第21話 僕は優等生です

「あー疲れた!それじゃー一緒に帰ろうかー!」

 ティアラが僕に言った。


 僕は、ティアラとアストレアとどうにかして別れて、フロレンティナの待つ正門へと向かわなければならない……。


 くっ……どうする………。


 用があるから先に帰ってくれと言っても、それは2人への侮辱や拒否にあたるだろう。そして焼き刺されてしまう。


 ……どうすれば、侮辱も拒否もしないで2人と別れることができるんだ……?


 しかし、断らずにどうやって2人を先に帰すというんだ!


 ここは、もう一度【臆病者の白昼夢リスク・プリディクション】を発動して、何かしら未来を見てヒントを得るか?


 モノクロ世界とは言え死んでも肉体的ダメージは蓄積するし、何より僕の精神がもたないが、ここは致し方がない。


 こい!発動しろ【臆病者の白昼夢リスク・プリディクション】!


 僕は、強く願った……!


 ……だが。


 何も…起きなかった……。


 くそっ!だからこの自動発生するシステムを改善して欲しい!



 ……どうする!?


 そもそも、これは僕からアクションを起こしてはいけない案件なんだ!


 なぜなら、『2人が一緒に帰りたい』と思っている限り、僕はそれを断る以外ないからだ!


 だから…だから……そう!


 例えば、2人から僕を置いて勝手に帰りたくなるようにしなければならない……!


「ちょっと?早く行くわよ」

 席を立ったまま動かない僕に、ティアラは苛立ち始めた!

 

 落ち着け……集中だ………。


 あと少しで…何か思いつきそうだ……。


 僕は、断崖絶壁の崖っぷちに立たされていながらも、脳内はめまぐるしく回転していた!


 自分を放っておいてほしいとき……僕は今までどうしていた……?


「ちょっと!本当にどうしたの!?早くして!?」

 ティアラの怒りは沸点間近だ。気性がかなり荒ぶってきている。もう一刻の猶予もないだろう。


 …………。


 僕は、目を瞑り、さらに集中を研ぎ澄まさせた。過去の経験を素早く回想していた。


 ………。


 そうだ………!


 コレが、この世界でも通じるかは分からない……!

 だが、自分を信じろ郁人!僕なら、僕ならやれる!


「ごめんっ!実は、ここで、こっそり居残りで魔法の練習をしたいんだ。ほら、今日は気絶しちゃってただろう?早く2人のように魔法をうまく使えるようになりたいし、それに、これ以上2人に迷惑を掛けたくないしね」

 僕は、教室のドアのところで僕を待つ2人に言った。


 2人は何か言おうと口を開きかけたが、僕はそれよりも早く言葉を継いだ。


「本当は、今日魔法がうまくできたのも、昨日徹夜して練習したからなんだ。2人を驚かせたくて、黙っていたんだけど…。また、明日も2人を驚かせたいから、今日は1人で練習したいんだ。この教室も、練習にいい場所だし、先生にも聞きたいこともあるしね」


 ……どうだ!?


 僕は、恐る恐る2人の顔色を窺った。もし、この発言が侮辱や拒否と捉えられたら、一巻の終わりだ。


 ティアラとアストレアは、全く予想していなかったのか、虚を突かれたような顔をしていた。


 だが、やがてティアラが口を開いた。

「……そういうことね。分かったわ。早く私たちに追いつけるように頑張りなさい」


「一緒に帰れないのは残念ですけど、居残りはいい心がけですものね。努力される勇者様もステキですわ」

 アストレアもどうやら納得してくれたようだ。


「じゃあ、また明日、部屋に迎えに行くわ。朝早いから、遅くなりすぎないように帰ってくるのよ?」

「ああ、分かっているよ。いつもありがとう、ティアラ、アストレア」


 まるでお母さんのようなセリフを残して、ティアラとアストレアは僕を残して帰っていった……。


 ………。


 ……あっぶねぇええええ!


 伝わってよかった!分かってくれてよかった!


 僕は、緊張のあまり、背中にびっしょり汗をかいていた。


 決まったな…僕の秘儀!【薄っぺらな仮面僕は優等生です】!!!


