第29話 目覚めは美少女とともに

「チウッチウッチウ…」


 宮殿の外から聞いたことのないような鳥のさえずりが聞こえてくる。窓からは明るい太陽の日差しとみずみずしい空気が1日の始まりを告げるようだ。


 ん……?


 窓が、開いている……?


「うぅ…ん……」

 寝ぼけまなこで何かの違和感を捉えたが、僕は再びまぶたをギュッと閉じて、気にせずにもうひと眠りすることにした。

 なにぶん、昨日色々あって疲れていたのだ。


 仰向けに寝ていた僕は、左へと寝返りを打った。


 ん……?


 なんだか、左手が思うように動かない……?


 だが、いかんせん僕は眠かった。ボケっとした頭では何も考えてはいなかった。

 僕は、気にせずに睡魔に身を任せ続けることとした。


「ウフフ、可愛い寝顔ですこと…」

 誰かの声が…すぐ傍からした気がした。


 僕は、薄っすらと目を開けた。


 ………!


「ア…アストレア!」


 僕は、驚きのあまりがばっと上半身を起こした。


 見れば、今日も紫色のふわふわドレスに身を包んだアストレアが、僕の左手を握って、僕が寝ていたベッドの隣の椅子に座っていた。


「あら、起こしてしまいましたか?おはようございます」


「あ…ああ、おはよう…」


 ……じゃないよ!どこから入ってきたんだよ!

 起きたら隣に美少女がいるのは嬉しいけど、ちょっと怖いよ!ホラーを感じるよ!


 もしかして…窓が開いているのはアストレアの仕業か?

 前にも窓の外に張り付いていたことがあるくらいだから…窓から侵入してきたのだろう。


 僕がそう寝ぼけた頭で何とか考えを整理していると、僕の意識は早くもモノクロ世界へと


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 はっ…!

 気付けば意識はモノクロ世界にあった。


 な…朝から一体なんだんだ!?


 まだ起きただけだというのに…スキル【臆病者の白昼夢リスク・プリディクション】が発動した!?


「ガチャリ」

 起きた直後から幸先が悪そうだ…と思っていると、部屋の入口からティアラが入ってきた。

 今日は華やかにも真紅のドレスを身にまとっている。


「おはよー!…ってアストレア!?あなたたち、ナニしてるのよ!?」


 上半身を起こした僕と、隣で座るアストレアが見つめ合っている現場を目撃したティアラは、何かを勘違いしているようだ。


「いやナニって…ナニもしてないよ!?」

 僕は何とかこの場を取り繕うとした。

 だって本当に何もしていないのだから。

 ナニをしたいのは僕の方だ。


「ウフフ、勇者様はもう、私のモノですわ」

 アストレアがティアラを小ばかにするように言った。


 ……だからお前はティアラを煽るなぁああああ!

 ただ隣に座ってただけだろ!余計なことを言うんじゃないよ!


「な…どういうことよ……」

 ティアラの怒りは今にも頂点に達しそうだ!


「待ってくれティアラ!これは違うんだ!何かの間違いなんだ!」

 僕は、浮気現場を捉えられた亭主のような意味の分からない言い訳をした。


「ナニが、違うっていうのよ……」

 アストレアはもう我慢がならないとでも言うように、弓を引くモーションを見せた!

 まるでその姿は美しき天使のよう!だが、顔はいつも通りの般若の形相だ!


熾天使の炎矢フレイム・エンジェル・アロー

 瞬間、弓を引くような恰好をしていたティアラの手元に炎の弓矢が出現した!

 そして、素早く手を離し、炎の矢を僕に向けて放った!


「がっ…!」

 僕は、一撃で脳天を貫かれた!

 痛みを感じる間も、考える間もないほど一瞬の出来事だった!


「ち…ちがうんだ……」

 僕は、相変わらずよく分からない言い訳を続けながら、ベッドへと沈んだ……。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 はっ…!

 再び、僕の意識はモノクロ世界へとようだ。

 

 気付けば、視界は暗闇のまま。つまり、僕はまぶたを閉じているた。

 僕が寝ていたところまで、時間が戻ったようだ。


「ウフフ、可愛い寝顔ですこと…」

 、アストレアの声が隣から聞こえてきた。


 マ…マジかよ!?


 起きたら何もしていないのにティアラにヤられる展開なのか!?


 あまりにも早すぎる!起きた直後からヤるなんて鬼畜すぎる!


 くそっ…なんて世界…なんて世界観だ!


 ………。


 僕は、この後のことどうするべきか必死で考え始めた。


 さっきはここで起きたところをティアラに発見されて、ヤられてしまった…。


 ということは…ここは…。


 ………。


 ……寝ているフリをしよう…うん。


 勝手に部屋に入ってきたのはアストレアであって、さらに僕と彼女はただ隣に座っていただけなのになぜティアラがこんなにも怒っているのかよく分からなかったが、とにかく寝たフリでやりすごすことにした。


 授業で発言を求められて当てられたとき、寝たフリをしてやり過ごすのと同じである。

 嵐はいつかは去るものだ。


「ガチャリ」

 、ティアラが部屋に入ってきた。


「おはよー!…ってアストレア!?」

 そう…ここまでは同じ…だが、僕は寝たフリをしている…。

 これで、何かが変わるはず…だ…と思った直後、僕の意識はモノクロ世界へと


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 はっ…!?

 早くないか…モノクロ世界!?


 僕は、変わらず寝たフリを続けて様子を見ることにした……。


「あらおはよう、ティアラ」

 アストレアはうろたえることもなく、余裕の笑みでティアラに返答した。


「おはよう…じゃないわよ!一体…どうやって!?この部屋の入口周辺は私の感覚魔法で監視していたというのに…」


 ……え?そうだったの?

