第39話 ママのちょっといいトコ見てみたい

「そうねぇ、とりあえずカウンター内に入ってくれるぅ?」

 こののママは、甘ったるい声で僕を手招きした。


「私はフローラ。この店のママよ。よろしくねぇ」

 ママはそう言って自己紹介をした。


 ……やっぱりママじゃないか!?


 カフェにママなんているのか!?どんな世界観だよ!?

 ママって言ったらバーとかスナックとかクラブにしかいないんだよ!


 僕は、未だに元の世界での常識にとらわれている自分を恨めしく思った。


 いつもいつも想像の真逆を行くんだこの世界ってヤツは…。


「じゃーそこ立ってぇ?注文受けたり、客の相手をするのよぉ?」


「は…はあ…」


 ざっくりしすぎて全く要領を得ない説明に、僕は困惑しながらいちおうカウンター内に立ってみた。


「あらぁ。やっぱりカフェは男の子がやらなきゃダメよねぇ。可愛いわぁ」

 ママはしこたまお酒を飲んだ後と見えて、既に顔を真っ赤にして泥酔状態だ。


 めちゃめちゃ酔ってるんだがここのママ…。

 まぁ、客と一緒に飲んだりするから…こんなものなのか…?


 すると、ママは、お酒の匂いを口から発しながら、色っぽく、その大きすぎる胸で僕の腕を絡めとるようにして、僕の腕をとった。

「いいわねぇアナタ…」


 ………!!!


 お…おっぱいが当たっている…!


 というかママのおっぱいはその大きさゆえに、当たっているというよりは僕の腕を包み込んでしまっている。


 こ…これは……。


 ……スライム!


 これはマシュマロをも超える柔らかさだ!もはやぐにゃぐにゃと形を縦横無尽に変えるレベルで柔らかい!


 僕がママの胸に動揺していると、これまた大人な女性の常連さんの一人が言った。

「ちょっとぉママ!せっかく来てくれた新人さんを独り占めしないでよぉ」


「あーごめんごめん!じゃあ私もこっちに座るわぁ。これで平等でしょう?」


「ちょ…!」


 ママは今や常連さんと一緒になってカウンター席に座ってしまった。

 

 これでは、ママも常連さんのようだ。

 まぁ、既にお酒で出来上がっているあたり、お客さんと同じであるが。


「ちょっとフローラさん…僕はどうすればいいんですか……」


 僕が急にカウンターを任せらたことと、べろんべろんに酔っぱらったママの対応に困って、身をかがめてママに顔色を窺ったときだった!


 僕の意識は、モノクロ世界へともっていかれた…。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 はっ…!

 気付けば僕の意識はモノクロ世界へと移っていた。


 ここでスキル【臆病者の白昼夢リスク・プリディクション】が発動した…?


 な…今回は誰にヤられるんだ!?


 カフェ…というかバーを見渡すと、相変わらず常連さんたちはお酒をガンガン飲んで大騒ぎしている。


 ママもそんな常連さんたちと一緒に、その大きな胸を上下へと揺らし、踊りだす勢いだ。


 お…おぉ……。


 僕がその光景に圧倒されていると、どこかで聞いたことのある歌が流れてきた。


「ママの~♪ちょっといいトコみてみた~い♪」


「飲んで飲んで♪飲んで飲んで♪」


 こ…これは……。


 チャラい飲みサーの大学生あたりが飲み会で、酒を飲むときに使うイッキコール…!


 その音頭のテンポに乗っていると、つい一気飲みしてしまうというよい子はマネしちゃいけないヤツじゃないか…!?


 ママは、常連さんたちの中央に祭り上げられ、真っ赤な顔で踊り狂っている。


 な…なにが始まるっていうんだ……!


 僕は、このイヤな予感しかしない儀式に身震いすら覚えていた。


「ホラぁ、新人クンも来なさいよぉ」

 常連さんの一人が僕を無理やりママの方へと引っ張っていく。


 な…なにかがマズい!マズい気しかしないぞ!?


 僕は酔い踊りしれているママを前に、僕はここにいたら危険だという信号を、全身が発していた。


「ママの~♪ちょっといいトコみてみた~い♪」


 そして、そのイッキコールとともに、ママは…を壁から手に取った!


 おいおいおいおい!?


 なんでが壁に掛けてあるんだよ!

 ていうかなんでをココで手に取るんだよ!


 僕は、身に迫る危険を察知し、カフェの外へと逃げ出そうとした。


 ……!


「あらぁ、どこへ行くのよぉ?」

 僕の体は、常連さんによって羽交い絞めにされている!なんという力!まったく身動きを取ることができない!


「ちょっ…ヤメ…」


 僕はそう叫んだが、常連さんたちのコールによってすぐにかき消されてしまった!


「はい!な~んで持ってんの?な~んで持ってんの?ヤり足りないから持ってんの!は~!ヤってヤってヤってヤって~」

 

 なんで持っているのって聞きたいのは僕の方だ!


 なんで…なんで…


 を持っているんだ!?


 そう。ママは壁に掛けられていた斧を手に取って踊っていたのだ。


 さらに常連さんたちは、体を揺らし手拍子を打ち鳴らしながら、さらにコールの音を大きくしていく。

「ママヤ~るぞ、ママヤ~るそ、ママヤ~るぞ!3秒でヤるぞ!3・2・1!」


 な…まさか…。


 そのまさかだった。


 ママは、コールに合わせて斧を振りかぶり、僕の脳天を打ち割った…。


「ぎゃぁあああああああ!」


 僕は、斧で頭蓋骨が粉砕されたゴスッっという音とともに、頭からべっとりと血が顔に流れて、そして、少し遅れて痛みがやってきた!


「がぁあああああ!」


 だが、まだモノクロ世界は終わらない!

どうやら、ママが酔っぱらっているためにうまく力が入らず、僕が死に至らなかったようだ!


 僕の流血を見てさらに興奮した常連さんたちは、もっと声量をあげてコールをした。

「ラララライ!ラララライ!ラララライ縦ライ横ライ斜め的な♪ララライ!ラララライ!ラララライ縦ライ横ライ斧的な♪」


 ママはそのコールに合わせて、縦から横から斜めからと僕を斧で切り刻んだ!


「がっはぁああああああ!」


 僕は、ようやく出血と痛みで気を失った……。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 はっ…!

 気付けば僕の意識は元の世界へとようだ…。


 おかしいだろおおおおおおおおおおおおおおおお!


 僕は、恐らく今日一番の叫び声を、心の中であげた…。


 何でイッキコールが!僕をヤるコールなんだ!?


 イッキコールはお酒を一気飲みするための音頭であって、人を殺すときに使う音頭じゃない!


 ヤバすぎる!このカフェ、ヤバすぎるって!


 常連さんも一緒になって僕を抑えていたし、もうこの空間全体がヤバい!


 そのとき、僕はそそくさと逃げ帰ったペイジの後ろ姿を思い出した。


 まさかアイツ…知ってたのか!?

 だからさっさと帰っていったのか!?


 なんだこのカフェは!?


 カフェじゃなくてバーだろ!?とかツッコミを入れていたぐらいで可愛かったよ!?

 もうこんなの僕の処刑場じゃないか!?


「ぐ~いぐいぐい♪ぐ~いぐい♪」

 テーブル席では、イッキコールに合わせてテンポよくお酒を飲んでいる常連さんたちが目に入った。


 ヤバイ…このアルバイト…ヤバすぎる!


 僕は、すぐ傍で聞こえる僕をヤるためのイッキコールに身を震わせた……。

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