4.期待
「…やっぱり、退屈だよ」
シュンはベッドから上半身を起こすには苦がなさそうだった。
治療は要しそうだが、退院までそうかからないだろう。
とはいえ、あちこちに擦り傷が残っていて、まだ痛々しくはあった。
「まだ、無理はするな」
言いながら、ふと自分自身の顎を指先でなでている事に気づいた。少し落ち着きを欠いている。
何がそうさせているのかは、うまく言えない。
「もう元気だって」少年は口を尖らせて言った。
「怪我をしているときでは、意外と自分で細かくは気づけないものだよ」
「そっちも怪我人じゃん」
間髪入れず返されたが、お互い様ではあった。
鉛付きネットを食らってひび割れてしまった皮膚と翅を修復するために、固定する処置を受けていた。
材質は違えど、壊れた模型の断面に接着剤を流し込んで、テープ留めをするのに近い。
しばらく鎮痛薬を頼りに裏方仕事になるだろう。
一方でシュンに関わる今後の決断にリソースがさけるという事でもあった。怪我の功名というべきか。
「ひと暴れしてきたんだろ!さっすが!!」
「い、いきなり怪我をほめてくる奴がいるか!」
急に調子を上げてきたので戸惑う。子どもなりのちょっとした駆け引きのようだ。
少し乗ってやることにする。
「何が目当てだ」
シュンは少しタメを入れて答えた。
「そりゃあ、武勇伝ってやつ?」
「…はあ…」
よっぽど退屈だったようだ…。
「あんまり趣味じゃないな」
「命の恩人だし。強そうだし、聞きたくなる」
「テスト済みだろうが。お前の銃で。」
「それは…ごめん」
ごめんで済まないような気もするが、あの状況ではなんともコメントしづらい。
が、本気で責めているわけでもない。
「まあいいさ。つまり、直近の出動について話せばいいんだな。」
(あの、半分は動物の世話で、半分は自分が盾になって人を確保しているだけの作戦だが)
ともかく、ここですねられるとうまく進まなさそうな気がする。
妙に大きな期待にはリアリズムを返したほうがいい。仕方なく話すことにした。
「…といったところだ。いつも派手な仕事をしているわけじゃ」
「いいなー、やっぱ。」
やれやれという感じで締めようとしたが、予想を裏切ってきた。
「犯罪者の相手もか?車に乗りっぱなしで、野生動物を引き連れるのも?」
いぶかし気に聞いてみても、少年は目の輝きを引っ込める気配がない。
「うん」
(愚問だった…
警察官なんかにあこがれる子供はありがちじゃないか)
思わず遠い目をしてしまった。
呆れていいやら、喜んでいいやら複雑な気分だ。
これが落ち着かなさの原因かもしれなかった。
まあ、あこがれるだけならタダだが…。
ちょっと嫌な予感がするものの、もう一つ質問しなければいけないことがあった。
「もしかして、お前…」
「うん」
「いや、もしかしてだけど」
「そこでまごつくんだ」
「う、うるさい」
「意外と繊細だなぁ。くそ強だし、サイボーグのガンマンみたいな見た目してるのに」
「どっちでもないっ!いやその話は置いておいてだな…」
会話ペースを乱され続けているので、肝心なところに切り込むのに勇気がいる。
おそらく本人が思っているより、ずっと重要な事なのだ。
「お前。IRGに入隊したいと、思ってないか…?」
シュンとの面会は全くの個人的なものではなかった。
彼は少なからず異なる社会に、15歳で飛び込む事になる。
何もせずに送り出すのではこちらが薄情すぎるだろう。相応の準備がいるのは当然だった。
それが理由の一つ。
もう一つの理由は、ほかのクルーや状況について情報が必要だったからだ。
何度か面談が予定され、必ず事前会議を行うことになった。
俺が対面でそれとなく聞き出す役。副チーフと医療担当がフィードバックを受けて計画を立てる。この3人は欠かさず出席することになる。
3人しかいない作戦会議室はどうもスカスカしている。
まるで秘密組織だ。
「…俺もまだ治ってないのに。ドクターは人使いが荒いな」
「まあまあ、そこは堪えてよ。」
「ただの見舞いならよかったんだけどな」
「僕はいまがチャンスだと思うよ。解ける緊張を解いておいたほうがいい」
医療担当とはそこそこ親交があるのが幸いだった。
ドクター・ホワイトはプルーム族の医師で、ここの医療スタッフの中では特に他種族の知識がある。
種族特有のテレパシー風の感知能力は個体差が強いらしく、彼にはあまり素質がない。その代わりとして医師を志したという。
体も羽毛も少し丸っこい印象で、眼鏡をかけている。
…多分、誰でも温和そうだと感じるのではないだろうか。
あと、誰でも「フクロウみたい」と思いそうだ。それがどれだけ彼の仕事に有利かはわからないが。
「すまないね。私がドクターを説得したんだよ。もちろん互いに治療中だから、無理をさせるつもりはない。それほど重傷でもないようだしね」
ロジャー副チーフが微かに微笑みながら言った。
「…確かに、シュン君は重篤な状態ではありません。このスケジュールで聞き込みをする分には問題ないでしょう」
ホワイトは態度を正した。
「ただ、懸念点は山ほどあります。とにかく慎重に進めないとダメです。」
「その懸念というのは、やはり奇妙な能力のことかね?」
副チーフが一番気にしているのはそこか。
確かに、「消える」なんて力が人から出るのはただ事ではない。
そもそも聞いたことがなかった。そんな力が知られていたら、IRGは意欲的にスカウトしていただろう。
現状では何も分かったものではない。…本当に少年の力かも判明していないのだ。
「暴発したらどうする?消し飛ぶのは俺じゃないか」
「だから、なるべく信頼されてる人間が相手するしかないよ。何がトリガーかもわかってない。それに…シュン君本人はともかく、背景が何かおかしい」
それは俺も救出時に気になったことだ。同じことを指しているかはわからないものの、こちらで気づいたことを話すことにした。
「英語を習得しているのかと思ってた。宇宙船に乗って旅するのに、ローカルの言語だけで通すのは厳しそうだが。」
「そうだね。ほかの検査時にもあちこち目立ってたんだ。それは例の症候群というよりも…」
ホワイトの言葉に不穏な名称が浮かんできたが、そこが要点ではないようだった。
「大規模に記憶が操作されている可能性がある。」
そうなのだ。それだけでも大問題だが。
「記憶操作…。彼らの移入当時はあくまで噂でした。ですがもしかすると…」
今でも確たる証拠はない。地球人たちも把握してない可能性さえあった。
15歳に封じなきゃいけない記憶があるのだろうか。
…どうも、嫌なところに先陣を切って入らないといけない気がする。
「対面はしばらくケイドに任せましょう。そして、簡単に収穫があると思わないことです。いいですね、二人とも」
尋問めいて後ろめたいが、俺がやるしかない。
正直なところ、俺にも責任と興味があるのだ。
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