16.カトー
おれは今のところは、地道に学生として過ごす事にした。
というのも、IRGの新規採用だったら、大抵の奴は成績優秀なのだ。
今の学校の授業はほとんどパーフェクトにできるくらいなんだと。
試験というのも、別に奇抜なもんじゃない。実技だけじゃなくて、たんまり筆記試験があるらしい。
まぁ、警察や軍隊から移ってきてる人もいるみたいだけど。
役人っていろいろ大変だな。
おれはどうしてもIRGへの憧れを捨てきれなかった。
ひと段落ついたところで、じゃあさよならとケイドさんたちに背を向けるのはしっくりこない。
よし、一丁ガリ勉になって見ようか。おれはそう思った。
そんなわけで、今のおれは極力授業を真面目に受けている。
言葉の壁をクリアしてしまえば、もっと楽になるはず。
だから言葉の勉強は授業以外でもかなり力を入れている。
さすがに「ちょれ〜」って感じではないけど、多分なんとかなる。
問題は、授業よりも終了チャイムが鳴ったあと、生徒が自由にしてる時間帯の方かもしれない。
元いたところからちょっとずつ違うだけの世界。
メリットは便利なところ。
デメリットは、イヤ~な所まで似ている事だ。
体の特徴が違う4つの人種がいても、ぜんぶガキはガキだ。
不良がいて、嫌な奴がいて、そうでもない奴がいて、あんまり関わらないやつがいて、仲良く出来そうなやつがいて。
そういうところは何も変わらない。
予想通り、おれは変な目立ち方をして、面倒くさいポジションに置かれてしまった。
ま、嫌な性格の奴は、対象はなんでもいいんじゃないかな。
言葉がおぼつかない、ほとんど家族がいないというのは、今のおれの一番の弱点だ。
そこを突いて遊びたいやつが絡んでくる。
超ダサイやり方だ。へらへらとオウム返しをしながら小突いてきたり。
下手をして殴り合いのけんかになったり。
ケイドさんの存在はここでは役に立たない……状況がくだらなさ過ぎて。
言葉を学ぶのに力を入れている理由は、そこにもある。
いい効果の悪口と言い返しができないとどうにもならない。
たちが悪いのはコロニアルの生徒だ。
抑止力ってやつかな。
何せ圧倒的に頑丈なのはみんな知っているから、簡単に手が出せない。
本人たちも分かっているから、つかず離れずでイヤミを言ってくることが多い。
かなり陰湿系なんだけど。本当にケイドさんの同類か?
「うっせーな」とか「はいはい、」とか言葉でいなしておけばこの場合はオーケーだけど。
くだらないなとおれは思った。
くだらないってここまでで何回言った?
でも、どんなに斜に構えてもおれは学生だ。
この種族にもたちの悪い不良学生もいるはずだけど、そうなってくるとマジで危険だ。
実際に暴力をふるってこられたら最悪だ。
みんなそれは警戒してるんじゃないかな。
こうだと、いくら強がっててもストレスがたまる。
つい、家に帰ってゲームでもした方が満足できると思ってしまうんだけど。
こらえるか、誘惑に負けて遊ぶか、悩んでしまうけど、本当に悩んでいるのはそこじゃない。
「ぼっちって大変だな」
おれは前の世界ではぼっちじゃなかった。
前いた世界のみんなに会うのは、多分諦めないといけないだろう。
でも両親は別だ。まだ会えてないだけで、生きてるかも。
それとIRGへのあこがれとが一緒くたになっている。
なんだか整理がついてなくてぐちゃぐちゃしているけど、それがおれの原動力だ。
ま、なんの仕事に就くにしても、動く範囲を狭めちゃだめだと思った。
いじられて凹んでいる場合じゃない。
悪い予想は結局当たった。
噂話が回って尾ひれがついたのか、おれは本当に「コロニアルのたちの悪い不良」に絡まれてしまった。
A某(こんな奴の名前は覚えなくていい)は、おれの何が気に食わなかったのか分からずじまいだった。
ちょっとボロっとした服で、髪が少し脂ぎったやせぎすの生徒だった。
もしかしたら経済的にキツかったのかな。いつもギラついた目をしているから、みんな近寄らない。
おれが何かをしくじったのかもしれない。目を合わせ過ぎたとか?
コロニアルに殴られるのは最低の経験だった。
やつら、そもそも護身用の拳銃が効かない種族じゃないか。
怪力レベルじゃないけど、腕力だって結構ある。壁際に押されたら身動きなんて取れない。
それがわざわざ上から殴ってくるっていう、理不尽な所も含めて最低だった。
向こうも馬鹿じゃないからそこそこで止める事は分かってたけど、屈辱すぎる。
「目ざわりなんだよ」
「ふざけんなっ……」
頭ガンガンするし、もう口の中が鉄味だけど、ここは黙っちゃダメだ。
こっちだって雑魚じゃない。振り下ろしてきた拳を平手で受けた。
そう、受けたのがまずかった。
(しまった)
おれはコロニアルが実質6本足なのを忘れてたんだ。
やつら、掴まれている腕の肋骨のあたりに、小さな「余り肢」が一対ある。
それがにゅっと伸びて、頬をかすめてガツンと壁に当たった。
おれは冷や汗が噴きだした。
いくら何でも不利だ。
奴は笑った。
ヤバいパターンかもしれない。
多分、目的はおれを完膚なきまでにビビらせたいだけ。
でも、コイツメンタルがよくなさそうだ。止めどころが分かってるのか?
分かってないかもしれない―
(やばい、二発目がくる!)
おれに向かってもう少し強い一発をくれてやろうとA某が少し下がった、その瞬間だった。
誰かが駆け込んで、長い何か、棒みたいなもの?を振ったのが見えた。
固い物がぶつかった音がして、A某が脛をおさえて叫んでいる。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ」
1人の男子が俺をこの場から引っ張りだしてくれた。
なんとか、大人の目がありそうなところまで走って逃げることができた。
「あいつら、皮膚はめちゃくちゃ固いけど、衝撃は通っちゃうんだよ。コツがある」
よく見たら、棒みたいなものは金属製のノギスだった。
「なんでノギス持ってんだよ、よくわかんねー」
あと、絶対ノギスの使い方ちがうよ。
「この際何でもいいだろ。あれで懲りるといいんだけど。
あ、俺はカトー。加藤ユージン」
とりあえず握手した。名字で呼んで欲しいタイプなのか。
「三ツ瀬シュンだ。っつっても、先に知ってんじゃないの?」
これがおれとカトーが友達になった経緯だ。
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