 入口、監視されてたの?なんのために?

 僕は、起きていることを悟られないように、動揺を抑えようとした。


「うふふ、私は皇族十側近第9位よ?そんな魔法にかかるわけなくてよ?第10位のティアラさん?」


 …だからお前はティアラを煽るな!

 その開いている窓から入ってきただけだろ!


「な…なによ…!早く出ていきなさいよ…!案内役はこの私よ…!」


「あら、でも勇者様は私のモノですわよ」


 なんだよ…さっきから言っている『私のモノ』って…!

 いつ僕がアストレアのモノになったんだ…!


「もう何を言っても無駄のようね…」

 ティアラはそう言うと両手を前に突き出し、ベッドの隣にいるアストレアに焦点を合わせた!


「ふふ、受けて立ちますわよ」

 アストレアも椅子から立ち上がり、臨戦態勢に入った!


 お…おい…2人とも……?


 ティアラとアストレアの間に位置するベッドに横たわる僕は、もの凄くイヤな予感がしていた。


 これは…マズいんじゃ…?


 だが、僕が危険を察知して逃げ出す前に、2人は戦いの火ぶたを切って落とした!


炎銃の四重奏フレイム・バレット・カルテット

双剣・炎の舞アナタの魔法は消しカス以下


 ティアラは、前方に突き出した両手から、数えきれないほどの炎の銃弾を打ち出した!

「ダダダダダ」

 その音はまるで音楽!四重奏のようだ!


 対するアストレアはどこから取り出したのか両手に双剣を握っている!


「シャシャシャシャ」

 そして、ティアラの打ち出した無数の炎の銃弾を双剣で弾いた!

 その姿はまるで舞を舞っているよう!まさに炎の舞だ!


 ………!!!


 僕は、2人の間に挟まれて、ティアラの流れ弾を右半身に、アストレアが双剣で弾いた弾を左半身に受けた!


「がぁああああああ」

 僕は悲鳴をあげたが、戦いの轟音にかき消されて何も聞こえなかった…。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 はっ…!

 僕の意識は元の世界へとようだ…。


「がぁ……!」

 僕の体は、体中を銃で打ち抜かれ、さらに燃やされたような痛みが走っている!

 

 この2人…まさに、混ぜるな危険だ…!


 少しでも一緒にいれば、ここが僕の部屋だろうが僕が間にいようが戦いを始めてしまう!


 アストレアもアストレアだ!ティアラを煽りすぎだ!

 魔法の名前でさえ『アナタの魔法は消しカス以下』ときっちり煽ることを忘れない!


 短気なティアラに煽りのアストレア…。


 寝ているフリだけでもダメだということか…!戦いの巻き添えをくってしまう…!



「ガチャリ」

 、ティアラが部屋に入ってきた。


「おはよー!…ってアストレア!?」


「うーんよく寝た!え!?ティアラにアストレア!?一体、どうして僕の部屋に!?」

 僕は、あたかもたった今起きたばかりだというクサい演技をしながら、ベッドから素早く立ち上がった。


「な!?私は…ホラ案内役よ案内役!別にアナタの寝顔を見たかったからじゃないからね!?」

 ティアラはなぜか慌てて言い訳めいた動作をしている。

 案内役だから起こしに来てくれたことぐらい分かっているが…。


「あら?私は勇者様の寝顔を拝見しようと先ほどからここにいますけど?」

 アストレアは相変わらず落ち着いている。


「さぁ2人とも!もう学校に行く時間なんだろう!?準備して行こう!」

 僕は、2人の戦いが始まらないようにイベントを先に進めようとした。

 さらにこっそりと部屋の扉に近付いていつ戦いが勃発しても逃げ出せるように態勢を整えた。


 ……すると。


「アナタ、もしかしてあの後結局そのまま寝ちゃったの?服そのままじゃない」

 ティアラが僕のしわくちゃになった青い装束を見て言った。


「あら?あの後って何ですの?」

 アストレアが興味津々といった顔で僕とティアラを見やった。


「フン、アンタになんか教えないわよ!勇者様にイイことをしてあげたんだから!」


 イイことって…あの悪魔的な親子丼を食べさせられただけなんだが……。


「イイことですって?羨ましいですわ、どうして私に言って下さらなかったの勇者様?」

 アストレアはそう言って僕の手を取った。


 お前は…多分イイことの意味を勘違いしているぞ?


「だから!アンタは離れなさいよ!」

 アストレアが僕に近付いた途端、ティアラの声が一層大きくなった!


 マズい…!再び僕の部屋が戦場と化してしまう!


「ちょっとシャワー浴びてくるわ!」

 僕は、巻き込まれる前に、そそくさと寝室から飛び出した…。



「ふぅ……」


 僕は、大きな浴室で、シャワーを頭から浴びながら、ようやく一息ついた。

 寝室の方からもその後大きな物音はしていないようだし、とりあえず束の間の平和は訪れているようだ。


「ったく…あの2人は……」

 冗談では済まされない。僕の命が毎度毎度キケンにさらされすぎている。いくつ命があっても足りたものではない。


「はぁ…今日もどうなることやら…」

 僕が、これから始まる悪夢を前にため息をついていると!


「ガラガラガラ」

 誰かが浴室に入ってきた音がした!


「なっ…!?」

 僕は全く予期していなかった展開に、驚いて後ろを振り向いた!


「勇者様?お背中を流してあげますわ」


 そこには……。


 そこには、タオル1枚を体に巻いたアストレアがいた……。



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