28.ディジェネラシー
「無理だね」
おれはきっぱりと言った。
やけっぱちでそうしているわけじゃない。
なるようにしかならない気がしたのと、小出しにしている相手のやり口がムカつくからだ。
友達の家に上がる以外の情報がない状態でこれだから、気をつけようがあったか?
そもそも、ケイドさんや、トムやヒアリのことを考えたら、細かいことを聞いたとしても納得できるわけがなかった。
ごめんな、カトー。とはちょっと思うけど。
おれって、口悪いの自分でもわかってる。だけど、なかなか直んないんだよね。
おじいさんはさっきの大声で体調を崩したのか、息が荒い。
それでもおれは容赦する気はなかった。
「よくわからない。こんな状態で答えられるか」
背後からカトーのお母さんの声がした。
「知る覚悟があるなら、私が説明します」
なんなの。
いくらカトーのお母さんでもドン引きする。
この家には、勝手なやつしかいないのか。
本当にカトーのお母さんなのか?家に迎えてきた時と比べて一段と怪しく感じた。
それにしても……
状況、詰んでたらどうしよう。
「それ、知りたくないって選択肢あるの?」
「それは『はい』ということですか?」
キてるな。
「私から聞かなくても、いずれどこかで知ることになります。
カトー、おじいさまの様子をみていなさい。さあ、こちらへ」
おれは遮った。
「だめだ、ここで聞く」
これ以上逃げ場がない所に連れていかれても困る。
でも玄関の近くで止めてもわかりやすすぎる。
何が出てくるか分かったものじゃないけど、ここで覚悟するしかない。
おじいさんの体には悪そうだけど。薬のせいなのか、ぼんやりし始めている。
「では、結論から言いましょう。私たちは人類救済同盟。故郷の地球を離れざるを得なかった人々を導く使命を負っています。命懸けでこの星に辿り着き、第二の故郷としたのです。しかし」
やれやれと思うけど、宇宙船のことを考えたら何ともコメントがしづらい。
「ある時点で生物の急速なキメラ化が進みました。あらゆる対策を試みましたが、今でも止まっていないのです。このままでは必ず決壊し、全ての生物がアリ地獄のように怪物へとなだれ込むでしょう。我々はこれを
う、うさんくせぇ。
「ちょっと待って。おれらが対策出来ることなんだ、それ」
「ええ。元から我々がコントロールしていたのですから。ですがバグのようなものが生じ、最早制御が効きません」
「この世界は、ゼーラールは作り物か!?」
カトーのお母さん、らしき人は一瞬だけ黙った。
「そう思っていただいても構いません」
おれは、ショックと同時に自分の心からマグマのようなものが湧き上がるような感じがした。
うまく言えないけど、この話を信じてはいけない気がする。
「馬鹿げてる。それにおれがこれを聞いて、何の意味があるの」
「理由はうすうす気づいているのではないですか?
あなたのその力は、この世界のマスター権限です。出力さえ確保できれば、この事態を初期化できるでしょう。
あなたが、おじいさまの事も、何もかも忘れているのが残念です。おじいさまとあなたは親友だったそうですよ」
「もうやめろ。
忘れているのは悪いなと思う。でもこの話は何かがおかしい。
おれは協力しない!」
正直、異様に冷静なカトーのお母さんの顔を見るのが嫌になってきた。
言っている事が本当なら、もう少し焦ってもいいだろ。
それよりも……。
「カトー。さっきから黙りこくってるんじゃねえよ。あんだけつるんでおいて、結局したい事はこれか?
一掃ってなんだよ?トムとヒアリの事、可哀そうだと思わないの」
カトーは顔を上げた。
「大事だと思ってるよ」
「矛盾してるだろ」
食いついた俺にカトーは微かに笑った。ちょっと影のある感じの笑顔だ。
「そうは思わないな……
あいつらは、そうだな、NPCみたいなもので、いずれ消えちゃうんだ。
僕は寂しくてたまらないよ。
だから、消えてしまうその時までは、大事にしてあげたい。
それに、もちろん、シュンとも友達でいたいんだ。おじいさまにもそう言われてきたし」
ふざけるな。
と、思うと同時に、おれは心の底からカトーに同情した。
めちゃくちゃな事を言っているのに、本人は気づいていないからだ。
なんだかイライラしてきたし、状況も何一つ動いてない。
言うだけ言ってしまえと思った。
「このままでいいと思うなよ。
あんた、DNAレベルで寂しいやつなんだよ。
目が覚めたら仲良くしようぜ」
「目が覚めていないのは、君の方だよ……」
不意に何かが弾けるような音と、フラッシュみたいな光が襲いかかってきた。
視界がぐるぐる回る感じがして、おれは思わず膝をついた。
周りがぼやける中、カトーのお母さんの声がする。
「マスター権限は、今のところあなたにしかありませんが……
『地球人』同士は対等なのです。
いま、あなたの力の制限を解除させていただきました」
「俺は協力しないって言っただろ!」
「あなたの決断に任せます。
それに、この時点から、あなたは協力しなくても、『選択』はできるようになりました。
どうか、あなたが決めてください。
私たちは、今はこれ以上は望みません……」
「勝手すぎる!」
おれは叫んだ。と同時に、今まで感じた事がない気持ちが、どんどん頭を占めていくのを感じた。
それはガスみたいに頭の中で吹き出して、そのうち言葉になった。
(死ぬのが怖い。)
(でも、作り物の世界なんだろ?)
(本当に?)
考えが、気持ちが振り払えない。
ここで耐えられないと、心が負ける気がする。
何かをしなければ。
立ち上がって、なんでもいいから言葉を出そう。
「……あんたら、せこ過ぎるよ」
そう言った直後だった。
カーン、と硬い音が響いた。
その瞬間、誰もなんなのかは理解していなかったと思う。
おれのすぐそばの床の上に落ちてきたのは、天井板。照明。それと、
「ケイドさん!?なん」
「こっちだ!」
いきなり腕を掴まれて、天井へ引っ張りあげられた。
「すり傷できるだろ!」
「ちょっと我慢してくれ」
理解が追いつかないまま、天井裏のスペースをずるずると移動した。
着地したさっきのリビングは、床上にダクトが放り出されて、窓が開きっぱなしになっていた。
「……もしかして?」
「悪いな、もう少し辛抱してくれよ!」
今回は有無を言わせてくれない。
ケイドさんはおれを抱え上げて、窓から飛び出た。
ぐんと落ちる感覚がして、ずっと真下に路面が見える。
絶対助からない高さなんだけど……。
わかっていても気が遠くなりそうだ。
次の瞬間、落ちている感じが強引に打ち消されて、羽音とともに空中を進んでいた。
……ずっとしがみついてるの、恥ずかしいから早く解放してほしい。言えないけど。
「すげータイミングいいじゃん」
ケイドさんはおれの茶化しに、前を見据えたまま答えた。
「本当はやりたくなかったんだけど、
あれじゃあ、何をしてくるかわからなかったから……
遅くなってごめんな。
ダクトスペースの寸法間違えて、詰まったりしたら笑えないから」
「今もあんまり笑えないよ」
それにしてもさっきの話、ケイドさんはどこからどこまで聞いていたんだろう。
おれは振り向けなかったけど、きっと窓からカトーが視線を向けていたんだろうな、と思った。
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