第19話 首輪系勇者
「急いで!もう
ティアラは階段を1段飛ばしに駆け上がっていく。
僕は激しく揺れる彼女の真紅のミニスカートに気を取られて何度も足を踏み外しそうになりながらも、何とか付いて行った。
結局、授業つまらないからサボったとか言いつつ、こうして急いでいるあたり、存外マジメな子たちだよなぁ……。
他のクラスでプールの授業があるというだけで、授業を抜け出して屋上を陣取り、望遠鏡で女子生徒たちの水着姿を鑑賞していた僕にとっては、授業のサボリなんて日常茶飯事だったのだ。
先ほど僕の秘儀【
校舎広すぎて教室が覚えられないぞ……。
廊下がまるで迷路のように入り組んでいるのだ。
『あ、ちょうどよかったわ。そこに見えているトイレに寄りなさい』
……!
なんだ…この声は……?
『聞こえなかったの?トイレに立ち寄りなさい』
………!
誰かが僕の脳内に直接語り掛けている……?
空気を振動させて聞こえる音とは全く性質を異にする、鼓膜を介さずに脳神経が刺激されているような感じがした。
僕は、突如聞こえてきたその声にびっくりしてしまって、走る足に急ブレーキをかけた。
「どうかいたしましたの?」
アストレアが突然立ち止まった僕を振り返った。
僕は、少しだけどうするべきか悩んでから、言った。
「あー…いや、ちょっとトイレ寄ってから教室に行くね…。先に行っててよ」
なんとなく、イヤな予感がしたのだ。ここは、トイレに行くべきだ。
僕は、2人と別れてトイレに向かった。
……すると。
トイレの前では、フロレンティナが両の腕を組み、壁にもたれかかって、こちらを見て佇んでいた。
フロレンティナ…?
先ほどの声の主はフロレンティナか…?
どうりでやや命令口調だったわけだ……。
そういえば、僕が気絶する前に、何か話があるって言ってたような気が……。
一体、何だろう……?
この女王様には最初からイヤな予感があった。
妙に勘が鋭いところや、割と単純なティアラやアストレアと比べて何を考えているのかが読めないところに、妙な怖さを感じていた。
実は、まだフロレンティナにはヤられていないんだよな………。
フロレンティナは今日だけでもかなり長い時間を一緒に過ごしたはずだ。
それでもヤられていないというのは、この不条理な世界においては珍しいことだ。
僕は訝しみながら、フロレンティナに近付いた。
「さっきの声はフロレンティナ?どうしたの?」
「そうよ、私の通信魔法でアナタに直接話かけたの。少しだけ、アナタと2人きりでお話がしたいと思って」
フロレンティナも、もたれかかっていた壁から背を話して、一歩僕に近付いた。
………!
これは…もしや……。
告白……か?
僕と2人きりで話がしたいなんて、告白以外あるだろうか?
正直、分からない。女子と2人きりになったことも数えるほどしかないし、告白されたことがないから、そのシチュエーションも分からない……!
だが、この呼び出されて2人きりで…ってパターンは…告白ではないのか?
だが…僕はまだフロレンティナとは1日しか過ごしていないからな…さすがに早すぎる気もするぞ……。
いやでも…僕は…勇者だ……恋愛ステップを3段も4段も飛び越えてしまうこともあるかも……。
結局、僕は自分に都合のいいように思うことにした。
そう逡巡していると、フロレンティナは、僕から僅か半歩ほどの正面に立って、僕を見つめた。
ちかっ…!めっちゃドキドキするんだけど……!
僕は彼女の凛々しい黒い目から目を反らすことができなかった。
今や胸は高鳴り、ドキドキしながら告白の瞬間を今か今かと待っていた。
「今日は、私たち、一緒にたくさん過ごしたわよね?」
そうフロレンティナが切り出した。
「う…うん…?」
「最初の出会いは、試しの門。私は、アナタのために門を開けてあげたわよね」
そうだった。彼女は騎馬に乗り颯爽と現れ、軽々と巨大な門を開け放っていた。
それにしても…僕のために……?
