第26話 魔法を金で買う勇者

 僕は、どんぶりの上で無邪気にぴちぴちと飛び跳ねている小魚と対峙していた。

 この気持ちの悪い小魚を平らげなければ、ラドビアさんから『お残しは許しま拳』を喰らい、僕の頭は四散することとなる。


 くそっ…なんだよその展開…。


 僕は恨みがましい顔でペイジを睨んだ。彼はとっくに美味しそうなステーキを完食していた。


「ん?どうした?」


「ペイジ…この店では完食しないとオバチャンにしばかれることくらい教えといてくれよ…」


「あ、言ってなかったっけ?うっかりしてたな。ハハハ」


 笑いごとじゃないぞ…。


 美少女でもないオバチャンにヤられる勇者になんてなりたくないからな…。


 僕は、覚悟を決めた。味を、食感を感じる前に、一瞬にして食べてしまおう。


 僕は、嗅覚を封じるために、大きく息を吸って、息を止めた。


「おぉおおおおお!」


 そして、一気呵成に大量の小魚を口に含み飲み込んだ!


「おぉ…さすが…勇者様だ…勇敢だわ…」

 ペイジはのんきに爪楊枝で歯の掃除をしながら、変なところに感心している。


「うげぇっ…」

 小魚が!舌の上で!喉で!胃で!飛び跳ねている!


 僕は何度も吐きそうになりながらも、水で小魚を流し込んだ。


「うっぷ…早く…店を出よう…戻すかもしれない…!」


 僕は必死にペイジを急かして勘定をさせて、急いで外に出た。


「うっ…うっ…おぇええええ」

 僕は、結局気持ち悪さに耐えきれず、店から1ブロックも離れていないところで、先ほど飲み込んだ小魚のほとんどを吐き出した。


 まだ一部の小魚は相変わらず地面でぴちぴちと元気に跳ねている。


「だいじょうぶか?よく耐えたよ。あれは地元の俺たちでも食べれたものではないからな」

 ペイジは僕の背中をさすってくれた。


「あ…ありがとう…」

 僕は、何とか気を持ち直し、いくらか気分がラクになってきた。


 なんでこんな目に合わなければならないんだ…とすっかり意気消沈していた僕に気遣ってか、ペイジは言った。


「よし!じゃあ郁人の気分転換に俺がいいところに連れていってやろう!特別だぞ?」

 

 ペイジは僕の手を取ってグイグイと進んでいく。


「お、おい…?どこへ…?」


「いいから来いって!きっと気に入るさ」


 僕が気に入る場所…?


 一体、どこだろう…?


 ……まさか!?


 か……!?


 待て待て待て!僕はまだ16歳!未成年どころかバリバリの高校生だ!

 法律とかそういうのに引っかかるだろう!?


 いや待てよと僕は考え直した。


 ここは…異世界…ローザ王国…国どころか世界が違うんだ…風俗に行っても…捕まらないんじゃないか?


 そうだ…そうに違いない…!


 僕は、今夜、風俗で童貞を捨て去るのだ!


 僕は、卒業の場所が異世界の風俗というのも、オツな気がして悪くはない気分だった。


「お、着いたぜ!」

 ペイジが急に歩を止めたため、妄想を膨らませていた僕は勢いあまって彼の背に衝突してしまった。


 こ…ここは……!


 僕は、店の看板を見上げた…。


『魔道具K’sショップ』


 ふ…風俗…じゃない…だと!?


 僕は、自らの予想が裏切られた現実を受け入れられなかった。


「ペイジ…お前…全然分かってないじゃん…」

 僕はペイジを非難するように言った。


 だが、ペイジはそんな僕の思考は全てお見通しという感じだった。

「さては風俗にでも連れて行ってもらえるとでも思ったのか?ハハハ郁人らしいぜ。風俗は今度連れて行ってやる。今日は、ここK’sショップさ。きっと気に入るぜ」


 今度…連れて行ってもらえる…だと!?


