知ってるはずないもん」


「失礼だなおい」


 ここのマスター、淡路健二は俺の親戚であり、スミレ先生の父親でもある。

 マスター曰く、スミレちゃんにこの店を継いでほしかったそうだが、それを拒んで教師になったので、せめてもの慈悲で俺が手伝いとしてバイトに入っている。

 俺は正直、将来やりたい事も特にないが、この店で仕事するのはとても楽しいからあわよくば俺が店を継ぎたいとも思っている。

 だが、マスターはというと「スミレと結婚したら考えてやる」なんてほざきやがる。

 それだけはゴメンだ、いや悪くないのかも‥‥‥いややっぱりダメだ。


 そんな葛藤を頭の中で描いていると、


「あいよ、ラテ二つお待たせ」


「相変わらずすげぇな」


「わーすごいこれ!」


 出されたラテには、猫の絵が書かれた『ラテ・アート』が施されていた。

 マスターの特技の一つでもあるラテ・アートが、若い世代から年配の人まで人気なのである。


「俺の力作だ、インスマで拡散よろしく」


「わかりました!」


 そう言って西条はスマホのカメラを起動し、パシャパシャと様々な角度から撮る。


「お前手さばきがプロだな、さすがJK(笑)」


「(笑)をつけるな! こんな映える物を前にして写真を撮らずにはいられないよ!」


「そーいうもんか、というかお前、今日の目的忘れてない?」


「はっ! 女心の伝授ね! ワ、ワスレテナイヨ」


 急にカタコトになる西条に、俺は少々呆れた様子でため息をつく。


「まぁ、誘ったのはこっちだし、ゆっくりラテ飲めよ」


「ありがとあらぴー! いただきまーす」


 無邪気な笑顔をしてラテを啜る西条を、俺は微笑ましいと感じた。

 こいつ、こーいう笑顔もするんだな。

 というか、西条って今まで彼氏とかいた事あるんだろうか?

 女心を語るにはやはり、『恋』の経験が必須となってくる筈。


「なぁ西条、お前って彼氏とかいる?」


「ごふっ! な、なにさ急に!」


 俺の言葉に、西条はラテを吹きそうになった。

 そんなおかしいこと言ったか俺?


「いやぁ、やっぱ女心を語るには恋の経験が必要だろ? お前はそーいうのあるのかなって」


「あ、あぁーそういうこと‥‥付き合ったことはないけど、初恋ならあるよ」


「付き合ったことは無いのか、どんな初恋だったんだ?」


「小学一年生の頃だったかな、親の仕事で一度だけこの街に来たことあるの。その時うまく友達と馴染めなくて、公園でよく一人でブランコ乗って遊んでたんだ」


「ほう西条がか‥‥それで?」


「しばらく一人で遊んでたんだけど、夏休みに入ったある日、隣のブランコに座ってきた男の子がいたんだけど、その子が『お前一人なのか?』って直球に聞いてきたの」


 だいぶ失礼な奴だな‥‥と俺は思っていると、


「でもね、話しかけてくれて嬉しかった。元々内気で人見知りだったうちに明るく接してくれて、こっちにいた間はその子と毎日のように遊んでた」


「おお、いい話じゃねえか」


「でもね、うちが転校する事になって、もうその時には好きだったから告白しようと思っていつもの公園に足を向けたの。そしたら、その子は来なかった」


「いや、切ないな」


「まぁね、でも名前も聞かなかったから初恋かどうかも怪しいけど、一緒にいて楽しかったし多分恋してたんだ」


 西条にもそんな過去があったのか‥‥。

 初恋とは、きっと甘酸っぱい思い出だからこそ成り立つのだろう。

 俺はそう捉えた。


「ところで、その公園ってどこだったんだ? この街なんだろ?」


「あぁ、確か西山公園だったかな。懐かしいなぁ、後で行ってみようよ!」


 西条の言葉に俺は眉をピクっとさせた。

 ん、待てよ西山公園?

 あそこは確か‥‥‥


「西山公園つったら俺の近所だな」


「ほんと? 偶然だね」


「あぁ、西山公園つったら俺も思い出が‥‥‥」


 俺はこの瞬間、自分の中の記憶を辿った。

 いや、まさかなと思った。

 小学生の頃、西山公園によく一人で遊びに行った時期がある。


 あれは確か夏休みだった。

 凛が家族で実家に帰省するというので、他に友達がいなかった俺は一人で公園で遊んでいた。


 その時、ブランコに乗る一人の男の子を見つけたんだ。


 俺は寂しさを紛らわす為、そいつと仲良くなって遊んでいた。

 そいつは男の癖にモジモジしていて、頼りない感じだったので、俺が外での遊び方というものを教えたものだ。

 蝉取り、ザリガニ釣り、鬼ごっこ、隠れんぼ、なんだってやった。


 その夏は俺にとって忘れられない夏である。

 毎日公園に通っていた俺だったが、ある日熱を出して寝込んでしまっていた。


 一週間ほどして治ったから、またあいつと遊ぼうと思って西山公園に行ったが、あいつは来なかった。

 今も何処で何をしているか、そもそも名前すら聞いていなかった。


 そして、西条の今の話を組み合わせると、合点がつく。


「いやいやいや、それはないな。うん、絶対。あいつ男だったもん」


「ん? 何のこと?」


「あ、いやこっちの話だ。それより西山公園、行ってみるか」


「うんっ!」


 西条はそう言うとニッコリ笑い、俺たちはマスターに挨拶して店を後にした。


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