第31話 卑猥なモチベーション

 僕は、ティアラとアストレアと共に街を歩いていた。これからカトレナ魔法学院に登校するのだ。


 ……こうして街を一緒に歩く分には…申し分ない二人だよな…。


 右には真紅のドレスを着たティアラが、左には紫色のドレスを着たアストレアが歩いている。


 何も知らない人が見たら、両手に華を持つ僕を何者だろうかと思うだろう。


 この国屈指の美少女二人を両隣に抱えて歩く様はまるで勇者のようである。

 いや、本当に勇者なのだが。


 10分程も華やいだハルジオン中心街を歩くと、カトレナ魔法学院を象徴する、巨大な門が現れた。


 これは、通称試しの門と呼ばれており、開ける者の魔力の多寡に応じてその巨大な扉の開く大きさが変わるというのである。


 僕たちは、その試しの門の下まで来ていた。


「さぁ、今日はアナタが開けなさいよ?」


 ティアラが僕に開けるよう促した。昨日は、ティアラとフロレンティナが開けてくれていたのだ。


 ……!


 そうだった…試しの門を開けなきゃいけないのか…。


 ここで開けないと、僕に魔力にないことがバレてしまい、僕が魔法騎士であるとウソをついていたことが明らかになってしまう。


 完全に忘れていた……。


 朝から色々なことが起こり過ぎた。起床直後から何度も生死の境をくぐり抜け、僕は既に疲れ切っていたのだ。


 試しの門で、僕の魔力の多寡を試されることを忘れていた。


 もはやこの場を切り抜ける手立てを考える気力すら湧いてこない。もうぐったりである。


 はぁ…疲れたな…。魔力のない僕にどうしろって言うんだよ……。


 僕は、30mはあろうかという巨大な門を見上げて、茫然としていた。


 遅かれ早かれ毎日試されていたら、いつかは露顕してしまうだろう。今や投げやりな気持ちになりかけていた。


 こんなことなら、昨日行った『魔道具K’sショップ』で回復薬でも買っとくんだったな…と後悔しかけたそのとき!


 そうだ…そうだった…!


 思い出したぞ……。


 僕は、今朝出る時に忘れずにポケットに忍ばせておいた魔法石を手にした。


 そういえば、ペイジが僕に魔法石を1つだけくれたんだった!


 こっそり手元を見れば、うっすらと新緑色のかかった透明な石が陽の光を受けて輝いている。


 もしかしたら…もしかするかもな……。


 魔力のない僕でも、もしかしたらこの世界で生き延びる道がかろうじて見えた気がした。


「早くしなさいよ?」

 ティアラは門の前でモジモジしている僕を見て苛立ち始めた。アストレアも、今は大人しくティアラと一緒に僕を見ている。


 やってみる価値はあるな…。


 僕は、魔法石を手に、門へと一歩近づいた。


 そして、二人からは見えないようにして、魔法石を門へとかざした!


 ……すると。


「ギ…ギ…ギギギ」

 門は、小さいとも大きいとも言えない微妙な音を立てて、これまた微妙な大きさまで開いた。約40°位だろうか。


「………………………」


 『これしか開けられないの!?』とも、『こんなに開けられたの!?』とも言えない微妙な大きさで開いたため、なんともいえない気まずい空気が流れていた……。


「ま…まぁちょっと朝から体調がよくなくてさ!」

 僕は、何とか言い訳をしてその場を取り繕った。


「そ…そうよね、うん……」

 二人とも、どう反応してよいのかわからなそうだったが、とにかく校内へと歩を進めた…。


 こ…こういうパターンもあるのか…。ヤられなくて嬉しいけど、これはこれで…何かなぁ…。


 とはいえ、魔法石で試しの門が開くと分かったのは収穫だ。これで毎朝、門を前にして死にかけることはなくなった。


 僕は、門を開けられただけでよかったんだと自分を慰めながら、2人と共に、『魔導A級』クラスに入った。


 相変わらずクラスには美少女揃いだ。空気を吸うだけでもクラっと立ち眩みがするようだ。


 見ると、ちょうど今授業が始まったところらしかった。まだ少しざわついている。


「あら、あなたたち、今日は一緒に来たのね?」

 今日も黒いスラっとした服に身を包んだフロレンティナが最後列の席から振り返って声をかけてきた。


 げっ…女王様じゃないか……!


