第36話 逆の逆

 僕は、フロレンティナの後について広い邸宅内を歩き、彼女の部屋へと到着していた。


 相変わらずこざっぱりとした部屋に、大きめのベッドが中央に位置している。


 今日もこの部屋か……。


 一体何をさせられるんだ…?


 昨日は、彼女の足を丹念に洗い、マッサージをさせられた…というか、させて頂いた。


 彼女は、勇者に辱めを与えることでプライドをへし折ることを趣味とするドS女王様である。

 だが、僕は端からプライドのカケラもない勇者。彼女の足など、舐めろと言われれば悦んで舐めるほどであるため、彼女の性癖と、僕の性癖の間に、妙な違和感が生じている。


「そこに座りなさい」

 フロレンティナは、ベッドに腰掛けながら、顎で自身の足元をしゃくった。

 僕にそこへ座れと言うことだろう。


 始まったか…勇者の調教が!


 だが、今日は悠長なことは言っていられない。1時間で切り上げないと、バイト先に遅れてしまう。


 勇者なのに首輪をつけられ調教され、その後にはバイトが控えてるって……。


 僕は、思い描いていた勇者像と全く異なる自分にため息を漏らしながら、彼女の足元へと座った。


「脱がせなさい」


 また……同じ流れか!?


 脱がせろとはブーツと靴下のことだろう。その後で、足を洗い、マッサージに入るのだろうか。


 僕は、昨日と同様にして、彼女のブーツと靴下を優しく脱がせ、細く美しい足を露わにした。


 ヤッベ…マジでキレイな足だ…。


 僕は、別に脚フェチでもないのに、彼女のスラっとした白い足につい頬をスリスリしたくなる衝動に駆られた。


 すると、彼女はおもむろに立ち上がり、僕をさらに高みから見下すようにして口角をあげた。


「まだ終わってないわよ」


 まだ…終わってない?


 何を言っているんだフロレンティナは?もうブーツなら脱がせたはずだが…?


 僕は、彼女に言われたことの意味を測りかねていた。


 瞬間、グッと僕の首輪が締まった!この首輪は、彼女の命令に逆らうと自動で締め付けるのだ!


「がぁっ……」


「フフ、さすがのあなたも、これには耐えきれないのかしら?」


 僕が呼吸に喘ぐ様子を見て楽しんでいるフロレンティナの声が聞こえた。


 な…なんのことだ!?


 僕は、未だ状況がつかめていなかった。


 なぜ首輪が締まった?


「フフフ、早くしないと窒息死しちゃうわよ?」

 フロレンティナは、嬲るようにしてゆっくりと言った。


「がはっ…!」


 さらに首輪の締め付けが強くなってきた!


 な…なんだ…!?


 何が終わっていないんだ!?

 僕は何をすればいいんだ!?


 僕の頭上で立ちはだかるフロレンティナが、僕に何を求めているのかが分からなかった。


「早く脱がせなさいよ?ホラ?」

 ますますきつくなる首輪に苦しんでいる僕を舐めまわすように見ている彼女が言った。


 脱がせる…?


 まだ終わっていないって…脱がせることか…?


 僕は、立ち上がっているフロレンティナを見やった。


 まさか……!?


 脱がせるって…服もか!?


「今日は足だけじゃなくて、全身やってもらいたいのよ。体中がこっちゃってね」


 ………!!!


 こ…この女王様……。


 やはり…僕を辱める方向性が分かっていない!


 確かに足を揉んだり服を脱がせたりするのは、召使の仕事かもしれない!

 だが!僕にとってはそれは至福の作業に他ならない!


 足のみならず…服まで脱がせていいって…なんだそのエロ過ぎるシチュエーションは!


 僕は、鼻息を荒げながら、彼女の黒い細身のパンツのジッパーに手を掛けた……。


「アラ、鼻息が荒いわよ?そんなにつらいのかしらぁ?」

 彼女は、てんで的外れなことを言って楽しんでいる。


 なんだこれは…最高のお仕置きじゃないか!?


 僕は、超至近距離で、美少女のパンツとこんにちはの挨拶ができるドキドキで緊張していた。


 そして、僕は彼女のジッパーを下して、パンツを脱がせた……。


 ………!!!


 僕は、現れた姿に衝撃を受けていた。


 これは…パンツじゃない!


…ビキニだ!


 現れたのは水着のビキニを履いた姿だった。


 それはそうだ…さすがに下着を見せるわけないもんな…。


「早くしなさいよ。上もあるんだから」


 僕は、彼女の黒いジャケットを脱がせ、こちらもビキニと対面した…。


 ………。


 これは…本当になんなんだ?


 僕は、色々とおかしいこの世界観にツッコみを入れてきたが、この時間が最も理解できない。


 なぜ…お仕置きなのに、こんなに美味しい展開なんだ?


 僕は、華奢なビキニ姿のフロレンティナを前にして、思った。


 瞼を薄くせざるを得ないほどに眩しい肌の大部分が今や露出してしまっている。


「さて、マッサージをしなさい」


 彼女は、そんな興奮しっぱなしの僕には気付く素振りも見せず、ベッドに横になった。


 マ…マッサージ!


 それも…ビキニ姿の美少女の全身マッサージだ!


 僕は、靴を脱いでベッドに上がり、彼女の背中に跨った…。


「じゃあ肩の方からお願いね」


 彼女はうつぶせのまま僕に命令した。


 ……おいおいおいおいおい!?


 僕は叫びださずにはいられなかった。


 今や僕が彼女に馬乗りになって、彼女の肌に触れようとしている。


 なんだ…!?


 本当に何なんだこのお仕置きは!?


 こんな嬉しいお仕置きなら放課後だけじゃなく1日中だってやっていくらいだ。


 僕は、震える手で彼女の肩へと手をやった…」


「アラ、手が震えているわよ?フフフ」

 彼女は、僕が手を震わせている意味を勘違いしているようだ。


 この世界では…終始『ヤる』の意味が逆だった。エッチな展開を期待させておいて、命を獲られるパターンだった。


 だが…このフロレンティナの部屋においてだけは、その逆!だ!


 つまり…殺されると見せて、実のところはエッチな展開なのだ!!!


 モミモミモミモミ…。


 僕は、彼女のサラサラな肌や跨っているお尻を全力で感じながら、無心で肩をマッサージし始めた。


 彼女の露出した背中や、その感触は素晴らしかったが、これ以上言葉にすると鼻血を噴水のように放出しそうだったので、文字通り頭を空っぽにして何も考えないようにした。


 モミモミモミモミ…。


 ……?


 ふと気づくと、部屋の扉が少し開いていた。


 よく見ると…ペイジが顔を突き出して何事かを伝えようとしている!


 な…なんだ…?


 彼は、身振りでは伝わらないと見たか、大きく口パクをすることで何かを伝えようとしている!


 ん…?


 僕は彼の口の動きを注意深く追った。


『ハ・ヤ・ク・シ・ロ』


 …早くしろ!


 もうそんな時間か!?


 至福すぎてどれほどの時間が経ったのか分かっていなかった。


「肩はもういいわ。背中もやってもらえる?」

 

 待て…これは全身マッサージだ…このあと首やら足やら腕やら色々な箇所のマッサージが残っているのではないか…?


 遅刻したらヤバイって言ってたな…ヤバいってきっとヤられるって意味だろう…。


 つまり…僕は…この至福の空間においても、目に見えないピンチにさらされているってことか!?


 なんとか一瞬にしてこのマッサージを終えて、僕は新しいバイト先へ急がなければならない!


 だが、僕は首輪を嵌められている!

 だから、彼女の命令には全体服従だ!


 ど…どうすればいいんだ……。

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