29.ケイド

俺が全く苦悩していない、と言えばウソになるだろう。

ただ苦悩を傍にやって封をする。間にやるべき事をこなすのが上手いだけで、ふと気が緩んだ時にそれが顔を出す。

実父の手紙なんて目にした日には、しばらくは最悪の気分で過ごさなければいけないが、周囲には殆ど気づかれることはない。


しかし、こんな話をするのもややナンセンスだ。

全く苦悩しないIRG隊員などいない、いや、世間中見回しても、人格があれば悩みの一つや二つあるものじゃないか。

俺には、自身の置かれた状況が特別だと思えない。貴族の息子が出奔して、IRG隊員になっているなんて、それが何だというのか。

己を特別だと思う事と、境遇を全く大したことがないと判断する事。どちらがより罪深いか考える。


実のところ、大半はこんな調子だ。

場合によってはあの世に行った人間を袋に納めて運ばなければいけないような職業だというのに、全く別の事に悩んでいる。


それがどうにも逃避めいて嫌になるのだ。

シュンにはこんなところを知られたくないな。


俺にはもう一つ判断しかねる事があった。

父、ベリリウスがわざわざ手紙でそれだけを尋ねてくるほど、鉱山の奥にあった物が重大だと思えなかった。

返事が期待できないような関係性の息子になぜ聞くのか。

何がしたいんだ?

誰かに代行させて、ネットワークを介して電子的なメッセージを出してもいいようなものだが、なぜ直筆の封書を送ってきた?

……昔から何がしたいのかわからない父親だったのに、今更考えた所で何か察せるわけでもないが。


あれは、ただの石の塊だったと思う。


話を変えよう。


この職務についた俺にとってとりわけ誤算だったのが、一人の少年をどのように扱うか話し合わなければいけない事だった。


三ツ瀬シュンには、ただの子供と呼ぶには過ぎた物証がありすぎた。

彼は当初から銃を扱えた。誰かに手解きを受けたと考えるのが妥当だ。

念頭におくべきは、同じ銃といっても「対害獣」と「対人」では全くノウハウが異なるという点だ。


シュンが身につけているスキルは、後者だと断言できた。……直接見たので間違いない。


ゼーラールは「ワイルドな惑星」かも知れないが、普通に暮らしていて人に銃を向ける必要は滅多にないし、拳銃を見たら大抵の人間は取り乱す。

狩猟の趣味や稼業があって、動物を撃った事があるというのとは次元が異なる話なのだ。


この時点でかなりきな臭い状態が察せるのだが、始末が悪いことに、シュンの記憶には各所に強力な改変がある事が判明していた。

取り調べで誰に射撃を習ったか言えないようでは、怪しまれて当然だ。だが、当人は悪くないように思われた。


やれ、シュンが結局何者なのか、どのような関係者がいるのか、といった話を続けていた。

挙句、副チーフに言われたのが

ー君が得ている信頼を、最大限活用しろ。


だった。

チーフと副チーフは、恐らくは二人の間で飴と鞭の役割を分担している。

それを差し引いても、俺は所属組織をもっと嫌っていいのだなと、素直に思った。


ただし、どうしても譲れない箇所があった。

それは「シュンが重大な精神ダメージを受けないように」……という、願望に近い懸念点だ。


いろいろと足掻いた事が功を奏したのか、シュンの身柄をIRG外に渡す事は避けられた。基本、人間の調査は専門外の組織なので、後からつっつかれるだろうか。

代わりにいろいろと彼の面倒を見ることになってしまったが、不思議と嫌ではなかった。

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