涙雨
麻城すず
涙雨
すべて捨ててしまおう。
そう決めた中三の夏、僕は一番大切なものを手放した。
どれだけ必死になったとしても、もう元には戻らない。
過度の練習のせいで痛めた肘は、まるで使い捨てのおもちゃのように。
壊れたものは必要ないと、監督もチームメイトも、進学予定の高校すらも僕を捨てた。
6月。
うっとうしく肌に張りつく空気は、まるで全てを溶かそうとしているように、息をする度体の中に侵入を謀る。
中からじわじわと腐らせるように。
その湿度が僕を冒す。
もうすぐ雨が降るのだろう。
見上げた空は重苦しく、押し潰されそうな気がした。
曇り、薄暗いグラウンドには、東京の夜空の星ほどにまばらに白球が転がっている。
目に映る白。
雨よ、早く降ってこい。
あの白が、泥に塗れて見えなくなるように。
グラウンドに響く掛け声が、僕の耳に入らぬように。
濡らして、激しく打ちつけて。
そして未練を洗い流して。
見上げた空はただ重く、まだ僕の胸に残る苦い思いを捨てることを許してくれはしなかった。
涙雨 麻城すず @suzuasa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます