5.時間稼ぎ

IRGに入隊したいと思っていないか。

重要な質問だった。

少年は視線を落とし黙り込んだ。辺りが静まり返ったように感じる。

「…なりたいよ」

目の前の少年は、打って変わって真顔だ。

本気である。

「ここには、あんなのが、ゴロゴロいるんだろ」

「あんなの、か」

「そうだよ。ギロチンみたいな爪生やしたワニとか」

洞窟で出くわしたデスゲーターの事か。

(歩く処刑器具か。言えてるな)

地球と比べたら、有害かつ規格外の生物が多いことは確かだった。鎌の生えた恐竜がせいぜいだ、などという嘘はつけない。

モンスターと呼んでいるという事は、我々が被害を防ぐのにそれなりに躍起なことを示していた。

まだ生活圏の崩壊には至らないという所で、維持ができているだけだ。

いつも野生動物の誘導だけで済めばいいが、そんなわけにもいかない。

ここ最近、の話ではなかった。昔からそうだ。

もっとも、シュンは既にそんな光景を見ている。説明は不要だろう。

「あんなのに襲われたら、普通の人間じゃひとたまりもないよ」

間違ってはいない。

俺はしばし考えた。

シュンは関係者を全員失ったと捉えていい状態だ。

良くて一人二人生き残りがいるか。

どうも背景がそれだけとは思えず、目下調査中だが、そう簡単に解決するとは思えない。

実質、あの恐竜のせいで全滅となれば、語調に熱気がこもるのも当然だ。

身内が亡くなっている、という感情はシュンのルーツとは関係ない。

何なら、この世界で地球人がどんな立ち位置か、といったこともほぼ関係がないだろう。

そのようにとらえるのがこちらの誠意、と言う物かもしれない。

だが…

「それに、このよくわかんない力もあるんだし、絶対役に立つ!」

シュンの食いつきぶりが、想定よりも激しかった。


言動を聞くと、うーん、となってしまうのも事実である。

「何なのかは分からないのか。危なっかしいな」

「でもあの威力、すごいし。剣技だって見ただろ」

「結構なことだが、そう言われてもな」

傍目でも反動が強すぎる。凄ければいいというものではない。

わざわざ長剣を持ち出した理由も察しがつく。めぐり合わせで手にしたにせよ、以前から船内で素振りでもしてたんだろう。どうも用意周到な気もするが…。

(良くも悪くもストレートだな。こいつは)