 僕は、その日が来るまで何としてもこの不条理な世界で生き延びようと決意を固めた。


 僕とペイジは店の扉を開け、店内へと入った。


 ほぅ…。


 まだ転生されてからこうしてまともにお店に入ったことがなかったので、それなりに驚きを持って商品を見つめた。


 店内には、鎧や刀などの武具を始め、何かの薬草と思わしき植物類や、回復薬らしいビンに入った薬品、それに手の平サイズの透明でキレイな石が陳列されていた。


「よっケイさん。ご無沙汰です。」

 ペイジはこの店のオーナーらしき男性と話をしていた。

 どうやらケイさんという名前らしい。がっしりとした長身のお兄さんという印象で、顎に蓄えた無精ひげがなかなかダンディである。


「ケイさん。コイツは新人勇者様の郁人だ。なかなか見どころがあるからよくしてやってくれよ」

 ペイジが僕の背をグイと押してケイさんに紹介してくれた。


「よろしく、郁人君。私はこの店の店長をやっているケイだ。ごひいきにお願いします」


「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします…!」


 僕は思いがけずケイさんが丁寧な男性であったことに驚いて挨拶を返した。


「いいものはあまりないが見て行ってくれ」


 僕は、そう促されて店内の商品を見回していると、ペイジが言った。

「おいおいこっちだ郁人。これが、お前の欲しいものだろう?」


 ペイジの傍に寄ると、彼は透き通るような透明の石を手にしていた。


「なんだ…その石は……?」

 僕が聞くと、ペイジは得意気な顔をして言った。


「聞いて驚くな…?これは、魔法石さ」


「ま…魔法石…?」


「そうさ。石に魔法が閉じ込められているから、魔法石っていうんだ」


「石に魔法が…?」


 こんな石に、魔法が入っているってどういうことだ…?

 僕がペイジの言葉に半信半疑でいると、彼は店長のケイさんに言った。


「ケイさん、郁人に試させてやってくれよ。試用品あるだろー?」


「あぁ、そうだな。初めてだと少し戸惑うかもしれないな」


 ケイさんは、ゴソゴソとカウンターの中で何かをひっかきまわし、魔法石を一つ持って、僕に渡した。


「じゃあ、それを店の外に向けて使ってくれ。今から使うぞって念じるだけで使えるスグレモノなんだ」


 どういうことだ…?


 僕はいまだに仕組みも分からず疑問しかなかったが、とにかく使ってみることにした。


 僕は、魔法石を店の外に向けて、魔法よ発動しろっ…!と念じた。


 ……すると。


「お?ぉおお?」

 突如目の前の空間に、水でできた20cmほどの玉が出現した。さらにフワフワと浮いている!


「なんだ?どういうことだ?」


「分かったか?魔法石を持っていると、魔力が仮になくとも、魔法を使っているかのように振る舞えるんだ。

 それに、この魔法石は出回っている量が少ないからな。そうそうバレないと思うぜ」

 ペイジが得意そうに教えてくれる。


 それは…めちゃめちゃ使えるじゃないか!?


 魔法の使えない僕でも、この魔法石を持っていれば、こうして魔法を使えるフリができる!


 そうこうしているうちに、効力を失ったのか、宙に浮いていた水玉は地面に落下した。


「まぁ、使用品だからその程度だが、他の商品はもうちょっとちゃんとした魔法が使えるよ」

 ケイさんもカウンターから声を張って、僕に教えてくれた。


「なるほどな…」


「だから、気に入るって言っただろ?もしかしたら、魔法苦手で、学校で苦労しているんじゃないかなって思ってさ」

 ペイジは手で鼻を擦って相変わらず得意気だ。


 やはり…バレていたか…。


 だが…これは本当にありがたいな…うまく使えれば、何とか立ち回れるかもしれない……。


 僕は、ペイジに心の底から感謝した。

「ありがとうペイジ。実は、君の言う通りなんだ。これで、なんとかやっていけるかもしれない」


「そうだその意気さ郁人。この国では魔法を金で買えるんだ。うまくやれよ。

 魔法学院で僅かに存在する男子生徒は大体金持ちの坊ちゃんで、実は魔法石を使っているってこともあるからな」


 そうだったのか…。他のクラスの男子たちは金にものを言わせて魔法を使っていたのか……。


 これは…うまく使えばこの世界を生き抜く大事なカギとなりそうだ…。


 このとき、僕はとなる決心をした。

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