第34話 そよ風の恩返し

「うわぁあああああ!」


 僕の眼前には、ティアラとアストレアが生み出した炎と斬撃の竜巻が猛威を振るっていた。


 その高さは天にまで届くほどで、椅子や机など周囲のものを次々と飲み込んでは破壊している。


 逃げ遅れたのは僕だけのようで、他の美少女たちは既に教室の端へと避難していた。


 おいおいおいおい!?


 もはや逃げる時間などなかった。


 竜巻は真っすぐと僕へと向かってきている。3秒もあれば僕を飲み込んでしまうだろう。


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバイ!!!


 僕は、とっさのことに慌てふためくことしかできなかった。


 僕は…ここで…イくことになるのか…もうどうにもならないよ…。


 強力すぎる竜巻を前に、僕は、半ば生きることを放棄し、手をだらりと下げた…そのとき!


 先ほどから無意識に手のうちに握っていた、魔法石が転がり落ちた!


 魔法石…?


 だが、この魔法石は美少女たちのスカートを優しくめくるだけのそよ風しか起こすことができないのだ。

 この場を切り抜けるには役には立たないだろう。


 くっ…いよいよ僕も終わりか…!?


 ……だが。


 だが、僕は先ほどフロレンティアンが、みんなの前で見せた風魔法を思い出した!


 そういえば…彼女はどういう手順で魔法を使っていたっけ…?


 最初に強風を辺り一面に起こし、そのあとで集約、そして放出…。


 僕は、『発生→集約→放出』という風魔法を強力にする手順を反芻した。


 やってみる…価値はあるな…。


 僕は、転がった魔法石を素早く拾い、誰にも手の付けようがないほどにまで成長した竜巻と対峙した。


 どうせ、逃げても無駄なんだ。最後にやってやるよ。


 僕は、魔法石を強く握りしめ、あたり一面に、ふわっとした弱い上昇気流を発生させた!


 そして…ここだ!


 僕は、カッと目を見開いて、たった今自分が生じさせているそよ風を、僕の数mほど前に集約するイメージをした!


 集まれ…そよ風たちよ…!


 今や竜巻の根本も、僕の数m先にまで迫っていた!


 今度は僕に力を貸せ!そよ風たち…!

心ゆくまで美少女たちのスカートをめくらせてやっただろう!


 めくられたスカートを心ゆくまで眺めていた僕は、そよ風に恩着せがましく念じた。


 ……すると。


 教室全体にわたっていたそよ風が、急速に集約されていく!


 よし…そうだ…そうだ……。


ここだ…タイミングを合わせろよ…チャンスは1回切りだ…!


「おぉおおおおおおお!」


 僕は、叫び声をあげながら、魔法石を握りしめた右手を天へと突きあげた!


 僕は、集約したそよ風を、1点に集中して突き上げたのだ!

 そして、その1点は、竜巻の根本とぴったりと一致していた!


そよ風の恩返しリターン・ブリージング!」


「ゴォオオオオオオオ!」


 1点に集中させたそよ風は、今や天へと突きあげる強力な上昇気流へと成長していた!


 そして、そのままの勢いごと、炎と斬撃の竜巻を根本から天高く吹き飛ばした!


 ………。


「ハァ…ハァ……ハァ…」

 僕は、緊張が解けて、腰が抜けてしまって立ち上がることができなかった。


 天高く飛び出した竜巻は、自然の大気中を吹き荒れる風と一緒になったことで勢いを弱め、徐々に広がり、四散していた……。


 あ…あぶなかった……。


 まさか、ティアラとアストレアを戦わせるだけで、こんな大ごとになるなんて……。


 それにしても、この魔法石、発動した魔法のコントロールもできるのか…。

 今回はコイツに、というかこの魔法石をくれたペイジに命を助けられたな…。


 僕は、地面にぐったりと仰向けに倒れこんだ。

 頭上からは、落ち始めた陽の光が降り注いでいた。


 ……すると。


「スゴイじゃない!」


 ……聞き慣れた、大人びた美しい声が聞こえてきた。


 ま…待て…まさか……!


 がばっと立ち上がると、胸から上を全開にしたサーシャ先生が駆け寄ってきていた!


 待て…これは先生に抱きつかれるヤツか!?


 僕は、昨日も先生に抱き着かれ、その露わになった胸に顔を押し付けられたことにより失神していたことを思い出した。


 嬉しい…嬉しいけど、ダメなんだ先生!失神すると保健室送りだから!


 そう、保健室にはマリー先生が今か今かと待ち構えているはずなのだ。

マリー先生は、その首フェチゆえに、昨日意識を失った僕の首を絞めようとしていたのだ。


ぐっ…誰か…誰か助けてくれ!


僕は、駆け寄るサーシャ先生に抱きつかれてはたまらないと、嬉しい悲鳴を上げていた。


…すると。


「ガバッ!!!」


「おぉ!?」


 僕は、正面から誰かに抱き寄せられた!


「う…ぉお!?」


 こ…これは……!!!


「よかった……ホントによかった………!」


 抱き寄せた人は、どうやら美少女のうちの一人らしい。鼻をグリグリと僕のうなじへと押し付けている。


 な…なんだ!?


 僕は、あまりの急な出来事に思考がついていかず、興奮して気絶する間もなかった。


 それに、この子は本当に僕のことを心配してくれたような声を発している。

 

 僕の中のナニカが、僕を性的に興奮させるスイッチをオフにしていた。


 ………!


 抱きしめられた勢いで、ヨタヨタと足元がふらつきながら、ふと鼻孔が、なんとも言えぬいい匂いを捉えた。


 こ…これは…女子のシャンプーの匂いではないか!?


 くんくんと嗅いでいると、それはこの抱きしめている子の髪から漂ってきているようだ。


 髪…そういえば……。


 僕は、今更ながら、抱きしめている子の髪色を見た。


 髪は…真紅の色だ……。


 ということは……。


この子は…ティアラ!?


 僕は、どうしたことか激しく動転した。だが、この動転は、性的なものではない、ナニカによるものだった。


 なぜ…なぜティアラが!?


 召喚後から幾度となく僕をヤろうとしてきたティアラが、今、僕に抱き着いているという現象を理解することができなかった。


 どうして…どうしてなんだ!?


 僕は、一歩下がって、改めて正面からティアラと目を合わせた。


「っ………!」

 ティアラは僕と目が合うと、とっさに目を激しく右へ左へと泳がした。


「ア…アレよこれはアレ!勘違いしないでよね!?アンタがまた魔力使いすぎて気絶したら、私が面倒だから、こっそり魔力を移してあげたのよ!?

 べ…別にアンタのことを心配してたとかじゃないんだからね!?」

 ティアラは、息をつく暇もなく、怒涛の勢いでしゃべり始めた。


 そ…そうだったのか…僕が気絶しないようにか…。

 確かに、僕が気絶したときはいつも彼女が横で見守っていてくれるせいで、彼女は大変な思いをしてきたのだろう。

 僕はようやく納得がいった。


 ……!


 気付くと右手がアストレアに握りしめられていた!


「ふふ、今回は、あまりに健気なものだから、ティアラに先を譲ってあげちゃいました」

 アストレアは、いたずらっぽい笑みを浮かべている。


 先?先って何のことだ?


「うるさいアストレア!アンタは黙ってなさい!」


 ティアラはなぜだか顔を真っ赤にして叫んでいる。


 まぁ…なんだかよくわからんが、命が助かってよかった…。


 僕は、何とかこの授業も生き延びて、ホッと安堵の息を漏らした。

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