24.モグラ
結構な間、待っていたような気がする。
大けがするかもしれない、という事を頭の隅に置きながらだと、退屈どころじゃなかった。むしろ、ちょっと時間の感覚がおかしくなる。
ウデナガモグラの腹が減っているタイミングを狙っているので、エサのことは気にしているはずだ。
その割には、なかなか出てこなかった。きっと、怪しんで我慢してるんだろう。
エサは意味なしか。
全然美味しそうには見えないのに、こっちがお腹空きそうだ。
相手はそこそこ賢いんだろうな。どれだけこちらの気配が伝わっているのかはわからないけど。
草原には隠れるところが少ないので、たぶんにらみ合いになるとはトムが言っていた。
一切その場にいないわりには、アドバイスが合ってるんだな。
空ぶりになるんだったら、小さい獲物も取れるようにカゴ罠も仕掛けておけばよかったかな……仕掛けられるような、狭い場所があればの話だけど。
……。
全然動きがない。
しょうがないので、カトーにひそひそ声で話しかけた。
「どうしよう。穴は二つあるんだよね。向こう側にドローンをやれる?」
「そうだな、片方行かせるか。見張っててくれ」
「オッケー」
おれはスタンロッドを構えなおした。手にずっしりとした重みを感じる。
再び離陸したドローンは、かなりの音量でうなっている。
(隠れても、もう、バレバレだな)
ドローンの音の大きさが、どれだけ自分の耳を邪魔しているかは正直読めない。
そんなこと、初回でわかるはずもないし。
足元に穴を掘られていて、こっちが気づいてないだけだったらどうしよう?
心配になった。
「カトー、ここからは動こう。」
「わかった」
立ち上がって、一歩踏み出した所で急に空気が変わった。
というより、臭くなった。
うまく言えないけど、だいぶ臭い。生ごみっぽいにおいときつい動物臭が混ざった感じ。
風に乗って流れてきてるのかな。何食ったらこうなるんだろう?
おれは思わず速足になった。
罠の範囲内には近づけないので、気休めなんだけど……。
風のような音がした。
カトーのドローン、白竜が巣穴に向かって突っ込んだんだ。
すると、爪の長い前足が穴からにゅっと飛び出して、ドローンをはたき落そうとした。
白竜はその前足を避けて、穴の中へと突撃する。
追い立てるつもりだ。
1台が罠ひとつなんかよりずっと高そうなのに、よくやるな。
そんな雑念を一瞬湧かせるくらいの時間しかないまま、おれが見張っていた方の穴からウデナガモグラが飛び出てきた。
結構デカい事はわかっていたんだけど、いざ目の前に出てくると、身長がおれの倍近いように見えるのは気のせいか。
名前の通り腕が長い。モグラというより、やはりナマケモノというか、スリムなクマ、みたいな感じだ。
明るい茶色の綺麗な毛皮をしている。
ただ、丸くなった背中側の毛はかなり太い感じがする。しかも部分的に甲羅がついていて、ちょこんとしたしっぽの先まで小さな甲羅がついていた。
ゼーラールの動物、やたら皮膚が固いの多いな。
そいつは、犬の鳴き声をもっと太くした感じの声で控えめに吠えた。
怖くないはずがなかった。においとか、よだれとか、そういう細かい所が圧をかけてきてる感じだ。
こんなの、ビビる。
(これが初陣で良かったのか?)
(いや、このタイミングで迷っちゃダメだろ。)
そう自分に言い聞かせて、踏みしめた両足、目の前の相手に意識を向けた。
まだだ。まずは罠が発動する。
――ピピッ
罠が短い電子音を立てて、ボルトを発射した。
音が鳴るのが早いか、ウデナガモグラは拳を地面につけて、四つ足で走り出した。
かろうじて一本、肩と首の間あたりに命中していた。もう一本は、かすったというか、弾き飛ばされたというか。
そして、ドローンを無視してこっちにまっすぐ向かって来た。
反射神経いいんですけど。しかも、毒が効くまで、時間かかりそうなんですけど。
「ウデナガモグラがどんくさいって言ったの、誰だよ!?」
ほとんど叫びそうになった。
ケイドさんの言ってる事、あまりあてにならないんじゃ……?
ウデナガモグラの長い腕は、振り回されるとまるでムチみたいに見えた。
横に薙ぎ払ってきている。
おれはうわーっと思いながら(本当に口に出したか全然わからない)、慌ててしゃがむと、頭の上をぶんと唸ってツメが通りすぎた。
「シュン!」
名前を呼ばれたその時、カトーのもう一台のドローン、黒鷹がモグラの側面に向かって飛んでいく。
バチっとはじける音がした。ドローンが搭載していたレーザーで攻撃したらしい。
おれって、結構においを気にする質だったんだとここで気づいた。
撃たれたウデナガモグラは、焼肉臭っていうより毛が焼けた臭いがする……。
相手は、まだ弱っていない。今度は頭上から振り下ろしてきたツメを慌てて避けた。
(ツメにぶつかったときのことなんて、考えるのやめろ!)
レーザーが強いとかカッコいいとか、考える余裕なんてない。
もう、緊張でパンクしそうだ。
引き返せるところじゃない。
ウデナガモグラと近くなり過ぎると、ロッドの長さが役に立たなくなってしまう。
ここでとにかく動かないと……!
