25.雪男
おれたちは大慌てで籠城ができそうな態勢を整えた。
小屋の扉にはつっかえ棒を2本。
家畜小屋のほうに向いていたもう一つの扉には、残っていた家具で作ったバリケードを作った。
二重作りの窓も全部閉めた。
裸足になってしまったおれは、ヒアリから靴を借りた。
こっちははだしでも大丈夫だから!と言い張っていたけど、仮にも相手は女の子だ。なんか、恥ずかしい。
ともかく、一応は無茶苦茶な悪あがきっていう感じがなくなった。
だけどこれは一時しのぎだ。
雪男みたいになったモグラは、まだあきらめるつもりがないみたいで、小屋の周りをうろうろし、ドアを叩いたり、爪で引っかいたりしている。
ぶつかってくる度にどすんと大きな音がして、足元が地震みたいに揺れた。
ここは、いつまで持つんだろう。
サイズはシカやら野ブタほどじゃないけど、おれたち三人いれば、ごちそうになるんだろうなぁ。
モグラなりに、襲って来た奴を懲らしめたらスッキリするのかもしれないし。
そう思うと背筋が冷たい。
しかも、実際に寒くなってきた。
あいつはずっと冷気を発しているのか。どこから流れ込んでいるのか、床の上が冷たい空気でスースーしている。
スースーで済んだらすごくラッキーだと思う。ドアが凍り付いて、このまま冷凍庫になるとか……。いろいろな事が想像できた。
いまはまだ耐えられる。
だけど、長引いたら自信がない。みんな冬向きの格好をしていないし。
どれだけ時間に余裕があるかはわからないけど……。ベストを尽くすしかない。
「周りが凍り付くウデナガモグラなんて、聞いたことがねえ」
画面の向こうのトムが、見るからに焦った顔をしている。
「オ、オレには思いつかねえ、どうしたらいいのか」
トムは流石に気まずそうだ。
「おろおろしないでよ。まだ負けが決まってるわけじゃないから。」
ヒアリは焦りを押し隠しているふうで返事をした。それほどおびえていないのは強い。
「そうだ。こっちはドローンが一機残ってる」
「おれも武器は持ってこれた。とにかく、考えよう!」
「とはいえ、待ち戦法は絶対使えないよね、カトー」
「そうだな……」
小屋の中はどんどん寒くなっていた。
「ごめん、寒すぎてだめかも。早くしよ」
ヒアリは特に震えていた。
そういえば、冬場にケイドさんから何か受け取った時に、手がキンキンに冷えてた気がする。
おれたちより寒さに弱いのか。急がないといけない。
大急ぎで、何が使えるか考える。
安直だろうか?火でも起こして攻撃するしか思いつかない。
「燃えるものなんてないよなあ」
ダメ元で聞いてみると、カトーは一瞬だけ何言ってんだ、という顔をした。
「そんなもの……いや、待てよ。ある」
声をかけてすぐに、おれもなんとなくは察しがついていた。
「予備電源……」
「それかも知れない」
「マジで言ってんの?」
作戦を聞いて、のんきに構えていたヒアリは少し腰が引けている。
この瞬間も、中は寒くなるし、獣臭いし、ドコドコ叩かれているし、ロクな状況じゃない。
「……うう、嫌だけど、やるしかないよねぇ」
「ドアが凍りつく前にね。足が速いんだろ?」
「わかったよぉ。凍えちゃうから、早く始めよう」
「お前ら、絶対無事で帰ってこいよ!」
号令役のトムのほうがおびえているくらいだ。黄色い目がやけにうるんでいる。
みんなで決めた位置についた。
表の玄関と、家畜小屋に向いた裏口だ。
「黒鷹の離陸よし。姿勢制御も安定してる。いい子だ」
わざわざ作ったバリケードを少しどかした裏口のそばでしゃがみながら、カトーはうなずいた。
おれとヒアリが待機しているのは玄関だ。
玄関のほうが危ない、と言いたいところだけど、そんな大きな家じゃないから、どっこいだろうな。
緊張で口が乾く。
トムの声が聞こえた。
3カウントだ。3、2、1……。
ゴーの合図で俺とヒアリは一斉に扉を開けた。
玄関から急激に冷えた空気が流れ込んだ。
茶色だったウデナガモグラの毛皮は、霜がついて真っ白だった。
雪男だ。めちゃくちゃ近い!