 僕は、しばらくの間忘れていた、自分の首に嵌められた首輪のことを思い出した。

 僕は、フロレンティナに感じた恩を返しきるまで、彼女の言うことに従わなければこの首輪が締まって息ができなくなってしまうのだ。


「こちらで一緒に授業を受けましょう?」

 フロレンティナは僕たちを手招きした。


 …マジかよ…ティアラとアストレアを混ぜるだけでも危険なのに、3人も混ぜてしまったらどうなってしまうんだよ…。


 僕は、2人が断ってくれないか期待を込めて見やったが、2人も素直にその言葉に従ってフロレンティナの傍へと寄った。


 この2人…階級が上のフロレンティナには素直に従うんだよな…。

 ちなみに、フロレンティナは第3位である。


「それでは、『風魔法・基礎』の授業を始めます」

 僕たちが座ると、ちょうど授業が始まった。


 ……!!!


 また、サーシャ先生だ……!


 それも、また肩だしドレス…しかもクリーム色…!


 先生のお気に入りなのだろうか、昨日と似たような、体にピタっと張り付くようなドレスを着ている。

 胸からは半分ほど、その豊かな胸の肌色が零れてしまっている。それに肩!肩部分の布地がないタイプのドレスのため、胸から上の素肌が露わとなってしまっている。


「くっ…」

 僕は、昨日と同じ過ちを犯さないように、とっさに目を背け、鼻血がでないようにした。


 サーシャ先生は…こう…美しい気品ある大人の魅力が溢れすぎているんだよな……。


 僕は、何とか興奮を抑え、鼻血を我慢すると、改めて授業を聞き始めた。


 しかし……授業が今回は『基礎科目』でよかった。

 昨日は、『炎魔法・応用Ⅰ』で、燃え盛る炎に手を突っ込んで融合するという超難易度の高い魔法に挑戦させられるというムチャ振りをさせられていたからな…。


 『基礎科目』なのだから、きっと座学だけなのだろう。座っているだけならば、これほどラクなことはない。

 僕は、疲れ切った体を癒すべく、机に突っ伏して寝ようと思った…。


 ……だが。


「では皆さん、立って広がってください。さっそく、実践しましょう」


 …待て待て待て待てぇええええ!


 まだ何も授業してないよ先生!?


 授業始めますしか言ってないじゃんか!?もう実践!?何も習ってないよ!?


 僕は心の中で嘆いたが、サーシャ先生は非情にも言った。


「私の授業は、とにかく1に実践。2に実践。3に実践です。反復訓練により、基礎を固めて下さい」


 なんてことだ……。


 昨日からうすうす感じていたが、サーシャ先生は、直接僕に手を下してヤるのではない…。


 彼女は、授業内のムチャな要求により、僕を窮地へと追い込むのだ……。


 魔力のない僕は、この授業をどのように切り抜ければいいのか、皆目見当がつかなかった。


 そもそも、魔法が使えないのに、魔法学院に通っていること自体に無理があるのだ。


 改めて、魔法学院は楽園パラダイスではなく死刑執行場だと認識した…。 


 僕が途方に暮れていると、サーシャ先生は思い出したように、教室全体に言った。


「あ、そうそう忘れてたわ。誰か、今日も見本を見せてくれる人はいる?」


 おぉ…今日も誰かが前で見せるのか…。

 昨日前で魔法を使ってみせたティアも、今日は名乗り出る気はなさそうだ。

 ティアラの得意魔法は炎系統。風魔法は得意ではないのだろうか。


 誰も手を挙げずに少し沈黙の時間が流れた。だが、それに耐えきれなくなったように、隣のフロレンティナが挙手をした。

「誰もいないなら、私がやりましょうか」


 フロレンティナは、そう言ってみんなの前の方へとカツカツと黒いブーツの足音を響かせながら、颯爽と歩いた。


 やっぱりカッコいいなフロレンティナは…。やはり女王様は皆の前が似合う。


「それではまず強い風を起こしてもらえる?」

「わかりました」


 フロレンティナは、右手を軽く上げると、辺り一面に強風が起こった!


 う…おぉ…!


 予想以上に強い風にヨロヨロと体のバランスを崩してしまった。

 見れば、他にもよろめいている美少女がいる。


 な…なんという強風……。


 ………。


 な……!


 僕は、強風による光景に目を疑った。


 美少女たちの!スカートが!胸のヒラヒラが!強風によってはためいている!