少し無茶苦茶な感じになっているけど、相手の胸に向かって、スイッチを握りこみながらロッドを突き出した。
バチバチバチ!!!
スタンロッドは黒鷹の搭載レーザーよりもすごい音が出た。
同時にまぶしい光が走った、これはあの時の超能力の光の色とは違う。
この一瞬で、少しだけ冷静になれた気がする。
デコに唾たらされちゃったし、そこらが焦げ臭いけど。
ウデナガモグラは大きくのけぞった。
おれは一歩下がった。……もう一発!
「おりゃあっ」
勢いをつけて突き出したスタンロッドの先は、今度は腕で止められてしまった。
それでも、腕の毛皮に食い込んで電撃を放つ。
相手が痺れて動けなくなったところに合流したカトーのドローン、白竜と黒鷹がウデナガモグラに集中攻撃した。
逃げるかと思ったけど、これならいける気がする。
レーザーが目に当たったらしい。いや、当てようとしていたのか。モグラは煙の上がる顔を押さえてわめき始めた。
ドローンとカトーを見た感じ、少しおれにとばっちりが行くのを恐れているような感じだ。
こちらも消耗しそうな気がする。一旦カトーのドローンに攻撃を任せてみよう。
おれが少し距離を取ると、白黒のドローンは容赦なくウデナガモグラにまとわりついた。
おかげでその間、少し態勢を整えられる。
相手の肌にはかなり焦げが目立った。毛皮の状態より、安全を優先したせいだ。
焦げ臭さにはすぐには慣れなさそうだな……。
少し落ち着けたので、おれは武器をもう一度強く握りしめた。
相手はかなりドローンにいら立っているらしかった。攻撃されて、痛手を負わされると初めて分かったのか。
「見たことない物」っていうのは、思ったより強みなのかもしれない。
振り回している腕から、勢いがなくなってきた。
徐々に弱ってきている。……スキをつけそうだ。
「カトー、このまま攻め続けよう!」
「ああ!」
上からドローンで注意を引き続け、甲羅の付いていない腹側を空ける作戦だ。
おれたちはウデナガモグラに対して、一応正解の手を打っていたと思う。
前に同じようなことをした事がある誰かの手筈をなぞった。資料ではドローンの代わりに、コロニアルの仲間を連れてくると書いてあったかも知れないけど。
いきなり変なことをしても、いい事はないとおれも思う。何せ、ハンティングは仕事や趣味であって、ある程度命がけではあるかも知れないけど、決闘するわけじゃないから。
一つがダメだったらまた別のプランを試すし、逃げるって選択肢も全然ありだ。
観察して、できそうな事を選んで、仕留めまで行けばいいんだから。
だからこそ、全然予想してない事が起こった時、おれたちはかなり取り乱した。
このまま行けば、ウデナガモグラは感電と毒、レーザーの熱傷で倒れる。そこまで追い詰めたはずだった。
突然、ウデナガモグラの背中の毛がざわざわと逆立ち始めた。
やつが妙に体に力を込めているのがわかった。唸り声を上げ、震えている。
何の習性だっけ?とトムの資料を思い返す間があれば良かった。でも無理だった。
「は?」
急にウデナガモグラがガチガチの体勢を解いたかと思うと、その全身から痛くなりそうなほどの冷気があふれ出した。
パリパリと音を立てて、ウデナガモグラの体毛に霜がこびりついている。
肌に触れただけで、体がびっくりして走れなくなってしまいそうな温度差だった。
震え上がりそうだ。
「ドローンが壊れた!」
カトーは氷漬けになったドローンの、片方だけでもどうにか抱えようとしている。
季節外れの雪男に変身したモグラが、反撃しようとおれを追いかけてきた。
そいつが走るたびに冷たい風が吹き、地面が凍りついているような。
こんなんあり?
「シュン!退却だ!」
「わかってる!」
駆け出そうとしたところでやっと気づいた。
ブーツの片足が泥にハマって、しかも凍っている。
い、嫌すぎる……。
凍った泥を砕こうとしてもダメそうだ。
棒立ちになってモグラに殴られるのはもっと嫌だ。
仕方ないので、ブーツと靴下を脱いで走った。
正直どうしたらいいかわからなかったけど。
ヒアリが待っている廃屋目指して、おれたちはとにかく走った。
時々コケそうになったけど、構ってる場合じゃない。
足の皮が氷に貼り付いたりしないといいけど、とは思った、気がする。
がむしゃらに走ったカトーとおれは、何とか拠点の小屋にたどり着く事ができた。
駆け込んだ勢いで、慌てて背中でドアを閉めた。
できなかったら、どうなってたんだ……考えたくない。
「どうしたの!?」
「仕留めきれなかった。なんとか逃げてきたけど」
ヒアリは息を切らしたおれたちを見て、一瞬ギョッとした。
「怪我はない?」
すぐ気づかってくれる細やかさは、ありがたい気がする。
「今のところはね……」乱れまくった髪を直そうとしながら、カトーが答えた。
「失敗?じゃあ帰ろうか」
ヒアリはその場を見てないから、まだのんきにしている。
気乗りはしないけど、おれは厳しい現実を言った。
「いまは無理だ。きっとここまで追いかけてくる。早くトムにも伝えないと……」
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