第28話 お残しは許しま炎

 ティアラが…僕を…彼女の部屋に呼んだ!?


 僕は、幾度も死を乗り越えてきたことが、ようやく報われるという喜びに満ちていた。


「さ、ここよ、入りなさい」


 ここが…ティアラの…部屋!!!!


 ティアラに続いて部屋に入ると、あまりの広さに圧倒された。


 これは…部屋というよりは家じゃないか?


 そう思えるほどに広かった。リビングだけでも短距離走の練習ができそうなくらい広いのに、まだ奥にはいくつも部屋がありそうだ。


 真紅の色が好きなティアラらしく、インテリアも赤系統でまとめられており、それが女の子らしい色あいや、大人っぽい高級感を程よいバランスで感じさせ、僕は鼻息が荒くなった。


 美少女の部屋だ!美少女の部屋だ!


 しかも…今日はもう2度目の女の子の部屋……。


 フロレンティナは僕を虐めるためだったとは言え、これは、もはやハーレムといえるのではないだろうか?


 少しでも時間があれば美少女たちが僕をとする現象は、勇者のそれと言っていい。


「何を突っ立っているの?こっちの部屋よ」


 僕は、感極まるあまり、いつの間にか放心していたようだ。


 さらに奥の部屋…?


 まさか…!?


 ベッドルームか!?


 やはり!ティアラはその気だ!


 完全に僕をにきている!


 僕は興奮しながら、慌ててティアラの後を追った。


 ……すると。


 ………。


 僕は、想像と違う部屋の様相に、一瞬自分の目が信じられなかった。


 あれ…?


 なんか、思ったのと違うぞ…?


 リビングの奥の部屋は、だった。


 キッチン…?なんで…?


 僕は、いまいちこの展開についていけなかった。


 ティアラと偶然廊下で会ったのもいい。ティアラの部屋に呼ばれたのもいい。


 なんで…キッチン?


 この流れは寝室でイチャイチャするパターンじゃないの?


「立ってないでそこに座ったら?」

 ティアラは食卓と向かい合うタイプのカウンターキッチンの厨房側に立っている。


 座れとは、食卓に座れということだろう。

 僕は、素直に彼女の言葉に従って座った。


 な…なにが始まるんだ…?


 僕の頭にクエスチョンマークが浮かんでいると、ティアラは言った。

「何をボケっとしてるのよ。夕食を作ってあげるわ」


 ……!?


 マ…マジか!?


 ティアラが…夕食を作ってくれるだって!?


 そんなことがあるのか!?


 嬉しい!嬉しすぎる!


 寝室でのイチャイチャ展開ではなかったとは言え、ティアラのような美少女に夕食を作ってもらえるだなんて、そんな幸せがあるのか!?


 僕は、期待こそ裏切られたものの、十分嬉しいご褒美にテンションが上がった。


 ……だが。


 だが、僕は大変なことに気がついてしまった。


 僕は、既にお腹がいっぱいだ……。


 くっ…なんてことだ…こんなことならラドビア食堂なんて寄るんじゃなかった……。


 僕は、ティアラには本当に申し訳なかったが、外で食べてきたので実はすでにお腹いっぱいだということを伝えようとした…そのときだった!


 僕の意識はモノクロ世界へともっていかれた…。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 …はっ!

 気付けば僕の意識はモノクロ世界にあった。


 スキル【臆病者の白昼夢リスク・プリディクション】が発動したようだ。


 な…なんだ?


 僕は他で食べたからもうお腹がいっぱいだと言おうとしただけ…はっ!


 僕は、自分が今しがた犯した失態に気が付いた。


 くそっ…油断していた……!


 彼女の料理を食べきらないと、それは侮辱にあたるのか!?


 それとも、実は学校で居残りで魔法の特訓なんかしていなかった事が露顕するからか!?


 ティアラの部屋に入った興奮で頭が働いていなかった!


「ちょっと…他で食べたってどういうことよ…」


 見ればティアラはカウンターを挟んだ向こう側で体を小刻みに振動させている!