そんな感想を心の中で言ったのもつかの間、長い爪の生えた腕がびゅんとしなった。
「うわっ!」
驚きつつもおれはとにかく姿勢を低くしてダッシュ、すり抜けるようにして爪を避けた。
ヒアリも同じようにして出てこれたみたいだった。
……背後を取った!
同じタイミングで、カトーはもう裏口から出ている。
おれはスタンロッドを構え、ありったけの力を溜めた。
狙いは決まっている。ヤツの足元だ!
ロッドの先が相手のふくらはぎに食い込んだ時の感触は、ものすごく硬かった。
バリバリと氷が砕けたように見えて、それが電撃の光で輝いた……ような気がする。
ウデナガモグラは唸りながら振り返り、腕を振り上げた。
でも、痺れて動きが鈍いし、いったん前足を地面につけているから、スキが出ている。
「今だ!」
そのスキをついて、全員で二つのドアを閉め、つっかえ棒をした。
玄関の方がドアが大きいから、ヒアリがいなかったらどうなってたか。
「カトー!」
「任せろ!」
建物越しに声が聞こえたのを確認して、おれとヒアリは駆け出した。
瞬間、黒鷹が窓から飛び出し、すぐに中に向かってレーザーを撃った。
予備電源はドローン二機分とスタンロッド一本分充電できる量だから、結構大きい。
それがレーザーを受けて一気に燃え上がった。
これで蒸し焼きかぁ。
トドメになったかはわからない。ちょっと、可哀そうな気が……。いや、そんな考えは危ないか。
家を回り込んでカトーとなんとか合流しても、まだまだおれたちは走って逃げ続けた。
「ウソだろ……。」
その時になって初めて、おれはモグラの爪が肩をカスっていたことに気が付いた。
服が切れて、周りが凍り付いて、うわっ。肉の赤が見えてる。
じわじわと傷の痛みを感じてきた。
時間差過ぎないか?
「大丈夫か!?」
カトーの声掛けに対して、とりあえず心配させない答えを返した。
「だ、大丈夫、多分……」
肩をきつく手で押さえつけて、立ち上がろうとしたその時。
勢いよく唸るエンジン音と羽音が鳴り響いた。
小屋のほうを向いて見ると、IRGのバンから出た人員があっという間に小屋を取り囲んでいた。
「やばい気がしたから、呼んだんだ、IRG」
トムの仕業か……でも、ごもっともな気がする。
なかなかにデカい羽音の持ち主が、おれの頭上から降りてきた。
ケイドさんだ。
ケイドさんにも何故か緊張しているような雰囲気があった。
救助対象に難なく接近できたことと、それがおれたちだってことと。まあ、複雑な気持ちなんだろう。
顔色、というものがあるとすればの話だけど、なんだか顔色が悪かった。
ケイドさんのかすかな独り言が聞こえた。
(特異個体か-)
「あれを倒したのか」
「すごいだろ」
一瞬だけ、ケイドさんの安心していたような表情が曇った気がする。
「ああ。でも怪我の程度が気になるな。早く手当てをしよう」
「大損ね。毛皮は全焼、予備電源は全損でしょ~?カトーのドローンは無事でよかったね。あとでもう一機拾いに行こう」
ヒアリは能天気な事をこういう時に言うのが好きだな。
この中で一番ハイなのはカトーだった。
「このタッグは最強だ。シュンの才能も光ってる。最高だよシュン!!」
「カトーテンション高すぎ!きしょいってば」
子供同士でワイワイやっているところに、ケイドさんが声をかけた姿は引率の先生みたいだった。
「嬉しそうなところ悪いけど、一旦IRGに寄ってもらおう。怪我の手当てをしないと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます