第13話 束の間の休息

「それではみなさんもやってみましょう」


 ……!!!

 そうだよね……みんなもやるよね…イヤな予感しかしないぞ……。


炎華乱れ咲きフレミナル・フレス・アウト

 サーシャ先生が唱えると、僕たち一人ひとりの目の前に人間サイズの炎でできた華が現れた!


「あらステキな華。さすが先生ね」

 隣にいるフロレンティナが感嘆の声をあげた。


 いいんだよデザインなんか凝らなくて!

 そんなことより僕を助けてくれよ先生!


「それではみなさんも、先ほどのティアラと同じように実践してみてください」

 必死の願いもむなしく、サーシャ先生は、僕にとっては死刑宣告に等しいセリフを言った。


 マ…マジ?

 同じようにって…やっぱりこの中に…腕を入れるの?

 

 僕は目の前の空中でメラメラと燃え咲く炎の華を前にして、茫然としていた。


 僕は泣き出したかった。この場から逃げ出したかった。この瞬間が夢であって欲しいと切に願った。

 

 だが、現実は過酷だ。


「アンタ、まさかビビってんの?まぁ初めは怖いかもしれないけどさ。だいじょうぶよ、私がコツを教えてあげるわ」


 頼んでもないのに隣ではティアラがじっと見つめている…というか監視している。



 …コツなどあるか!

 3歩は離れているにも関わらず、その熱さで近付くことさえできない炎の華に腕を突っ込むバカなどいない。

 魔法の使えない僕は、あっという間に腕がただれ落ちてしまうだろう。

 というか、仮に魔法が使えたところで、いきなり腕を突っ込んで燃えない勇者など存在しないだろう。


 マジでこの世界は勇者をとする鬼畜ばっかりだ。


「そうねぇ、自分自身が炎だと思うことが大事ね。まずは気持ちからね」

 ティアラは僕の気も知らないで、アドバイスをしてくれているようだ。


 ……バカか!気持ちで炎になれるなら今頃みんな炎になってセルフキャンプファイヤーやってるわ!


 魔法の使えるエリートの戯言など何の役にも立たない。


 マズいぞ…。本当にどうしたらいい?

 こればかりは自分の力ではどうしようもないぞ…。


 スキル【臆病者の白昼夢リスク・プリディクション】も少し先の未来が見えるだけで魔法が使えるわけではない……。


 クソっ。八方ふさがりだ。


 火の華に腕を焼かれるか、ティアラに燃やされるか、か……。


 それなら、腕を焼かれるだけの方がマシか…?

 いやでも結局、魔法が使えないことがバレてティアラに燃やされるな……。


 おいおいおい、マジでここ死刑場だぞ!どうするんだよ!?


 …………。


 僕には名案など何もなかった。ただ、来るべきときが来ただけのことなのだ。


 ただの『びびりエロもやし』がここまで生き延びれただけでも十分だっただろう。


 ごめん、玲菜れいな……。お兄ちゃんは、ここで灰になるみたいだ……。

 


「ちょっと、何をグズグズしているの?私に恥をかかせるつもり?」


 隣ではみるみるうちにティアラの怒りが溜まっていく。


 ……ダメだ!なにも思いつかない!そしてティアラも我慢の限界だ!


 入れるしか、ない。


 僕は、ゴオゴオと轟音をあげて燃え盛る炎と対峙した。


 くそっ!入れてやる!入れてやるぞ!


「うぅううううおぉああああ!」


 僕は、覚悟を決めて腕を炎に入れた……!


 ……だが。


「ああぁっつつつぅううううう!!!!」


 あまりの熱さに、僕はちょこんと触ったか触らなかったか分からないくらいですぐに腕を引っ込めた。


 イヤ、ムリ!ゼッタイ、ムリ!


 僕はびびりエロもやしだぞ!こんなんムリに決まっている!何の拷問だよコレ!


「ちょっと…冗談だよね……?」

 隣ではティアラが貧乏ゆすりを始めている!


 おいおいおいマジでどうしよう!?


 ……すると。


「あら、勇者様とティアラじゃない?」

 この声は…アストレアか!?


 振り返れば、今日も紫色の淑やかなドレスに身を包んだアストレアがやってきたようだ。


「アストレア。あなたはうまくできたの?」

「いいえ?私の特技は剣術ですもの」


 おぉおおいいところに来たぞアストレアァアアア!

 なにか、なにかしてくれ!なんでもいいから状況を変えてくれ!二人でケンカでも始めてくれ!


 ……だが。


「でも、勇者様がどれほどのか見せてもらおうと思いましてね?」

「は?勇者様なんだから、こんなの余裕に決まってるじゃない!」


 おぉおおおい煽るな!ティアラを煽るなぁああああああ!

 アストレアは、どうやら火に油を注ぎにきただけだった。


「ちょっと、早くしなさいよ。アストレアにもアナタの力を見せてやりなさい」

 ティアラは、炎の前で茫然とする僕を急かし立てた。


 だから、ムリだって!皇族十側近第9位のアストレアにもできない超応用魔法だぞ!?


