13.オルカバスター
「これはなかなかだねぇ……痛かったんじゃない?」
「う~」
ボートの中でペネロペは即座に治療を受けることになった。
ホワイトは相手がどんな重傷でも非常に冷静だ。
「ま、死ぬほどじゃないし、また空に上がれるようになるから。今後も頑張ってね。
はい、これ痛いよ~」
「ぎゃっ!!もうヤダっ」
「いい子だね~っ」
(小児科かよ。もうちょっと、言い方はどうにかならんのか)
手際と技術はとてもいいのだが、落ち着きすぎて、能天気にすら聞こえる。
もしかしなくても、頭のネジが一本とれているタイプなのだろうか。
ペネロペはここに撤退するまでかなりこらえていたことが分かった。
あれでも焦りを抑えていたのだ。そのおかげで回避に集中力を注げた可能性が高かった。
この装甲ボートの速度なら巨大ペンギンの遊泳速度を上回っているので、距離が離せている。
ひとまず態勢を整える事ができた。
「はい、処置終わり。あとは君たち頼むよ」
助手に後を任せたらしいホワイトがこちらに向き直った。
「こっちは概ね無傷だよ、ホワイト」
疲れと、海と、ペンギンに対する嫌気のあまり、真水をかぶりたくなっているが。
「みたいだね。さっそく司令部とつなぐよ」
「……はぁ」
本当に忙しい一日だ。
画面にマーガレットとロジャーが映し出された。
「まずは両名とも無事で良かった」
「何とか……ですがね」
俺は司令部の二人に関するジンクスを思い出していた。
(マーガレットが話の切り出しで、彼女のひげが前に出ている時は、面倒ごとを頼もうとしている時)
「こちらでも映像で確認できたが、発火能力を持つペンギンというのは看過できない。
幸い救助現場とも沿岸部とも距離が取れた。
そこでデータ収集と安全確保を兼ね」
ああ、これは良くない流れが来た。
「ここで一気に叩く。主力は君だ、ケイド」
内心呻きたくなるのだが、残念な事に俺はそういう事を隠すのは上手いほうだ。
「了解」
無理ですとは言えない。当たり前だが。
ロジャーが説明を継いだ。
「君には対象を撃退してもらうが、このボートも常にそばを航行する。危なくなったらすぐに戻りたまえ。
それと最近本採用になった武器があってな。いい機会だし、有効打になるはずだ。是非使ってくれ。」
(それ、成り行きで俺に実戦データ取らせたいだけじゃないのか!?大丈夫か、この組織)
「と、言うわけなんだ、ケイド。」
ホワイトが大きなケースをこちらに突き出してきた。
長辺が1メートルを超えている。ため息をつきたくてしょうがないが、平静を装ってケースを開けた。
これは試作段階の時に見たことがあった。
ぱっと見、2連ロケットランチャーのような武器だ。
元々が対、水中生物を想定していて、ペンギンに負けず劣らずのぬるりとした流線形をしている。
欠点があるとすれば、先の部分を丸ごと射出するタイプの武器ってことだ。
外したらほぼ柄だけのゴミになってしまう。
今回はボートに戻れば予備があるだろうが。
「頼んだぞ。健闘を祈る」
画面の中の司令部が引っ込んだ。
人使いが荒い。慣れつつある俺も何か嫌だ。
「エイハブ船長の銛とかじゃなくてよかった」
ホワイトがそれを聞いてきょとんとしている。
「エイハブ船長ってなんだっけ?」
「忘れてくれ。こいつ、名前付いたのか?」
「ああ。その名もオルカバスター」
「……。
やめないか、10代の子供が喜びそうなやつは」
「なんか。バカっぽくない?短いだけマシだけど」
寝かされているペネロペまで反応した。
「僕に言われても困るなぁ。クレームは技術班と武器メーカーへどうぞ」
(頭が痛くなってきそうだ。
頭痛薬持ってた方がいいのか、俺は)
とはいえ、ネーミングの理屈はわかるのだ。
この武器の仮想目標は先ほどのペンギンよりもさらに巨大な海洋生物。
オルカサウラの事を指しているはずだ。
そんなのまで同じ日に立て続けに出てきたらもう困るどころではなくなるので、思わず祈りをささげてしまった。
だが、ペンギンなら当たれば確実。まともな装備には違いない。
「まあいい。まず、ここに1発ってわけだな。予備は?」
「3発だね。全部持っていたら重いから、ここに戻って再装填するといい」
「弾の値が張りそうだな。1発で行きたいところだ。
……よし。やってやる。反撃開始だ」
「グッドラック」
ハッチから乗り出した俺に、ホワイトが能天気な笑みで返した。
俺は再び焦げ臭い海に顔を出した。
周りに巻き込みそうなものは無し。
ペンギンがこのボートへの興味を失っていないのは、むしろ好都合。
ボートはペンギンから逃げるように走ってくれている。
避けるべき事態はボートに油ブレスがかかってしまう事だけだ。
「さあ、勝負と行こうか!」
ボートとの陣形を保ちながら、大型の海洋生物の気持ちというのを想像してみる。
ペンギンはこのボートと、俺の事をどう認識しているのだろうか。
ボートのほうは、己と似たような回遊する大型生物ととらえているかもしれない。
ならば、ペンギンの縄張りに入ってきたライバルか。
ペンギンにとっては後々の為につぶしておきたいが、苦労するのが見えている存在。
……大型漁船の事もそう思っただろうか。
では俺やペネロペの事はどうか。
おこぼれ狙いの海鳥。邪魔者……。
別に鳥じゃあないが。主要なエサではない生物に位置付けられたはずだ。
とっとと追い払って、弱っているならおやつにでもしてやるか、といったところか?
