第11話 女王様と先生

 僕は、魔力のない僕には開けられない試しの門の前で茫然と突っ立っていた。


 ティアラに開けさせてコッソリ滑り込む作戦が失敗に終わってしまったことで、打つべき策がなくなってしまったのだ……。


 ……すると!


「あら、そこで何をしているの?」


 振り返ってみてみると、そこには、馬にまたがったがいた!


「おぉ……」


 僕は、今も変わらず困難に直面している現実をつい忘れて感嘆のため息を漏らしてしまった。

 それほどの美少女が、馬上から僕を見下ろしていた。


 騎乗するとき用の衣服なのか、全身スラっとした黒ずくめの衣装に身を包んでいる姿は、なんとも凛々しい美しさだ。足が細く見える少しきつめのパンツに硬そうなブーツ。手綱を握る黒い手袋。

 もともとやせ型であろう彼女が、一層スレンダーに見える。


 それに、何といっても、その手に握るムチ!


 歩を進める度に、馬にムチをふるう姿はまるで……。


 だ。


 その下々を見下す視線!自らの立場や能力に一片の疑念も抱かぬような堂々とした姿!そして万人をも服従させるムチ!


 あぁ、彼女の馬が羨ましい!僕も彼女に馬乗りになられて、そのムチを思いっきりお尻にふるって欲しい!そしてその痛みを感じながら、彼女を仰ぎ見て言うのだ!『女王様……もっと、もっとお仕置きをして下さい…!』と!!!



「…フロレンティナ……様」


 ティアラが珍しく丁寧な物腰で、彼女の名を呼んだ。

 フロレンティナ。その姿に似つかわしい高貴な響きだ。


「ごきげんよう、ティアラ」

 僕に怒り心頭のティアラを全く意に介さない様子で闊歩した!

 アストレアはライバルのようだったが、彼女はさらに階級が上なのだろう。ティアラですら『様』をつけて呼んでいる。


「……何を門の前でしているの?入るわよ」

 フロレンティナは僕たちを馬で払いのけるようにして門の前まで進んだ。


 そして、門に手をかざした。


 すると、試しの門は、物凄い勢いで開門した!

 その角度は120°はあるだろう!必殺技を繰り出さなくとも、先ほどのティアラの全力を軽々と超えている!

 門が開く勢いで、立っていられないほどの強風が巻き起こった!


「チッ」

 ティアラの小さな舌打ちの声が聞こえた!簡単に自分を上回られたことが気にくわないのだろう!


 僕は、先ほどの二の舞にならぬよう、慌てて門の中に滑り込む!

 隣を見ると、ティアラも渋々といった表情で門を超えている!


 ……危なかった!フロレンティナ様が現れなかったら死んでいた!フロレンティナ様様だ!今度からお慕い申し上げよう!


「あなた、もしかして、昨日来たっていう新しい勇者様ね?この魔法学院まで来られるのは、なかなか珍しいわね」


「そうです!何卒よろしくお願いいたしますフロレンティナ様!」

 相変わらず馬上から見下ろすようにしているフロレンティナ様に完全に敬服してしまっている僕は、そう素早く答えた。


「フフフ。面白い子ね。私は、皇族十側近第3位のフロレンティナよ。それじゃあ、行きましょうか」


 ……第3位!確か、ティアラが10位で、アストレアが9位だったから……。


 ……このフロレンティナ様、相当の上位層ってことじゃないか!?


 完全にこのフロレンティナ様にリードされる形となってしまっているが、ティアラは苦虫を嚙み潰したような顔をしているものの、彼女に従って歩を進める。


 この恐ろしい放火魔のティアラを従わせるとは、なかなかの女王様だな………。


 フロレンティナは、茶色い馬に乗って、パッカパッカと蹄の音を鳴らしながら、悠然と道を闊歩していた。そして、時々、ピシッとムチをうならせて馬を前へと進めていた。


 僕は、そんな威風堂々とした女王様に惹かれるようにして、そしてあわよくばそのムチが間違って僕に打たれないか期待して、一歩近づいて並んで歩いていた……。


 今や僕は、フロレンティナ様の下僕にどうしたらなれるのか、そのことで頭がいっぱいだった。

 

 そして、当のフロレンティナは、新しい面白そうながやってきたと、遥人の視線を背中に感じながら、考えていた。



 ◇◇◇



 だだっ広い講堂のような雰囲気の校舎内を、ようやく馬から降りたフロレンティナが先導するようにして、僕とティアラは並んで歩いていた。


 フロレンティナの馬は、何やら彼女の御付きのような人が運んで行ったようだ。


 学校の中では、大きな教室のような部屋が、いくつも立ち並んでいる。


「カトレナ魔法学校では、A級からG級まで7つのクラスに分かれているの。各クラス30人で、合計200人超の生徒が在籍しているわ」


「へぇ……」

 ティアラが学校の仕組みを説明してくれる。案外、世話焼きな子だな。


 ちょうど、一番手前の教室、G級の教室に辿り着いたところだった。


「ここがG級ね。でも、一番下だからといってバカにはできないのよ。能力さえあれば誰でも入れる一方で、入学試験の合格率は0.3%。入学できるだけでも超難関なんだから」


 ……そうなのか。そんなところに勇者枠で入れるということなのか。ありがたいようなありがたくないような……。


「……着いたわ。ここが、私たちの教室よ」


 立札には、『魔導A級』と書かれている。


「私やフロレンティナ様は、この魔導A級に所属しているの。もちろん、このクラスにはローザ王国屈指の才能しか存在しないわ。あなたも、今日からここの生徒よ」


 ……!!!


 マ…マジで?


 僕の職業『びびりエロもやし』なんですけども。

 魔法一切使えないし、試しの門すら開けない凡人以下の人間なんですけども。


「まぁ、そう臆さなくても大丈夫よ。あなたは魔法騎士で、選ばれし勇者なのだから」


 それ殺されないためについたウソなんだよな……。


「フフ。それだけ、あなたは期待されているということよ、勇者様?」

 これはフロレンティナ。冷や汗をかいている僕をからかうようにして言った。


 ヤバいぞ……。


 よりによって、一番レベルの高いクラスに入れられたのか……。


 何の魔法も使えないことがバレたら即ティアラに燃やされるっていうのに、マズいことになったぞ……。


「それじゃ、教室に入りましょう。そろそろ始まる時間よ」

 そうティアラの言葉に背中を押されるようにして、僕はイヤな予感しかしない教室へと足を踏み入れた。



 ……!!!!!


 扉をくぐると、そこは……。


 楽園パラダイスだった。


 この空間を楽園パラダイスと呼ばずして何と呼ぶだろう。失楽園か?ふむ、それもいいだろう。


 教室には、30人ばかりの、美少女がいた。前方には、紫色の髪色のアストレアの姿も見える。彼女もやはり魔導A級なのか。


 そ、それにしても、これは……。


 僕の脳内には今や死の恐怖などはなかった。あるのは、希望。ハーレムへの、限りない希望だ。


 他のクラスの様子も覗きながら歩いたが、男子生徒もチラホラといたような気がするが、この教室には、


 何故か?


 おいおい?そんなヤボなことを聞くヤツはいないだろう。


 答えは、一つしかない。


 僕が、勇者だからだ。


 行く先々には、美少女たちによるハーレムが待ち受けていると決まっているのだ。


「ちょっと来るのが遅かったみたいね。この辺に座りましょう」

 フロレンティナが最後尾の席に座り、僕とティアラも隣に座るよう促した。


 マズい。興奮が止まらない。隣のティアラやフロレンティナも、このクラスで一二を争う美少女だ。


 だが、これは、これは……。


 圧倒的な、


 あなたは30人もの美少女たちに囲まれたことがあるだろうか。否、何人たりともないだろう。


 これが、勇者補正。勇者だからこそ享受できるハーレムなのだ。


 これだけの美少女たちと同じ空間で息をできるときがくるなんて……!


 僕は、その美少女空間を堪能するかの如く、空気を嘗め回した。


 さすが魔導A級。この国の傑財を集めただけある。魔法の実力だけではない。容姿も素晴らしい……!