 説明しよう!

 【薄っぺらな仮面僕は優等生です】とは!


 自分がさもマジメな努力家のような行動をとるフリをすることで、『あぁ、それなら仕方がないわね』と思わせることである!


 そう!これを思いついたのは、ある日のことだった!


 僕がなけなしのお小遣いをはたいて買ってきたカラー写真付きのエロ本を自室で使としていたときだった!


 妹の玲菜がいつもの通りノックもしないで『お兄ちゃ~ん!』と僕にじゃれついてきていた!


 そんな妹も可愛い!

 だが、せっかく買ったエロ本を早く使いたくて仕方がない僕は、どうにかして妹を追い出さなければならなかった!


 それも、使用中のところを見られないために、しばらくの間、僕の部屋に入ってはいけないと思わせる必要もあった!


 その時思いついたのだ!


 この【薄っぺらな仮面僕は優等生です】を!!!


『ごめん、今、お兄ちゃんはテスト前で勉強をしなければならないんだ。ほら、毎回テストでは9割以上取っているからさ、まだテストは1カ月は先だけど、今のうちから、しっかり勉強をしなければいけないんだ』

『そっか…じゃあ、邪魔しちゃいけないね…私もお兄ちゃんを見習って勉強しよっと!』


 そう!これにより!『真面目に勉強するなら、仕方がないよね』……と妹に思わせることができるのだ!


『マジメに努力しているところを邪魔してはいけない』

 ついそう思ってしまう人の心理を僕は捉えたのだ!


 この秘儀は他のシチュエーションにも応用可能だ!


 例えば、空気抵抗を減らすために肌の露出が多いユニフォームを着ている陸上部の女子生徒が走る姿を覗いていたとき!


『おい、なぜうちの陸上部員の女子のことをそこの茂みから隠れて見ている!?』


(ゲッ…こいつはマズいところを見つかった…!しかもコイツはムキムキ教師!一度捕まったら最後、解放されるのは翌日ってことすらある……!ここは!)


『……黙って覗いていてスミマセン。来週、先生の体育の授業で、短距離走があるでしょう?そこで、どうにかしていい結果を残して先生に褒めてもらいたくて、こっそり陸上部の方が走る姿を見て研究していたんです……。どうしても先生を驚かせたかったから、隠れていましたすいません……』


『うむむ…そうか……授業のためだったのか……なら…しょうがないな……』


(かかったな……!)


 

 どうだ!これが!

 

 夜立郁人の生き様だ!


 数々の窮地を切り抜けてきた僕に、死角などない!!!



 さらに、今回の場合は、単に魔法の居残り練習をするというだけにとどまらない!

『2人に追いつきたい』『2人に迷惑をかけたくない』『2人を驚かせたい』と、できる限り2人のことを想って行動していると強調したのである!

 これは、僕の発言が間違っても侮辱や拒否と捉えられないためのケアである!


 完璧!完璧だ!


 やはり何かを極めた人は他のことも秀でるように!エロスを極めた僕は、この世界でもしぶとく生き残る底力を持っているんだ!


 これが…これこそが……!


「勇者!夜立郁人だぁああああああああ!」

 僕は、またしても華麗に死の窮地を切り抜けた自分に酔いしれ、誰もいなくなった教室で雄たけびを上げた。


「ああああっ!?」

 だが、突然、せり出した喉ぼとけがキュッと押し付けられた!


「がはあぁっ!」

 僕は激しくせき込んだ!


 ……なっ!


 なんと、フロレンティナに嵌められた首輪が徐々にきつく締まり始めている!


 そうだ!確か…彼女はこう言っていた!


『早く来たほうがいいわよ?遅くなりすぎたら、勝手にその首輪、締まるから』


 ………。


 ……いや早いよ女王様ぁああああ!

 もう少しくらい待ってよぉおおおおお!

 まだ!HRが終わって5分も経っていないよ!



 刻一刻と時間制限タイム・リミットは近付いていたようだ。


 僕が窒息死する未来は、すぐそばまで来ている。





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