推理が間違っていなければ、優先度を低く見られているはずだ。
(少しちょっかいをかけてみるか)
ダメもとではあるが、まずサブで携行していた拳銃でペンギンを撃つ。
2,3放ったところでこちらに向き直って威嚇してきた。
結構短気だ。それとも、一旦逃した獲物なので、執着しているか。
怪我をしていたのはペネロペの方だったのだが、案外そのあたりの認識は適当なのかもしれない。
ペンギンは怒っているが、同時に迷っているように見える。
ボートと俺、どちらを先に解決するか迷っているのか。
つまり、こいつなりに決断した時がチャンス。
俺はこいつをかく乱させるような動きを試みた。
しばらく見ていると、あのゲロ吐き、もとい油ブレスはそう簡単に吐いてくるものではないようだった。
泳ぐ生物だからか、真上へ攻撃するのにも苦労している。
油ブレスの射出にはそこまで勢いがなく、吐いたら放物線を描いて落ちる。
だからか、真上にブレスを撃ちたくなさそうだ。
吐いてるほうも気持ちよくはないのかもしれない。なるべくなら嘴でやっつけたいという雰囲気だ。
発火ブレスのほうはもっと出し惜しみしている。やっぱり口をやけどしてしまうのだろうか?
なんだか、苦労の多い生態の生き物のような気がしてきた。
ボートも相変わらず近くにいるのでペンギンはそちらも狙っている。しかし、操舵の腕が良いのでブレスをうまく避けている。
揺れる船体を見ると、怪我したまま乗ってるペネロペがちょっとかわいそうだ。
ほどなくしてペンギンの迷いは限界を迎えたらしかった。
ボートが一切反撃してこないのを見て、俺を主目標に変えた。
位置関係は……高度の事は端折って、概ねペンギンを角にして、俺とボートで直角ができている。
ここでやるか。
オルカバスターを肩に担ぐと、ガンと重い金属音がした。
やはり、構えてみるとかなり重さがかかってくる。予備弾を置いていけと言われたのも納得だ。
ペンギンは急角度の方向転換を慌てて行うため、大きく海面から跳ねた。
安全装置を外し、引き金を引く。
「発射!」
引き金の重さと裏腹に、発射音は意外にあっさりしていた。
それでも結構な反動がある。本来は脚を地につけて撃ちたいものだ。
流線形の発射体は一瞬下向いた後、急激に加速した。
そして2パーツに分離。一方は海面へと突っこんだ。
ロケット……ではなく、実はこれもシーカーガンと同じ誘導弾である。
空中を飛び続けている弾のほうにペンギンが気づき、ブレスで撃ち落とした。
だが海中の2発目には何もできずじまい。
ペンギンのどてっ腹に突き刺さり、爆発音とともに破裂した。
そして、己の発火能力のせいで、どうにもならず炎上してしまった。
「撃破を確認した。よくやった」
言ってしまえば、携行対艦ミサイルか?
物騒な代物だ……。
2パーツに分かれて挟み撃ちするという機構は少々面倒な事をしているが、これはゼーラールの事情によるところが大きい。
先ほどのペンギンは「想定外に」飛び道具を持っていたが、元から飛び道具が放てる生物もいるからだ。
もっと多弾頭のものもそのうち開発されるかもしれないな。
なおも焦げ臭い海を飛び越えて、ボートに戻った俺はペンギンの死骸をしばらく眺めた。
(この世では如何せん知的生物の立場は悪い。あんまり勧めたくないんだよ、シュン。わかってくれ)
このペンギンの一件が、IRGにとっては一つの転換点だった。
聞いたことのない特殊能力を持ったペンギンには特異個体1号という名がついた。
そもそも、新種なのかミュータントなのかもよくわからない。
模索の日々、というにはちょっとシビアだった。
実は、同時期に個人的な転換点というものも訪れていた。
俺はある手紙を受け取っていた……。
いくらでも連絡手段があるのにわざわざ封書だ。封蝋までして、分厚い紙が卒業証書みたいで高そうな、物々しい作りのやつ。
一体いつの時代だよと言いたくなるような、流麗すぎて嫌味なサイン。
そして羽のあるヘビを簡略化した紋章。
そんなことをしそうな人間を、俺は一人しか知らない。
「なんで『今』なんだ?……くそ親父」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます