第35話 激しさを増す勇者の調教

「さすが、勇者様でしたね。辺り一帯に風を生じさせ、それを竜巻の根本へと集中、そして、上空へと向かって放出。見事な風魔法でした」


 僕は何とかティアラとアストレアを引きはがしていると、サーシャ先生から皆の前で褒められた。


「それに横へ突風を吹かせるのではなく、上昇させるという機転も見事でした。皆さんも勇者様を見習って精進してください」


 お…おぉ…なんかいい感じに受け止めてくれているな…。

 僕は魔法石を使っただけだし、上昇気流は純粋にスカートをめくる目的だったが…まぁよしとしよう…。


「それでは本日の授業はここまでとします。今日は色々とあって疲れたことでしょう。しっかり休んでくださいね」

 サーシャ先生は、そう言って、授業を切り上げた。


 よかった…今日も授業を切り抜けた……!


 使い切って魔力のなくなった魔法石を見た。

 この魔法石…本当に助かったな…コイツがあれば…明日からも何とかなるかもしれんぞ……。


 何とか命が助かったということを噛み締めていると、脳内に誰かの声が響いてきた!


『フフフ、風魔法さすがでしたね…でも、忘れていないかしら?アナタは勇者でもあり、私のでもあるのよ?今から、4分間でその首輪は締まるから…早く正門に来たほうがいいわよ……』


 こ…この声はフロレンティナか!?


 マズい!すっかり忘れていたぞ!


 昨日、フロレンティナに感じた恩の分だけ彼女に従う、首輪の契約を結んだばかりなんだ!


 毎日放課後に、フロレンティナと正門前で待ち合わせをするという命を懸けたドキドキイベントを開催しているのだった!


 フロレンティナは、きっと既に門の前で立ち、ストップウォッチで時間を測っているのだろう!


 竜巻の危機を切り抜けたばかりだったが、慌てて門に駆け出そうとした!


 だが、教室の出入り口にはティアラとアストレアが僕を待っていた!


 くっ…今日も僕と一緒に帰るつもりなのか!?でもダメだ!

 正門に一人でいかないと首輪が締まってしまう!


 先手必勝とばかりに、走り出しながら彼女たちに言った。


「ゴメン!今日も居残りなんだ!だから一緒には帰れない!」

 

「ちょっと!?居残りって…ドコ行くのよ!?」


「ああ…アレだアレ!校庭だ!大地を感じながら、今日の風魔法の復習をしておこうと思ってさ!」


 苦しい言い訳だなと思いつつ、そう言い残して校舎を飛び出し、腑に落ちていない表情のティアラとアストレアを教室に残して、正門へと向かって全力でダッシュした!


「おぉおおおおおおお!」


 僕は、高校で陸上女子部員の走る姿を見て鍛えた脚力で、100m9秒をも切る速度で駆けた!


 ……見えた!


 大きくそびえたつ正門!そしてその下で待つフロレンティナが見えた!


 早くも首輪は締まりかけている!息が苦しくなってきている!


 ここが最後の直線だ!


 僕は、大きく息を肺へと吸い込み、ラストスパートをかけた…。


「ズッシャァアアアア」


 僕は、スライディングしながら、フロレンティナの元へと滑りこんだ。


「ハァ…ゼェ…ハァ…」

 僕は、肩だけでなく、全身を使って、足りない空気を補給した。


「フフ、さすが勇者様。今日は3分43秒でしたわ。結構余裕あったじゃない」


 ……!余裕なんてあるもんか…!


 今日は代わりにティアラとアストレアを置き去りにしてきたわ!こんなのいずれ二人にヤられてしまうわ!


 僕は、早いところフロレンティナへの恩を返しきって、彼女の隷属の首輪から解放されないとマズいことになるな…と実感した。


「さて、行きましょうか。ティアラとアストレアを置いてきたんでしょう?早く行かないと二人に見られてしまうわ」


 ……!


 そこまでお見通しだったのか…!


 フロレンティナ、やはり切れ者…!敵に回したくない美少女No.1だ…!


 僕は彼女の底知れぬ能力の高さに身震いした。


「じゃあ行くわよ!ついてきなさい!もちろん昨日よりペースは速いわ!」


 フロレンティナは、威勢よく僕に発破をかけると、騎乗している馬のお尻にムチをビシっと叩き、颯爽と街へと駆け出した…。


「う…うぅぉおおお!」

 僕も、彼女に続いて慌てて駆け出す。少しでも離れると首輪が締まって呼吸ができなくなってしまうのだ。


「ハッ…ハッ…ハッ…」

 僕は、一定のリズムを刻むことを意識しながら、彼女についていった。


 街ゆく人々は、よく見る光景とばかりに、騎乗するフロレンティナと、あとに続いて必死の形相で走る僕へは見向きもしない。


「ハァ…ハァ…ハァ……」


 これキッツいな!?

 昨日よりも大分ペースが速いぞ!?このペースなら箱根駅伝で区間賞とれるわ!


 彼女のドS振りは日に日にひどくなっている。こんな生活続けられるわけがない。いつかはついていけずに窒息死してしまうだろう。


「ハァ…ハァ…ハァ……」

 僕は、頭を空っぽにして走っていた。もはや何も考えられないほどに、体には酸素が足りていなかった。


 ………。


「アナタ…本当にヤるわね…」


 気付くと僕たちは、フロレンティナの広大な邸宅へと到着していた。


「ガッハ…ハァ…ハァ……」

 もう…ダメだ…これ以上…早くされたら…確実に…死ぬ……。


 これ以上の厳しい調教には耐えきれない。そもそも僕は勇者なんだ!


 酸素の欠乏しきった脳が悲鳴を上げている。ここが限界のようだった。


「よっ…お前…今日も生き残ったんだな…スゴイことだぞ…?」

 僕が膝に手をついて必死に呼吸を整えていると、男の声が聞こえた。


 男…?


 ということはペイジか!


 見ればペイジが僕のそばで小声で話しかけていた。フロレンティナの馬の飼育係として、馬を受け取りに来たのだろう。


「おい…疲れているところ悪いんだが…いい知らせと悪い知らせがあるんだ…どっちから聞きたい?」

 全力で走り切り苦悶の表情を浮かべる僕に心から同情しているような声で、ペイジが聞いた。


 いい知らせと悪い知らせ…?


「じゃあいい知らせから頼む…」


「そうだな…いい知らせは、お前のバイト先が決まったことだ。時給は俺の知る限り最高だ。これで魔法石を買う金ができるかもしれない」


 おぉ…それはありがたい…。

 魔法石の効果は今日も実感したことだし、はやく金を稼いで魔法を買わなければならない。


「それで?悪い知らせはなんだ?」


「悪い知らせは…バイトの始まる時間が…今から1時間後だってことだ。

それに…あの人は時間に遅れるとヤバイことになるから…時間厳守だ。

だから、今日は早いところフロレンティナ様から解放されないとマズいことになる」


 1時間だって!?

 前回は2時間はかかっていたはずだ!


 それに…時間を守らなかったらヤバイことになるって何だ!?

 コイツ、何かヤバイ仕事でも取ってきたんじゃないだろうな!?


「まぁそういうことだ。怪しまれるから俺はもう行くぜ。終わったら家から少し離れたところで待っていてやる。1時間後だぞ」

 ペイジはそう言うと、そそくさとフロレンティナの馬を連れて奥へと行った…。


 おいおいおいおい!?


 1時間ってマジかよ…!?


「何をグズグズしているの?早く私の家に入りなさい」

 フロレンティナが僕を玄関から呼び寄せる。


 僕は、彼女の忠実な犬のように彼女のそばに素早くすり寄った…。


 くっ…今日は一体何をさせられるんだ!?

 

 長引くようなことじゃなければいいが……。


 僕は、目の前にいるドSの女王様が何を僕に命令してくるのか気が気ではなかった……

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