撃たれた事をすぐに免じるのも難しい…未成年じゃなかったらもっと厳しく出るところだ。

少年は言葉をついだ。

「わかるだろ。おれの力で命が救えるなら…」

シュンは真っ直ぐ俺を見据え、寝具の端を握りしめていた。

こちらもわかっていないわけではない。

読み取れるかぎりでは、こいつを動かしているのは正義感だけではない。

俺やIRGに対する期待も過大に見える。

そうもなるよな、という感想が半分。呆れが半分だろうか。

「…待て」

「え」

少年の睨む視線が刺さる。

「…マジ?今なんて?」

「言ったとおりだよ」

「なんだよ、腕組みして、触角なんか振っちゃって…

頼むよ!隊員にしてくれ!」

「まず、退院してないだろ」

「うまいこと言ったつもりかよ」

うまいこと言っている場合でも、シュンの勢いに乗っかっている場合でもない。

ここで冷や水をあえてかけておかないと、説明が片手落ちになる。

「拒絶はしていない。

俺にその権限も無い。基本、試験を受けたら入れるからな。

ただ、すぐは無理だって話だよ」

シュンの前のめりぶりにはあまり賛成できなかった。

命を救うことは結構だが、それで死んでもいいというには若すぎる。

俺は不満そうなシュンに視線を向けなおした。

「すぐには…」

「ああ。とても単純な話だから、聞いてくれ。

俺たちは見ての通り、それなりに危険な仕事をやってる。細かいところは今は省くが。

仮に武器を引っ提げて人命を救うとしよう。必要な事は何だと思う?」

「スキル?」

想定内の反応だ。

「それも要る。でももっと重要なのは覚悟だな。

いざって時に迷わず動いてこそだから訓練する。素質があろうが無かろうが、訓練にかかる時間は馬鹿にならない。

…それともう一つ」

「意外と長いなぁ」

確かに長話だ。ダレないようにコップに水を注いで、少年に渡した。

「俺は元からこんなものだ。慣れてくれ。

まあいい…IRGは公的な機関で、別途民間の連中もいる。そうスペシャルな組織ではないんだ。

ここは何かと怪物みたいな生き物が居て、何かと警備は需要がある。

だから、結論は二つだ」

「増えてるよ!さては天然だな?」

「むう」

…そこは、少し放っておいて欲しい。

「ともかく、一つ目の要点。

お前が目指しているものが、必ずしもIRGである必要はない。

そして、これはお前がイメージしてるよりも一般的な仕事だ。

二つ目。まず学校に行け。

両親のことも気持ちはわかる、だからこそよく考えてくれ。」

相手はきょとんとしている。

「ええ…今しれっと言ったよね?学校?」

「俺ができる限り協力する」

「そ、そんな事してる場合かよ」

「ああ」

信じられないという風だが、こちらとしては、真面目な提案だった。

シュンは立場の特殊さ故、IRGの関連組織に面倒を見てもらえる、かもしれない。

そのような協議もされていた。下手をすれば、成人するまで施設から出なくても済むだろう。その場合、選択肢はほぼ入隊のみ。

俺はそれには反対していた。

直観に近いが、彼を特別扱いしない方がいい。

「どのみち、15歳は入隊できないよ。少なくとも地球人はな。しかも、初めてこのゼーラールに降り立っているわけだ。」

「ゼーラール?」

「この星を俺たちはそう呼んでる。ネイティブの言葉で、海が弧を描く、といったところかな。」

ゼーラール。正確を期せばコロニアルによる呼び名である。空中に飛んで、目いっぱい高度を上げた時に水平線の端が曲がるからだ。

ただし、星が丸いことが知られたのは、この名で呼び始めた時よりもっと最近の時代だ。

「この星は…多分、お前の故郷に似てるところもあるし、そうでもない場所もたくさんある。

どんなところか見てきていたらまだしも、初見では危なっかしくて仕方がないんだ。

生き方や職業なんて無限にある。いきなりIRGを勧めるなんて無理な話だ。死ぬ確率がもっと低い仕事もあるし、選ぶ権利はありすぎるくらいかもしれん……。

…学校は『見てくる』にはいいところだと思うよ。どう振る舞うかは任せるが。義務教育じゃあないけど、学費は気にするな」

ひと通り聞いたシュンは表情を曇らせた。

「まさか…借金?」

「借金は気にしてくれないか?そうじゃない。俺が学費を払う」

「……ええっ!??」

のけぞるな。オーバーすぎる。

「いやいやいや、だって。学費でしょ?高校みたいなの。安くないじゃん。」

「まあな…」

正直なところ、懸念をしてくれたほうがかえって安心だ。

「もうちょっとリアルな話をすると、実は、お前みたいな若造の自立を手伝うと、支援金が出るんだよ。

当時は…たくさん根無し草が現れたから政府も困ったんだろうな。

ま、お前でラストだと思いたいが」

「なるほどねぇ。でも落ち着かないな。」

「なんでだ」

「男同士じゃん」

そう来たか。

「逆じゃないか?異性では…余計に怪しまれるだろうが」

相手が10代の女の子だったら、そんな提案はしない。噂が流れたところを想像すると、隊員の中では優男風で通ってしまっている分、かなり背筋が寒い。

「そんなもんかなあ。」

「即決しなくてもいい。必ず要求を飲めって話でもない。…時間をかけてくれ」

そう言いながら、むしろ俺が先延ばしにしている自覚があった。

動機のはっきりした先延ばしだ。

彼が奮い立って情報を探しに行く前に、こちらでケリをつけてしまいたい。それがプロの領分だからだ。

「シュン。少し外の空気でも吸うか。この施設、町が見渡せる場所がある。ジュース付きで案内してやる」

「ジュースでつられるの、なんかカッコつかないんだけど」

(カッコよさは今くらい忘れてもいいだろ!)

「…駄賃程度に考えてくれ」

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