「アナタが居残りで頑張ってるから、私も何かしてあげたいと思って、料理を作ってあげようと思って待ってたのに……!

 まさか他の女の子の家とか行ってご馳走になってたとか言わないわよね!?」


 ……!?


 なんか…想定していた怒り方と微妙に違う!


 お腹がいっぱいで食べれないことでもなく、実は居残り訓練などしていなかったことでもない!


 が問題のようだ…!


 僕は、何とか言い訳を試みた。

「違う!他の子の家で食事なんてしていない!本当だ!」

 そうだ!本当だ!

 確かに、フロレンティナの家には行った!だが、食事はラドビア食堂で取った!それも相手はペイジ!男だ!


 僕はいい訳をしながら、ティアラがなんでそこに怒っているのかよく分からなくなっていた。


 僕は…何に言い訳をしているんだ?


 だが、ティアラは怒りのあまり僕の言葉が全く耳に入っていない様子だ!


「私をないがしろにするなんて…こんな侮辱は初めてよ!」


 ないがしろ…?


 僕はティアラが言っていることを理解できていなかったが、彼女は構わず続けた。


「出でよ世界で最も美しき炎の宝石!凝炎宝フレイミナル・ジュエリー!!!」


 彼女がそう唱えると、眼前に燃え盛る炎が現れた!だが、それはすぐにビー玉サイズに凝縮された!

 まるで小さな太陽のように熱と光を発する宝石のようだ!


 そして、その宝石は真っすぐ僕の胸に刺さった!


「がっ…あぁ……」


 小さい玉が胸に入っただけなのに!胸が!肺が!喉が!全身が燃えているような感覚だ!


 胸の中心から全身に伝わる痛みを感じていると、ティアラは言った!


膨張エクスパンジョン


 次の瞬間、胸の痛みがスッとなくなったと思うと、全身が炎に包まれた!凝縮されていた炎が膨張し、僕の全身を焼き尽くしているようだ!


「がぁああああああああ」

 僕は、体の内側から外側から焼き尽くされた……。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 はっ…!

 僕の意識はモノクロ世界へと


「がっ…」

 僕の全身が燃えるように熱い!喉が焼けているようだ!


 くっ……。


 いまいちティアラが何に怒っているかは分からなかったが、とにかく彼女を刺激するような言葉を口にしたらマズい!


「何をボケっとしてるのよ。夕食を作ってあげるわ」

 ティアラが僕に話しかけると、僕は言った。


「ありがとう!実は夜遅くまで居残りで頑張ったせいで、お腹がペコペコなんだ!真っすぐ宮殿に帰ってきてよかったよ!」

 僕は、ティアラの怒りポイントを掴めていないので、とりあえず怒りそうなポイントの全てを否定してみた。


「そうでしょうね」

 ティアラは返事や表情はぶっきらぼうだが、何となく雰囲気は嬉しそうである。


 よかった…何とかに済んだ…。


 何だかよく分からないが、とりあえず助かったと、僕はホッと安堵のため息をついた。


「さて、作るわよ」

 ティアラはそう言うと、キッチンの下の物入れからエプロンを取り出して身に着けた。


 ……!!!


 か…かわいい……!


 彼女は部屋に入るときにブーツからスリッパに履き替えていた。


 今や真紅のミニスカートにエプロンという組み合わせに変化していた。


 待て待て待て待て!


 か…かわいすぎるぞ……!


 着替えると、すぐにカウンターの奥に戻ってしまったが、胸から上は座ったままでもよく見える。


 なんだ…?ティアラがまるで僕の奥さんのようだ……。


 僕は、エプロンをするだけで女性をこんなにも愛しく思うことを初めて知った。


 ティアラはまさに真剣そのものと言った表情で料理をしている。


 カウンターの前に仕切りがあるために手元で何を作っているのかまでは見えないが、彼女の表情から、きっと相当に力の入ったものを作ってくれているに違いない。


 僕は、真剣に僕のために夕食を作ってくれているティアラを飽くことなく眺めていた。


 ………。


「さ、できたわよ。たくさん食べてね」


 彼女はエプロン姿のまま、テーブルにを置いた。


 こ…これは……!