もしかして、僕に魔力がなく、門を開けられなかったことに気が付いていた……?
僕が疑念を抱いていると、彼女はさらに続けた。
「次は、教室でアナタが鼻血を出してしまったとき。私は、アナタの出血を止めてあげたわよね?」
……そうだ。僕がサーシャ先生の淫らな姿に興奮して鼻血を出してしまったのだ。ティアラに見られたら燃やされるところだったが、その前に彼女が魔法で治療してくれたのだ。
「最後に、炎の融合魔法の授業。私は、アナタがさも炎を操っていたかのように見せてあげたわね」
……そうだ。僕が炎の華の前で、腕を燃やすか、ティアラに燃やされるかの2択を迫られていたとき、助けてくれたのだ。
……しかしなんだ?
なぜ彼女はそのことを振り返っている……?
僕は、ようやく告白ムードとは趣が違うことに気が付き始めた。
「さて、アナタは私に恩を感じているかしら?」
恩…?
それなら、感じすぎるほど感じている。
だって、僕は、今日だけで彼女に3度も命を救われているのだから。
「あぁ、もちろんだよ。フロレンティナは僕の命の恩人だからね」
僕が言うと、フロレンティナは、満面の笑みをたたえた。
「フフフ、それじゃあ、その気持ちを強く胸に思って?」
なんだ………?
僕は、今日の出来事を回想し、フロレンティナへの感謝を想った。
すると、彼女はスッとその細長い手を僕の首に伸ばして触れた。
……!?
な…なんだ……?
これは……キス…?
キスをしようとしているのか?さすがに早くないか……!?
僕が急な展開に動揺している中、彼女は唱えた。
「
僕の首から黒い光がパーッと輝いた。
な…なんだ……?
「フフフ、とてもお似合いよ、勇者様?そこに姿見があるから見てみたら?」
……ここは、トイレの前。等身大の鏡があった。僕は、言われた通りに自分の首元を見てみた。
「なっ…なに……!?」
一見すると薄くて何もないように見えるが、近くでよく見ると、黒い首輪のようなものが僕の首にはめられている!
「ウフフフ、説明してあげるわね。それは、私の隷属魔法よ」
「れ、隷属魔法……?」
「そう、これで、晴れてアナタも私の下僕となったの」
「……?」
僕は、言われていることがどういう意味か理解に苦しんでいた。
「フフ、分からない?じゃあ、試してあげるわ、お座り」
フロレンティナは、今日見た中で最も楽しそうな表情を浮かべて言った。
……!?
急に、僕は首元がキュッと締め付けられて、息が苦しくなった!
「がっ……!」
「フフフ、私の言った通りに早く座らないと、窒息しちゃうわよ?」
僕は、即座に廊下の地べたに座りこんだ。
すると、首元の締め付けは緩くなり、普通に呼吸ができるようになった。
こ…これは…!?
「分かったかしら?隷属魔法の意味が。
アナタは魔法をかけられたときに私に感じた恩の分だけ、これから私に従わなければならないのよ。そうしなければ、その首輪がアナタの首を絞めつけてしまうの。
だから、私がお座りと言ったら座らなければならないし、立てと言ったら立たなければならないのよ」
フロレンティナは、なおも廊下で犬のようにお座りのポーズを決めている僕を見下すように説明した。
……なんだって!?
隷属魔法!?そんな魔法が存在するなんて!?
僕は、死の窮地から3度も救われたことから、彼女に対して絶大なる恩を感じてしまっている!
ということは、僕はそれだけの恩を返すまで彼女に従い続けなければいけないのか!?
どうりで何度も助けてくれたり虫が良すぎると思っていた。
フロレンティナの狙いは僕に首輪を嵌めて弄ぶことだったのか!?
マズい…マズすぎる……!
これでは生殺与奪の権利すらフロレンティナに握られてしまったも同然だ……!
僕は、この時晴れて、首輪を嵌められた勇者となった。
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