23.草原

予定の日になり、おれたちの初仕事がついに始まった。

狩猟っていうのは、いざ、やってみると結構地道だなと思う。

なにせ、事前準備が多いんだよな。

ウデナガモグラの巣の場所も、逃げ道も、まず、前もって調べる。

ざっくりとは生息地がわかっていて、少し背の高い草が生い茂る草原にいるそうだ。

町からはアクセスが悪くない。だだっ広い農地や小高い丘があって、結構のどかな感じの風景だ。

だけど、空中から見た画像だと、農地や人間の作った道が、何かを避けて作られている感じがする、らしい。

おれはよくわからない。トムの意見だ。

そういう地域を詳しく調べてみると、ウデナガモグラが穴を掘っているんだとか。

それで、まずはみんな草原に行ってみて、下見がてら空撮してみようというわけだ。

まあ、音を聞かれて警戒はされるに違いない、という事だけど、間を置かずに狩りに行くつもりなので、大丈夫だろう。

それよりも、思いっきり人に見られる可能性があるかな……、まあ、そんなに人が多い地域じゃないけど。

いざ、草むらに足を踏み入れてみると思ったより草が長くて、全体的に湿っぽい。土もしっとりしている感じだ。

それと、荷物が結構重い。罠やはぐれた時を考えた諸々を入れたバックパックが、ずっしりと背中に来る。

道でも草むらでもないような、土の柔らかそうな箇所も時々あって、踏み出すとブーツの靴底がずぶずぶめり込む。

これは、予想より体力を使いそうな気がする。体鍛えといて良かったけど、変な所でコケたくないな、と思った。


この事前調査では、カトーのドローンが大いに役に立った。

おれは、場所の制限なく、自由に飛び回っているカトーのドローンを見たのはこの時が初めてだ。

「いくぜ」

ニヤッと笑ったカトーの横で、大きな音を立てながら、白と黒2機のドローンが浮き上がった。

離れて見ているにも関わらず、巻き上がる風がすごい。

浮き上がる2機は、なんとプロペラ式じゃなかった。機体の側面についた、タンクのようなパーツがぶーんとうなっている。

いや、驚くところじゃないか。全然詳しくないけど、移民船のテクノロジーか何かと関係あるんだろう。

とんがった形状がいかにもピーキーです、と訴えかけている感じだ。

カトーはこの2機に白竜はくりゅう黒鷹こくようという名前を付けている。

もしかして、中二病な感じが好きなのかな。カトーは。……そこはまあいいか。


俺とヒアリと、やっぱりここには来ていないけど、オンラインでは見ているトムの3人は、飛び上がったドローンに驚きの声を上げた。

「2機同時に操作できるのがすげーな」

空を見ながら、おれは思わずカトーを褒めた。

「すげーだろ」

「すごいけど、おれに突っ込んできたりしないよね?」

「そんなことは絶対にない。任せろ」

「さすが。ここで自信なかったらおれもオイ!ってなるから」

「いいなーっ。あたしも飛びたい」

ヒアリがトーン高めの、褒めなのか羨みなのか微妙な言葉をかけた。

なんか、おれも慣れてきて、スルー出来るようになったな。

ホバリングしていたドローンは、カトーの指差した方向、その遥か向こうへとまっすぐに飛んで行って、俺たちの顔に突風を吹きかけた。

「よし。さっさと巣を探そう」

白竜と黒鷹のテイクオフを一通り見物したあとは、おれたちの足でも調べておくことにしていた。


草原は人が農地として使っている地域でもあったので、結構な範囲を道沿いに移動することができた。

変で凶暴な動物のオン・パレードのゼーラールで、よく農家できるなあ。という疑問にはトムが答えを返してくれた。……町の防衛機構なんてできるもっと前から、やってたからしょうがない。

