27.どうせ覚えていないんだろう?
みんな、格差ってのからは逃げられないんだな。
カトーの家に向かう途中で、おれはそんなことをたっぷりと実感した。
こんな事を実感するのは、できれば大人になるまでとっておきたかった。
この街には、地球人のうち、とりわけ気が合ってかつラッキーだったか、元々偉かったかした人たちが固まって住んでいた。
カトーはそんな人たちの子供だった。
高層ビルが日差しを受けて光っていた。いざ見ると、これが住むために建ってるのに驚きそうになる。
ケイドさんに連れられて見に行った公営住宅を思い浮かべて、比べた。
ロビーの壁が、磨き上げられた茶色の石でできてる。
あらかじめ、カトーの家が裕福だとか、そんな話も聞いてたかというとそうでもない……。よっぽどな話でなければ、自分の中では当たり前すぎて話そうという気にもならないんだ。
おれは小声で言った。
「親が金持ちなら、狩りなんかしなくても研究し放題じゃないの?」
「ん?なんか言った?」
「ううん、なんでもない」
カトーは上機嫌だった。
じゃあ、おれの家はどうだったんだろう。
気持ちが悪い事に、宇宙船にいた時より前の事は全く思い出せない。
赤ん坊の時から宇宙船に乗ってて、通しで記憶があるほうが、まだ納得できる。
おれは、なんとなく、頭をくしゃくしゃっと撫でてくれたお父さんの事や、お母さんの温かい手を思い出していた。
その後ろの壁は宇宙船の冷たさを、なんとか塗り潰すようなクリーム色だったり、そんな気づかいのない無機質な色だったりしたのも。
だめだ。これを思い出したら、あのクソワニも思い出す。それから、いや、本当にやめよう。
(とにかく、生きててほしいな)
カトーの家の中でも上の空だとまずい。おれは考えを意識のわきにどかした。
カトーの家はビルのかなり高層階にあった。
通されたリビングは案の定めちゃくちゃ綺麗で、広かった。
どんだけ稼いでるんだろ、カトーの親……。
窓が意外と狭く作られてるのは、ま、空中からでも通りすがる人がいるからかな。
「あなたがシュン君ね」
カトーのお母さんはスラっとした綺麗な人だ。にっこりと笑いかけて、紅茶とスコーンを差し出してくれた。
嬉しいけど、なんか、高級すぎて肩の力抜けないなあとおれは思った。
カトーはこの綺麗な家に、狩猟に行ったドロドロの格好で帰ってんのかよ。
いや、金持ちだからそういう派手なアウトドアをするのか?
考えてて、なんかイヤな気持ちになった。嫉妬しているみたいで、恥ずかしい。
「こんなにきれいなとこ住んでるなんて、先に言ってくれよ。びっくりするから」
「ごめんごめん」
カトーは照れたような笑顔をした。
「これなら、トムとヒアリも呼べばいいのに」
「……次はそうするよ」
家がきれいすぎるせいなのか、おれ一人だとリアクションがしづらいのか。
おれとカトーはなんだか当たり障りのない話をするだけになってしまった。
そんな時に、カトーは急に電話をしに席を立った。
なんだろう、と思っていたら終わって戻ってきた。意外と短い。
カトーは、ほんの少し真面目な顔になっておれにいった。
「おじいちゃんにも会ってくれないかな。目が覚めたから」
「いいけど」
断ろうにも、いい理由が思いつかない。おれはうなずいた。
「連れてきたよ」
廊下の先の扉が開いた瞬間、薬のにおいが顔に吹きかけられたような感じがした。
カトーのおじいさんは、薄暗い部屋で介護用ベッドに寝ていた。
おじいさんとチューブと、それをつなぐ、かすかな音を立てる機械。
まったく起き上がれないらしい。
ギリギリ生きてるって感じだ……。
「来たか」
かすれた声でそう言われた。
これは、何かが変だ。
おじいさんは、おれに何の用があるんだろう。
今にも泣きそうな声でおじいさんは言った。
「遅い、遅いなァ、シュン。どうして今なんだ」
……何が?
おれにはさっぱり理由がわからない。おじいさんの顔にも見覚えがない。
ただ、100年って数字のことを頭に浮かべた。
「ずっと待っていた」
「ごめんなさい、おれには覚えがないです」
やっとのことで返した答えに、おじいさんは力なく笑った。
「わかっているよ。どうせ覚えていないんだろう?
……それなら、生きているうちに来なければ良かったのに」
混乱して何を言ったらいいかわからない。その代わりに、隣にいたカトーが口を開いた。
「おじいさん。言う通りにしたよ。僕を褒めてくれる?」
「ああ、実に良くやった。どうかこれからも、シュンと仲良くな」
何だ、このやり取り。
おれは気持ち悪さを覚えた。と同時に、「仲のいい友達」であるはずのカトーに対して、気まずさが湧くのを感じる。
おれは自分からカトーを引き離したいと思った。それが、カトーにとっては少しひどい事になるに違いない。
それでは、なんだかかわいそうだ。
だまされた。と言いたくなったけど、その見方はきっと間違ってるんだろう。
カトーもおじいさんも、本心からおれに来てほしかったんだ、と何となく感じた。
カトーのお母さんは、静かにおれたちを背後から見守っている。
「ここからはとても大事な話だ。僕に残された時間も短いからな……」
「帰りたいって言っても、無理そうだね?カトー」
「悪いね、シュン」
「……」
話を始める前に、おじいさんはすっと息を吸った。それはとても浅かった。
「シュン。僕は君に備わった力の事を知っている」
うっ。何かが頭にガツンと来た感じがする。
そうか、おじいさんは、移民船にかかわってた人なんだ。
随分長生きな気がするけど、延命でもしたのか。
いくら相手にとっては正しくないとはいえ、騙された感じを引きずっていたおれは少しムッとし始めていた。
おれの気持ちなんて、一切考えられてないじゃないか。
一方的すぎて流石に嫌だ。相手が老人でも病人でも知ったことか。
もし、カトーがこの感じに対してなんとも思ってないとしたら、カトーはちょっと壊れている。
「おれのほうが知らないよ。あれは何なの?」
「それは言えない」
無茶苦茶だな。
「……あっそ。なら、要件を教えて早く帰してよ」
「どうか、僕らの味方をしてほしい……むろん、僕の命は残り少ない。だが同胞も、その子孫もいる。
この先も彼らを守りたい……」
いい事を言っているようで、状況がわかるようで、今一つのみこめない。
「そのためには、おれの何が必要なの?」
おじいさんは見るからに興奮している。
……もしかしたら、おれじゃなくて、未来に待ち構えている死神を見ているかも知れなかった。
「君の力だ。君の力があれば……!ああ、もう少し寿命があれば良かったものを!
もはや僕にはこれ以上の事はできない。だが君が来てくれたからには!」
とても異様な感じがした。これに関しては、カトーも同意見みたいだ。
「おじいさん……?」
おじいさんはどう見ても無理をして声を張り上げた。
「どうか、どうか君の力で、
全てを押し戻して、キメラどもを一掃してくれ!」
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