 魔力のない僕にできるわけがない!!!


 もう、本当に終わりだ……。


 炎に腕を入れてじわじわと痛みを感じるよりかは、いっそのこと、ティアラに燃やされてラクになるか……。


 いやダメだダメだ!


 僕の唯一の取り柄は、ムダにあがくことじゃないか!


 学校の階段で女子生徒のスカートを覗くことがバレたときも、ベッドの下に隠してあったエロ本がお母さんに見つかったときだって、うまく誤魔化してきたじゃないか!


 何か…何かないのか!?


 あるはずだ…この窮地を脱する手立てが!


 ……。


 ……そうだ!


 何も言い訳が思いつかないときには、あの手があるじゃないか!


 僕は、ギリギリのところで、かつての十八番おはこの一つを思い出した。


 考える猶予をもぎりとる、あの手。



「……トイレ」


「は?」

 ティアラは早朝のときと同じように、間の抜けた顔をした。隣のアストレアも、同じような顔をしている。


「……ちょっと、トイレ行ってくるわ。実は、ずっと我慢してたんだよね」

 僕はサラリと言ってのけた。


 ティアラは、何だか調子が狂ってしまったような様子だ。

「……教室を出て左手にあるわ。早く行ってきなさい。逃げたら承知しないわよ」


 ……成功だ!


 これが、策が何もないとき、本当に厳しくなったときの必殺技!


 束の間の休息トイレ・タイム!!!(バン!)


 説明しよう!


 束の間の休息トイレ・タイムとは!

 トイレに行くことで、思考のための時間を作りだすことだ!


『ちょっとトイレ』

 これは、魔法の使えない僕でも使える魔法の言葉だ。この言葉は何度も僕の窮地を救ってきた。


 僕の十八番、【記憶喪失ロスト・メモリー】も万能ではない。時には、こういうこともある。


『お前が女子更衣室を覗いていたという目撃情報があるが?』

『身に覚えがありません』

『だが、女子更衣室に向かって望遠鏡をのぞいているお前の姿が監視カメラに写っているぞ?』

『!!!』


 そんなとき、百戦錬磨の僕でも、とっさにいい返答が思いつかないときがある。そういうときに、【束の間の休息トイレ・タイム】を発動するのだ。


 考えてもみて欲しい。トイレを我慢させてまで怒鳴り散らしたい人がいるだろうか?

 どんなに我を忘れて説教している人でも、『漏れるんですけど…』と言われて冷静にならない人はいないだろう。

 さすがに目の前で漏らされてはたまらないからだ。


 どうだ…これが…これこそが!


 覗きに命を懸けてきた男の底力だ!




 

 僕は、ようやく立ち回れるようになってきたと自画自賛しながら、教室を出てトイレに入った。

 魔法なんてなくても、僕ってやつは、今までの人生で培ってきたものがあるんだよなぁ。


「ふっふっふ」

 僕は魔力やスキルに頼らない、自らのスペックの高さに思わず笑みがこぼれた。


 …………。


 いやしかしだよ…。


 用を足しながら思う。


 ちょっと時間できたものの、名案が思い浮かばないな……。


 このまま逃げ出してしまおうか……。


 最後の手段ともいうべき案が脳裏をかすめた。


 …いやダメだ!魔法の使えない僕では、一瞬のうちにティアラに見つかり、燃やし尽くされてしまうだろう!


 ……やはり、またもとに戻るしかないのか…?


 【束の間の休息トイレ・タイム】を完璧に決めたものの、結局名案が浮かばないままに、僕はトイレを出た。


 絞首台に上る囚人の気持ちというのはきっとこういう感じなのだろうと考えていると、誰かが僕の肩をつついた。


 ……?


 振り返ってみると、そこには、フロレンティナが佇んでいた。


 ……!

 やはりこうして近くで正面から見るとなお美しさが伝わってくる。彼女の場合は単なる美しさではない。強き美しさなのだ。女王様を思わせる引き締まった凛々しい姿。威風堂々とした態度。固く引き結んだ口元。そのすべてが僕を跪かせるようなのだ。


「アナタ、もしかして、何か困ってない?」

 何の用だろうと訝しんでいると、彼女は出し抜けに言った。


「困ってます!命の危機です!」

 僕は、わらにでもすがる気持ちだ。


「フフ、もしかして、炎の融合魔法、苦手なんじゃない?」


 …!!!

 図星だ。フロレンティナ、なかなか鋭いな。まぁ、炎の融合魔法が苦手というか、魔力それ自体持たないポンコツなのだが。


「フフフ、もしかして、失敗したら、ティアラに痛い目に合わせられる…とか?」


 …!!!

 これも図星だ。なんだ?いやに鋭いな。彼女の『もしかして』がすべて当たっている。


「勇者様がよければ、手伝ってあげましょうか?私、人助けが好きなのよ」

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