第25話 お残しは許しま拳
僕とペイジは、夜のハルジオン中心街を並んで歩き、飲食店の立ち並ぶ繁華街へと入っていた。
表通りには、客を奪い合うようにして所狭しとお店が並んでいる。さすがに異世界とあって、僕の知っているレストランとはいささか趣が異なっているように思える。
「どこに入るんだ…?」
僕がペイジに聞くと、彼にはどうやらお目当ての店があるようだった。
「あぁ、もう着くさ、お、ここだ」
店に掲げられている看板には、『ラドビア食堂』とあった。
周りにはもっとオシャレそうなお店もあったが、ここはどうやら庶民向けの大衆食堂のようだ。
「安くて悪い。でも、俺の安月給じゃこういうところしか来られないんだ。勘弁してくれよな」
ペイジは頭をポリポリとかきながら、ラドビア食堂の扉を開いた。
僕も、そんな見栄を張らないペイジに苦笑いしつつ、あとに続いた。
「いらっしゃい!」
店の厨房から女の人の太い声が響いた。料理をする手を止め、僕たちに近付いてきた。
彼女はよく言えばふくよか、という体型で、かなり大柄な女性だった。
大きなエプロンを身に着ける姿はまさに大衆食堂のオバチャンと呼ぶにふさわしいだろう。
この店を1人で切り盛りしているのだろうか、料理も接客もこなしているようだ。
「えっと…2名様だね?空いてる席に座ってくださいな」
見れば、小さな店にも関わらず、席のほとんどは埋まってしまっていた。客の多くは男性の肉体労働者風の人たちで、きっと安さを売りにしているこの店の常連さんなのだろう。
僕とペイジは何とか2人掛けの席を見つけると、早速メニューを開いた。
すると、メニューには僕の見たことのない言葉がズラっと並んでいた。
『メンカブとバジナの炒め物』
『ジャロタイガーステーキ』
『アナト産バンジリ盛り』
………。
街を歩いているときにうすうす予想していたが、僕には全く馴染みのない食文化のようだ。
何が出てくるのか予想のつかないメニューと眉を寄せてにらめっこしていると、ようやく見慣れた物を発見した。
『親子丼』
おぉ…親子丼か…日本の和食とはなかなか気が利く店じゃないか…。
「決まったか?注文するぜ」
僕はペイジに親子丼に決めたことを伝えると、彼は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐにラドビアさんに注文してくれた。
料理が出てくるのを待っている間、僕はローザ王国について色々ペイジに聞いてみることにした。
「なぁペイジ。いくつか聞きたいことがあるんだが…いいか?」
「おぉもちろんだ。なんでも聞いてくれ」
「なぜこの国にはこんなに美少女が多い?魔法学院でも街を歩いていても思うんだが」
僕が転生されてからずっと疑問に思っていたことを聞くと、ペイジは笑い始めた。
「ハハハ、さすがに郁人は女のケツばっかりみてらぁ」
「違う、僕はお尻よりおっぱい派だ」
僕が大事なことを訂正すると、彼はお腹を抱えて笑った。
「ハハハハ…そうだよな…悪い悪い…。確かにこの国には美少女が多いが、別に理由なんかないんじゃないか?」
「そうか…まぁそういうもんか…」
僕は、家族旅行で一度だけスペインに行った際に見たスペイン女性たちは確かに美人しかいなかった。僕は、そういうものか、と妙に納得した。
「だが…この国に男が少ない理由ならわかるぜ?」
男が…少ない?ずっと美少女ばかり追っていて気が付かなかったが、確かに街を歩いていても、魔法学院でも男性が女性よりも、極端に少ない気がする。
「確かに…。それはなんでなんだ?」
「それはな…この国を魔王が支配し始めたのはつい20年前なんだ。ということは…20年前に人間と魔族で戦争があったってことだな。それで、当時兵士だった男たちが片っ端から殺されて、今や男性の人口が少なくなってしまったって訳さ」
この国にはそんな残酷な過去があったのか…。
僕のハーレムは、血塗られた過去によって作られているのかと思うと、複雑な心境である。
それに、とペイジは続けた。
「それ以降、俺たち男性の魔力が著しく低くなってしまったんだ。今や女性の方が魔法を使えて、この国で幅を利かせているのは女性になってしまったんだ」
やはり男性の魔力は低いのか…!
だから魔法学院でも魔導A級には男子が1人もいなかったのか…。
「理由は知らないが、たぶん、遺伝的な問題なんだろう。魔力の低い男からは魔力の低い男が生まれるんじゃないか?」
「なぁ、魔力が全く使えない男はいるのか?」
「いることにはいるな。でも、普通少しは使えるぞ?」
なっ…。
僕は、自分の圧倒的な才能のなさに驚きを隠せなかった。
この国の一般男性ですら…少しは魔法を使えると言うのに…勇者の僕は…一切使えない……。
「もしかして、郁人、お前……」
しまった…油断しきっていた!