 僕は、の衝撃から言葉が出なかった。


 僕が衝撃から震えていると、彼女は言った。

「ふふ、私の得意料理、よ」


 僕の前には、数時間前にも見た光景が広がっていた。


 長いサンマと…ぴちぴちと飛び跳ねる小魚……。


 ………。


 …イヤどうしてだよぉおおおおお!!!


 なんでまた!親子丼が出てくるんだよぉおおおおお!!!


 この国は!親子丼しかないのかよぉおおおおお!!!


 そしてもう一度!言わせて欲しい!!!


 親子丼は!鶏の親子だ!魚じゃねぇええええ!!!


 そして!せめて小魚の息を止めてからどんぶりに乗せてくれぇええええ!!!


 ハァ…ハァ……。


 僕は、既視感しかないどんぶりと、再び向き合うことになった。


「ぴちぴちぴち」


 小魚たちは、相変わらず僕の気も知らないで元気に飛び跳ねている。


 マズいな…。


 ただでさえ満腹状態だというのに、ここで再び親子丼か…。


 この小魚、口に入れ、喉を伝い、胃に入る過程の全てで食感が気持ち悪すぎるんだよな…。


 だが…この放火魔のティアラを前にして、いかなる理由であれ、残すことは許されないだろう……。


 もし少しでも残せば、『』を喰らうに違いない……。


 何ということだ…。


 この世界では…食事をするだけでも命がけなのか…。


 ティアラの方をチラリと見ると、僕が食べ始めるのを今か今かと目を輝かせて待っている。


 くっ…せっかく…ティアラが作ってくれたんだ…漢を見せろ郁人…!


 ここが!今日最後の関門だ!ここを切り抜けて!今日を生き延びろ!


「おぉおおおお!」


 僕は自らを鼓舞するように叫びながら食べ始めた!


「あら、そんなに声を出すほど美味しかった?」

 ティアラは何かを誤解して嬉しそうな様子だ。


 僕は、目にも止まらぬ速さで食べきった!時間にすれば1, 2分程度だっただろう!


「ウップ…」

 一気に飲み込んだからか、ラドビア食堂で食べたときよりも、小魚たちが胃の中で暴れまわっている気がする。


 胃の壁がチクチクとするが、小魚が飛び跳ねているのだろう。


「食べるの早いわね、よかったわ、よろこんでもらえて」

 ティアラは心なしか顔が赤くなっている!


「ああ、美味しかったよ」

 僕は、何とか正気を保って返事をするが、今にもどんぶりへとリリースしそうだ!


「ウプ…じゃあ、今日はありがとう、ティアラ。夕食を作ってくれて本当に嬉しかったよ…。また、明日も朝早いんだろう?僕はそろそろ部屋に戻って寝るよ」


 そう言うや否や、僕は素早く席を立ち、駆け出さんばかりにティアラの部屋を出た!


「ちょ…ちょっと!?」

 ティアラが引き留めようとしているようだが、僕はお構いなしに逃げ出した!


「なによ、そんなに急がなくたって…もっとゆっくりしていけばいいのに…」

 僕は、胃に入れた小魚を吐き出さないように集中していてよく聞こえなかったが、帰り際、ティアラが小声で寂しさの混じる声でそう呟いたような気がした。



 僕は、ティアラの部屋を出て全力で走った。自分の部屋の場所が分からなかったので、とにかく外に飛び出し、茂みに駆け込んだ。


 そして………。


 そして、先ほど飲み込んだ小魚たちをリリースした……。


「ゲホッ…ゲホッ……」

 僕は、再び胃液とともに元気に飛び跳ねる小魚たちと向き合った。


 僕は、もしかしたらこの小魚たちのために死ぬのかもしれないな、とふと思った。


 僕は、何とか体調を整えると、広すぎる宮殿をさまよいにさまよった挙句、1時間ほどかけて自分の部屋へと到達した。


 時刻は既に零時を回っており、僕は今日の出来事を回想する間もなく、ベッドに倒れこみ、気を失うように眠りへと落ちていった……。

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