 よく見れば美少女たちは、ただよろめいているだけではなかった。

 スカートの裾を抑えたり胸を抑えたりと必死だ。


 な…こ…ここは…楽園パラダイス……?


 美少女たちが恥じらいとともに、着ているドレスを抑える姿は、まさにハレンチとしかいえない。


 風魔法…最高じゃないか……!


 僕は、命を危険に賭してでも、この授業を受ける価値があると思った。


 全力でこの時間を生き延び、眼前に広がるハレンチな光景を目に焼き付けようと誓った。


「ん…さすが…フロレンティナ様…ね」


 な……!


 隣には、左手でスカートのお尻を、右手で真紅の髪を抑えるティアラがいた!


 か…かわいい!


 普段は強気なティアラが、強風に困っている様子や恥じらう様子は、そのギャップから可愛さが倍増している!


 やはり女性は恥じらう姿が一番かわいいな…。


 僕が改めてそう感じていると、サーシャ先生は満足そうに頷いて、さらに言った。

「さすがねフロレンティナ。これだけの広範囲に強風を起こせるのは、基礎がしっかりしている証拠よ。

 それでは、今辺りに起こしている風を、狭い範囲へとゆっくりと凝縮させてみて?

 これは、先ほどよりも風をコントロールしなければならないから、難しいわよ」

「分かりました」


 フロレンティナは、掲げている右手を、指揮者がタクトを振るうように、右へ左へと振った。


 すると、みるみるうちに、体育館よりも広い教室全体を覆っていた風は、フロレンティナ周辺へと集まっていった!


 今や、彼女周辺だけ嵐の中にいるような猛烈な風が吹いている!僕たちが感じた強風の比ではなさそうだ!


 な……!


 僕は、そんなフロレンティナの最も傍にいるサーシャ先生に目が釘付けになった。


 ただでさえピッチリとしたドレスが…強風のせいでさらに体に張り付き、グラマラスな体の曲線がよりはっきりと出ている!


 それに胸…胸だ…!


 ドレスが風により、さらに下へとずれている…気がする!

 先ほどよりも胸の露出部分が増え、あと少し…あと少しで大切なところまで見えそうだ…!


 なんだこれは……。


 なんという素晴らしい魔法…なんという素晴らしい世界だ……。


 この世界に来てからというものの、魔法には色々な面で苦しめられてきたが、僕は考えを改めた。


 風魔法…僕は、風魔法を習得して見せる……!


 僕は、その魔法のエロいポテンシャルに魅入られ、魔力がないことなどとうに忘れていた。


 サーシャ先生は、長い金色の髪をなびかせながら、さらにフロレンティナに伝えた。

「いいわねぇ。さらに、小さく、そうね、イメージは10cmくらいまで凝縮できる?そして、前に押し出してみて?」

「分かりました」


 フロレンティナは、少しずつ右手を振る範囲を狭くしていき、最終的に一点で止めた。


 そして…一気に前へと押し出した!


「ゴォオオオオオオ!」


 教室全体を吹いていた強風が今や10cmほどにも凝縮されたのだ。その勢いや轟音はすさまじかった。


 彼女の手元に集約された風は、前方へと行き場を与えられ、まるで槍のように50mは先の壁をも貫いた!


 後には巨大な槍でえぐられたような跡が残っていた。


「おぉ…すげぇ……」


 一連の美しいかつ強烈な魔法に、僕は思わず感嘆の声を漏らした。

 周囲にも見惚れている美少女たちがチラホラいる。


 サーシャ先生は解説を続けた。

「いいお手本をありがとう、フロレンティナ。このように、まずは辺りに強風を起こし、次に集約。そして最後に放出という流れで、このような強力な魔法へと発展します」


 さらに、先生は続けて生徒たちに指示を出した。

「まずは、自分の周りで強い風を起こしてみてください。強力な技の土台となるのは、結局、こうした地道な基礎訓練なのです。

 もしムリなくできるようであれば、その後で、応用的な技にも各自挑戦して下さい」


 ついに始まってしまったか…。


 僕は、ここで傑財の魔法騎士らしく振る舞わなければならない。


 だが、今の僕は必ずしも悲観的ではなかった。


 この風魔法をマスターすれば…いつでも美少女たちのハレンチな姿を拝める……。


 僕は、卑猥なモチベーションで、自らの限界を越えようとしていた……。





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