とは言っても、途中でできなくなった人もそこそこいるらしく、根気よく探したら家畜小屋を付けた廃屋が見つかった。

この草原には、時折誰かが置き忘れたような感じでこんもりと林が飛び出ている所がある。その根元に寄り掛かっている、もとい、埋もれるように建っている小屋だった。

トムいわく、おそらく、モグラのテリトリーが近づきすぎて廃業したんだろう。とのことだ。

小屋は無事だけど、持ち主は襲われちゃったかもしれない。まあ、あからさまに壁が薄い、という感じでもないので、立てこもっている分にはある程度もちそうに見えるけど。

ヒアリが窓から覗き込んだ。こういう時は一番乗りしたくなる性格なのだ。

「不動産屋が売り出し中ってわけでもなさそうね」

「ここを拠点にするか。いいかな、シュン、ヒアリ」

「賛せ……まって、これ不法侵入じゃ……?」

「持ち主がそこまで元気あれば文句がありそうだけど。会社管理の土地かもしれないね。その時はその時かな?」

「やっちまえよ」

「煽らないでよ、見てるだけのトム」

……結局、いつかはだれかの家だった名残のある、この廃屋を活用することにした。


「あー、疲れた。これ重かったなあ」

おれはその辺にかかっていた蜘蛛の巣を振り払いつつ、担いでいたバックパックを下ろしてボルト罠を出し、チェックした。

ボルト罠はカメラ認識式で、一定の大きさの生き物が映ったら発射される。こんな草原でも働いてくれるのはいい事だけど、ローテクな罠なら電力切れにならないんだよなぁ。と思わなくもない。

矢には麻酔薬を仕込んだ。……祈っておこう。自分で引っかかりませんように。

カトーは2機のドローンを監視するモニターと、スタンロッドにも使える予備電源をここに置くことにした。

どれも売って二束三文って事はないので、運が悪いと、置いていたものをパクろうとする不届きものがいるかも。あるいは所有している人が実はいて、抗議してくるかも、ということで、ヒアリにはここで番と連絡役をしてもらう。もし人が乗り込んできたときに、ヒアリに交渉の才能があるかは微妙だけど。

頑丈なテーブルが残っていたのは幸運で、結構スペースには余裕があった。それならと、小遣いを出し合って買った水の大ボトル、食料、応急手当の医療品セットを置いた。

うん、なんかそれっぽくなってきた気がする。

おれたちはドローンの仕事ぶりをモニターで見物し、トムに候補地点を探してもらった。

「上から見ると、だいぶ掘り返しの跡がある。でも、使ってなさそうなやつも多々だな。最近の獣害記録とつき合わせると……

ストップ。ここだ」

トムが示した地点。人が手を加えていなさそうな草原の中に、茶色く穴が開いていた。

「ここか……あっ」

ドローンの音を気にしてウデナガモグラが出てきた所もばっちり映っていた。

……でかい。やっぱり、図鑑のページ画像じゃピンとこないな。

「モグラって、手が短いほうが穴掘りしやすそうなのになぁ。」

「変な生き物だよな」そういうトムは猫みたいな人間なのだけど、なんかそこはわざわざ言っちゃいけない気がする。

「ビンゴだけど、いくつも出入り口を持ってるかもしれないな。ドローンは一旦帰還させて、ここに加えてもう一つあった、新しそうな穴掘り跡を攻めてみよう。この後の行動は、撒きエサ、罠を設置しに行ってマップをトムに共有。それが済んだらいよいよ開始だ」

「シュン、カトー。頑張ってね」

緊張するなぁ……。


ドローンと違って、おれたちはその地点につくまで歩かないといけなかった。

歩いてみると、かなり遠い。おれの距離感があやふやなのか?しかも道路なんてない所にどんどん踏み込んでいる。

たぶん獣道だと思う、踏まれ続けた草の寝ている所を進んだ。

おれは罠の入ったバックパックと、カトーは一旦停止させたドローンとを背負っているので、重さで歩きが遅く、余計に遠く感じるのかもしれない。

草原は思った以上に広く、人の気配がない。奇妙にしんとしている。

爽やかな雰囲気だったはずの草原に、つれないな、という感じがしてしまった。

おれはモグラ穴の方向と距離を確かめ、草むらの中でも特に長い草が伸びている所にボルト罠の足を突き刺した。

まず巣穴に向かって2か所。

ボルト罠は、ちょっと見えちゃってる気がするな。本当は背の低い木のそばとかのほうが良いのかなとは思うんだけど、いまいち見つからなかったので残念だ。

第2候補の巣穴にも2か所で、計4つボルト罠を立てた。ただし第2候補のほうはもしものためで、そっちから出てくる確率は低いだろう、とのことだった。

「これで身軽になったな」

「あと、エサを置いとくか。警戒して食べないかもしれないけど」

撒きエサは本命の地点に設置。画像に設置個所のマークを付けてトム、ヒアリに送信した。

「さて、次のステップでやることは簡単だ。ひたすら待つ」

「ですよねー」

「仕留めたら大黒字だよ、シュン。毛皮には焦げとか穴とかできちゃうけど」

待つの、おれはちょっと苦手だけどね。直に言うほどでもないけど。

それにしても、いざ間が開くと余計な事を考えそうになる。

ケイドさんは何がなんでも止めてきそうだったのに、「狩猟やってみたらいい」なんて、随分手のひらを返してるような気がしたから。

まあ、今考える事じゃないか。それはひとまず頭から追い払って、いずれ出てくるだろうモグラに集中することにした。

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