第27話 フリーター系勇者
僕は、『魔道具K’sショップ』で、魔力がなくとも魔法が使えるという魔法石なるものの存在を知った。
この国では、金で魔法を買うことができるらしい。
僕は、この魔法石によって、今や死刑場と化している魔法学院でうまく立ち回れるのではないかという期待を抱いた。
……だが。
僕は、重大なことに気が付いてしまった。
「俺、金なかったわ……」
思い返せば、召喚してから部屋や食事など生きる上で最低限のものは与えられていたが、お金は一切もらっていない。
なんて不親切な世界だ…。勇者って貧乏なの?
不覚だった…勇者が貧乏だなんて聞いてないぞ…。知っていたら勇者になりたいなんて思わなかったのに…。
そういえば、勇者ってどうやって日銭を稼いでいるんだろう?
「なぁペイジ、この世界ではどうやって魔法石を買うためのお金を稼ぐんだ?」
「あぁ、郁人、お前…金もないのか…」
ペイジは僕に憐れみの目を向けて、しばし考えてから言った。
「そうだな…まぁ考えられるのは、ギルドに加入して街の外を闊歩する魔物を狩るか…」
「なるほど…!魔物も金になるのか…だが、僕はティアラにこの街から出ることを禁じられている身だ…それに、僕に魔物を倒せるとは思えない…」
「まぁそう急ぐな。まだ先はあるんだ」
ペイジは一呼吸おいて、言った。
「アルバイトをするっていう手がある」
「ア、アルバイトだと…!?」
僕は、その全く予期していなかった答えにあっけに取られてしまった。
アルバイト…を勇者がするのか!?
魔法が使えない、金もない勇者は、アルバイトをしなければならないのか!?
おいおいおい!?
アルバイトをする勇者なんて聞いたことがないぞ!?
僕は、その最も現実的な選択肢に身震いさえした。
そんな…そんな少年の夢を壊すような勇者がいていいわけが、ない…!
「なんだ?アルバイトしたいのか?いい仕事紹介してやろうか?」
だが…だが!
だが…アルバイトをしなければ金が手に入らない。金がなければ魔法が使えない。魔法が使えなければティアラにヤられる…!
かといって魔力のない僕に魔物を狩れる気がしない…!
ならば…一つしかないじゃないか…。
僕は、少年たちの夢想するあらゆる希望と期待を打ち砕くセリフを発した。
「あぁ、金が欲しい。だから、アルバイトをしたいんだ」
「おぉ分かった!ちなみにどういう仕事がいいんだ?」
どういう仕事、か…。
僕は少しだけ考えて言った。
「僕にはとにかく魔法石が必要だ。だから、できるだけたくさんの金を稼げる仕事がいい。もちろん、僕のキャパシティでできそうなやつでな」
「なるほどな。じゃあ明日までに探しといてきてやるよ!どうせ明日もフロレンティナ様に連れて来られるんだろう?その後で紹介してやるぜ」
くっ…これで、フリーター系勇者となったのか…。
僕は、その夢なんてどこにもありはしない現実に打ちひしがれえていた。
そんな項垂れていた僕を励ますように、ペイジは言った。
「よし!じゃあ郁人がアルバイトを始めるってんなら、今日のところは俺が一つだけ魔法石を買ってやろう!」
……!!!
「マ…マジで?」
「あぁ!金が入ったら今度は俺に奢ってくれよ?困ったときはお互い様だろう?」
ペイジは僕に頷いてみせた。
ペイジ…いい奴だ…。
やはり…持つべきものは友か……。
僕がいたく感銘を受けていると、ペイジはひょいと魔法石を選んでケイさんに渡した。
「これ、買うよケイさん。郁人へのプレゼントなんだ」
「はは、そうなのか。じゃあ悪いけどいつもの頼むよ」
いつもの…?
僕が疑問に思っていると、ペイジは指でカウンターの上に何やら文字を書いた…ように見えた。
その文字は…『π』…か…?
ペイジの挙動が早すぎてよく見えなかったが、確かに『π』と書いた気がした。
なんで、『π』…?
僕が首をひねっていると、ペイジは魔法石を僕に渡した。
「じゃあ明日も頑張れよ?俺も金を持っている訳ではないから、あんまりいいものは買えなかったけどな」
「いや、大丈夫だ。本当に助かるよ。で、ちなみに何を買ったんだ?」
「ハハハ、それは使ってのお楽しみさぁ。困ったら使ってみなよ」
……!
何かは教えてはくれないのか…!
何の魔法が出てくるか分からないのは、めちゃめちゃリスキーじゃん…!
「あ、俺そろそろ戻るわ。あまり長く外出していると怒られちゃうからな」
「お、おい…!」
僕は何とか何を買ったのか聞き出そうとしたが、ペイジは颯爽と走ってフロレンティナの家の方へ走っていった。
「マジか…」
僕は、明日の学校での授業の不安が消えないまま、魔法石をポケットに入れて宮殿へと帰路についた。
§§§
僕は、宮殿のモスク風ドームを目印にして何とか宮殿までたどり着いた。
そして、高くそびえ立つ門をくぐり、宮殿内へと入った…。
……すると。
「やけに遅かったじゃない?」
声をする方を見やると、廊下の少し先に見慣れた顔の持ち主が立っていた。
「ティアラ……!」
なんだ…?出迎えてくれたとでもいうのか…!?
いや…さすがにないよな…もう夜も遅いし…。
「別にアナタを待っていた訳じゃないのよ?
偶然アナタの部屋の前を通りかかって、まだ帰ってない様子だったから、宮殿で迷子になってるんじゃないかと思って、感覚魔法で、アナタのことを探した訳じゃないのよ?
たまたま通りかかっただけ!偶然よ偶然!」
や…やけに具体的に否定するな……。
感覚魔法っていうと…センサー的なものを宮殿内に設置したのか…?
まぁ僕もティアラがわざわざ待ってくれていたとは思わないけれど…。
「まぁいいわ、ついてきなさい」
僕が彼女の発言にしっくりこないでいると、彼女はそう言ってさっさと歩き始めた。
お、おぉ…なんだかよく分からないけど、部屋まで案内してくれるみたいだ…。
僕は巨大な宮殿で実際に迷子になりかけていたので、ティアラが部屋まで連れて行ってくれるようで助かった。
僕も、小走りでティアラに追いつき、一緒に歩いた。
………。
………。
………。
なんだ…いやに遠くないか……。
確か、僕の部屋のある別館と、先ほど通った門はそれほど離れていなかったはずだ。
僕は、どこへ向かっているのか不安になり、恐る恐るティアラに伺った。
「なぁティアラ…どこに向かってるんだ…?」
するとティアラは前を向いたまま僕には顔を向けずにぶっきらぼうに言った。
「私の部屋よ。文句ある?」
……!!!!!
ティアラの…部屋…だと!?
僕は、その言葉が真のものか信じられず、つい頬っぺたを強く握った。
夢…じゃない…。
なんだ!?なんだ!?なんなんだ!?
なぜティアラは僕を部屋へ連れて行くんだ!?
外はもうずいぶんと暗くなっており、眠りに落ちる人がちらほら出てくるような時間帯である。
おいおいおい!?
こんな夜更けに女の子の部屋だなんて、ヤることはアレしかないじゃないか!?
僕は改めて前を歩くティアラを眺めた。
服装は昼間から着替えておらず、動きやすいカジュアルな服のままだ。白銀のブーツに真紅のミニスカートがなんともエロい組み合わせだ。
つ…ついに来たのか!?
僕は、召喚された昨日、そして魔法学院に行った今日と、たったの2日間で数えきれないほど生死の狭間を行き来したことを回想した。
僕は…こんなにも苦労したんだな…頑張ったんだな……。
思い出せば涙が止めどなく流れてきそうである。
いいじゃないか…もう…報われたって……。
僕は溢れてきそうになる涙を何とかこらえながら、ティアラの後を付いて行った……。
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