ペイジがフロレンティナに、僕に魔力が一切ないことを伝えたら、何が起きるかわかったもんじゃない!
ティアラにまで伝わったら燃やされてしまう!
すると、ペイジが次の言葉を発する前に、ちょうど料理が運ばれてきた。
「はいよー!ジャロタイガーステーキに親子丼ね!」
ラドビアさんは、ドンと音を立てながらやや乱暴においてすぐに厨房へと戻っていった。
なっ……!
僕は目の前に置かれた料理を見て絶句してしまった。
確かに…親子丼…だ……。
だが…親子の意味が…違う!
運ばれてきたのは、サンマを引き延ばしたような50cmはあろうかという長い光物の魚に、シラスのような白い小魚が、どんぶりに溢れんばかりに載っていた。
………。
…親子丼っていうのは、鶏の親子のことで、魚の親子のことじゃねぇええええええええ!
しかも、こんなに長い魚にしたせいでどんぶりに乗り切っていない!
さらに、長い魚は焼かれている一方で、白い小魚の方はまだぴちぴちを体を震わせているではないか!?
おいおいおい!子供のほう生きてるんだけど!生かよ!キモいよ!
僕が運ばれてきた親子丼に衝撃を隠せないでいると、ペイジは言った。
「いや…珍しいよな親子丼頼むなんて…」
ペイジは美味しそうにジャロタイガーステーキを頬張っている。これは僕の知っているステーキと大差なさそうだ。
僕は、親子丼という馴染みのある名前に釣られて安直に注文してしまったことを後悔しながら、しぶしぶ箸を取った。
僕は、まず長めのサンマから食べ始めた。
うん…これは…悪くない…。
小食の僕には大きすぎるものの、味自体は焼き魚の範疇にある。
僕は、なんとか親の方を食べきり、次に子供の方へと食指を伸ばした。
ほっといたら死んでいてくれないかと思って後に回していたが、大量の小魚が今もどんぶりの上でぴちぴちと跳ねている。
これは…味以前に見た目がキモすぎる…!
僕は、ためらいながら、跳ねる小魚を捉え、口へと入れた。
……!
小魚が…口の中で暴れまわっている!
下の上でびちびちと跳ねる小魚を無理やり飲み込むと、喉でもびちびちと当たる感触がして、気持ちの悪さに危うく吐きそうになった。
コイツら…まさか胃で産卵なんてしないよな……。
僕は、食感の気持ち悪さと、胃の中での産卵という想像から、もはや1匹たりとも食べる気持ちにはなれなかった。
「ちょっと…僕はお腹いっぱいだからこのくらいでヤメにしとこうかな……」
僕は、そういって食事を切り上げようとした、そのときだった!
僕の世界はモノクロ世界へと、持っていかれた…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
はっ…!
ここは…モノクロ世界……!
なぜだ…僕は何をした?
襲われるような女性はいなかったはずだが……。
僕は、急にスキル【臆病者の白昼夢】が発動して、状況がつかめなかった。
「やめてくれ!コイツは知らなかっただけなんだ!俺が言い忘れていたのが悪かったんだ!」
何やら叫び声がする。見れば、ペイジが声をあげているようだ。
なんだ……?
………!!!!
見れば、ラドビアさんが、見るも恐ろしいような表情で僕を睨みつけて、その巨大な体躯をのっしのっしと言わせて近付いてきていた。
ペイジはラドビアさんを何とかなだめようとしているらしい。
「なっ……!」
僕は、ラドビアさんの僕を取って食わんばかりの鬼のような形相にすっかり腰が抜けてしまって、椅子に座ったまま立ち上がることができなかった。
「ワタシの店ではねぇ…お残しは許されないのよ……!」
ラドビアさんはそう言うと、僕の前に立ちはだかり、拳を引いて構えた!
「お残しは許しま拳!!!」
ラドビアさんは、引いた拳を、目にもとまらぬ速度で僕の顔面に打ち抜いた!
「パン!」
彼女の拳の一撃の重さのあまり、僕の頭蓋は痛みを感じる間もなく破裂した!
彼女は僕の頭を、文字通り打ち砕いたのだ!
「………!」
僕は、悲鳴を上げることすらできなかった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
はっ…!
僕は、元の世界へと戻ってきたようだ…。
僕の頭は、グワングワンと脳震盪を起こしたように揺れ、激しい頭痛に襲われた。
いってぇ……!
マジかよ…この世界では、食堂のオバチャンすら僕をヤるのかよ…!
しかもラドビアさんは、美少女でもなんでもないというのに…。
僕は、厨房で汗を流しながら料理をするラドビアさんのステータスを覗き見た…。
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ラドビア
【好きなヤりかた】殴殺
【発情スイッチ】残飯
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マジかよ……。
何という世界…。ごはんを残したら、食堂のオバチャンに、頭蓋骨が破裂するほどの強烈なパンチを喰らうだなんて……。
僕は、改めて世界の不条理を思い知った。
そして僕は、人の気も知らずに元気に飛び跳ねる小魚と向き合った。
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