 あっという間に僕の息子はエッフェル塔と化した。


「アンタ、ちょっと顔色悪いわよ?」

 ティアラが僕の顔を覗き込んで言った。


「いやいや、大丈夫!ちょっと緊張してるだけだよ!」

 僕は慌てて返答した。


 クソっ…興奮で頭がどうにかなりそうだ……。

 ティアラに殺されるというのも、もはや些細な問題だ。大変なのは、この豪華すぎる景色である。美少女たちを眺めているだけで、興奮しすぎて死にそうだ。



「ガラガラガラ」


 美少女たちを後ろから眺めるという至福の時間を過ごしていると、これまた美人のお姉さまが扉を開けて教室に入ってきた。


 彼女が教室に姿を現したとたん、教室はピリっとした空気が流れ、一瞬にして静寂が支配した。


「あの人が、サーシャ先生よ。このクラスの担任ね」

 ティアラが耳元でこっそり教えてくれる。


「それでは授業を始めましょうか。今日は『炎系統・応用Ⅰ』からですね」


 ………!!!!!!


 いや待て待て待て待て待て待てぇえええええ!!!!!!!


 僕は衝撃で叫びそうになった。いや、気が付いていないだけで叫んでいたかもしれない。


 この叫びは、別にいきなり応用授業から始まることに対してではない。魔法が使えないことが露顕することへの恐怖からでもない。


 それは、もっと別のこと……。


 そう、彼女の姿だ。


 はっきり言おう、僕のアソコはスカイツリーだ。


 先生ってこんなに淫らな服を着ていていいのか?


 いや、淫らという表現は正しくない。僕の歪んだ視線が入ってしまっている。

 この国的に言えば、きっと相当の美人が、相当にオシャレな服を着ているだけのことだろう。


 彼女が着ているのは、クリーム色のドレスだ。

 だが、召喚されたときに僕が囲まれていた美少女たちが来ていたような、ふわっとしたかわいらしいドレスなどではない。


 彼女が着ているのは、肌にピタっと吸い付くような、体の線がモロに出るタイプのドレスである。

 ほっそりとしたウエスト。豊満な胸。

 推定では…Gカップ!


 しかも……しかもだ………。


 イヤだめだ!これを言葉にしてしまったら……僕はどうにかなってしまいそうだ……。


 だが…だが………。


 だが、あえて言葉にしてしまおう。たとえ命が危険にさらされても、これを言葉にせねばおとこではない。


 漢には、やらねばならぬときがあるのだ。


 そう、彼女のドレスには……。


 


 肩部分がないとはどういうことか?

 文字通りだ。その豊か過ぎる胸より上部分に、布がないのだ。

 確か、オフショルダードレスと言うんだっけ。


 言い換えれば、彼女のドレス全体は、そのいつまでも飽くることなく眺めていたい乳房によって支えられているのだ!


 その露出した肩と露わになった乳房の上部が、胸にかけられたネックレスとともに、絶妙なバランスでエロスを演出している!


 そよ風が吹けばそのドレスが胸からはだけ落ちるのを、否応なく期待してしまう!


 クリーム色がダメなんだ…そのクリーム色が!その下に隠れている!アナタの素肌を想像させる!!!!!


 ダメだ……こんなので、いい訳がない……。


 かきあげるようにして結わえられた金色の髪。そしてその深い彫りの目鼻。そしてその美しすぎるボディ。どれをとっても一級だ。


 僕は声を大にして言いたい。


 これが…これが………これこそが……………!


 魔導A級を統べる者の姿なのだと!


「……ぶふっ!」


 し…しまった!


 今まで耐えに耐えてきたが、あまりのサーシャ先生の美しさ…というより露出した肩に感極まって、ついにが出てしまった!

 興奮のしすぎで、血流が激しくなりすぎているようだ!


 終わった…僕が鼻血を決死の思いで耐えてきたのは、隣にいるティアラに殺されるからだ。


 この誇り高きティアラは、僕が無様に鼻血を垂れるのを見るや否や僕を燃やすだろう……。


 僕は鼻をつまみ、絶望した……。

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