第6話 僕は、死ぬ
……!!!
アストレアの胸部のふわふわの装飾部分の上からスルリと手を滑り込ませ、生乳の感触を知ろうと手を伸ばしかけたとき、僕は雷に打たれたように全身に衝撃が走った。
……僕は、ここで死ぬ?
僕は死を間近に感じてふと冷静になった。
そして顔をしっかりと上げて辺りを見渡した。
アストレアは相変わらず僕の手を握り僕の目を見つめている。
ティアラは自分がないがしろにされるのが腹立たしいのか、非常にイライラした表情をしている。
アストレアにどちらを選ぶのか聞かれてから少し時間が経っていたが、二人とも辛抱強く僕がどちらを選ぶのか待っているようだ。
……そうだ。そうだよ。
二人の顕示欲の強さを、競争心の高さを利用してやればいいんだ。
……そのためには。
……ココで死ねばいいんだ。
どうせ死ぬんだ。やってやろう。死んでやろう。
僕はまずアストレアをじっと見つめ、次にティアラをじっと見つめた。
2人は僕の方から見つめられると思っていなかったのか、その強さや残忍さの割にやや緊張の面持ちだ。
そして、僕はたっぷりと間をとって言った。
「アナタに寝室まで案内をお願いしたい」
その直後、僕はちょうど2人が立つ合間に頭からダイブした……。
§§§
気が付くと僕は1人で寝るには大きすぎるふかふかのベッドの上で横たわっていた。
きっと中世の貴族はこのような大きなベッドで優雅に情事をしていたのかと思うと何だか感慨深い。
部屋の大きな窓から差し込む光から判断すると、時刻は朝方のようだ。僕が転生したのは夜更けだったから、夜の間中気を失っていたことになる。
……危なかった。
今も生きているのが不思議なくらい危機的状況にあった。
生きていることをしっかりと噛み締めてから、僕は昨日のことを思い返した。
発端はアストレアの一言。
『私が寝室まで案内して差し上げますわ』
たったこの一言で僕は窮地に追い込まれた。この申し出を受ければティアラに、断ればアストレアに殺されるという袋小路にいた。
僕はどちらを選んでも死という選択肢を前にして、ほとんど生きることを諦めていた。
だが寸前のところで天啓を受けた。
それは、死ぬこと。
この問題はどちらかを選ぶことにある。どちらかを選べば死が待っている。
それならば選ばなければいい。
死人に口なしとはよく言ったものだ。死んでしまえば答える必要がない。つまり選ぶ必要がなくなる。
無論本当に死ぬわけではない。
死ぬわけではないが、少なくとも答えられない状態、つまり気絶する必要がある。
直前に見たステータスによれば僕のHPは1/32しか残っていなかった。
そこでわざと頭から倒れることで、残りのHPを自ら削り取り気絶したのだ。
もちろん、気絶したからといって2人が僕を殺す可能性は十分あった。
だが僕には読みがあった。
ひょっとしたら2人は常日頃からどちらが優位にいるのか争いあっているのではないのかと。
皇族十側近第10位のティアラに、第9位のアストレア。お互いにいがみ合っていても不思議はない。
だから、僕が返事をするまでやや間があっても我慢強く待っていたし、僕が発言する瞬間には少し緊張していたのだ。
したがって、その答えを聞き出すまでは僕を殺さないのではないかと予想したのだ。
たかが案内役。されど案内役。彼女たちにとっては、その覇権争いのために重大な役割を果たしているのだろう。
もちろん危険すぎる賭けだった。時が違うだけでも、ひょっとしたら殺されていたかもしれない。
だがそれしか方法がなかった。
そして僕は賭けに勝った。
僕は、生きている。
……ガチャリ。
ドアノブが丁寧に回されゆっくりと開けられたドアからティアラが入ってきた。
今日は昨日とは打って変わってかなりラフと言うべき格好だ。
この国のスタンダードな服装を知らないから何とも言えないが、恐らく動きやすさを重視しているのだろう。
白銀のブーツに、真紅のミニスカート、そして真紅のマント。胸の辺りは白い布のヒラヒラした装飾がついており露出が少な目で少しだけガッカリする。だがブーツとミニスカートの合間からは何とも肉付きのよい太ももが覗いており、こちらはこちらで興奮する。
TシャツにGパン姿の僕と比べればティアラの方が勇者らしい恰好だ。
相変わらず目じりはキツイ感じがするが昨日と比べれば穏やかな気がする。
ティアラだけが現れたということは案内役は変わらずティアラのままということだろう。
それもそのはず僕は返事をしていないのだから。
ティアラの機嫌が悪くなさそうなのも、きっとそのおかげか。
ティアラはその白銀のブーツをカツカツと音を立てながら、僕のそばにまで寄り言った。
「目が覚めたのね勇者様?」
「あぁお陰様で。昨日は迷惑をかけたようで申し訳なかった」
僕はできるだけティアラを刺激しないよう丁寧な言葉遣いを心掛けた。
なんだか物腰が柔らかい。きっと何か目的があるのだろう。
「それで、昨日のことなんだけど……」
……来たな。コレがその目的だ。
「私とアストレアどちらに案内を頼むつもりだったのかしら?」
……読み通りだ。
やはりその答えが気になって、2人とも僕をヤらなかったのだろう。
そして僕の意識が戻ってから、こうして再び聞いてくるのも完璧に想定内だ。
ここで答えるべきは……。
『ティアラに決まっているよ。初めて見た時からあの中で最も美しさと強さを兼ね備えた女性だと思っていたよ』
……こう答えれば完璧だ。これでティアラは機嫌をさらに良くするはずだ。
ふふっ。我ながら冴えていたな。死を前にすると人間はこれだけ上手く立ち回れるということだ。
そして僕がそう自信たっぷりに答えようとしたその時!
僕の意識はモノクロ世界へと、持っていかれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……はっ!
気付くと意識はモノクロ世界にあった。
だが今回は痛みを感じない。
ふっ……。
……さすがに僕もこの世界のルールらしきものに何となく慣れてきた。
この場面ではティアラを褒めておけばいいんだ。
この世界の傷も現実に引きずるんだ。今後なにが起きるか分からないんだ。できるだけ体力の消耗は避けておきたい。
……とひとり満足気にうなずいていたその時!
……!?!?!?
突然、腹部に激しい痛みが走った!
短剣が1本、腹部に突き刺さっている!
「こ…これはアストレアの短剣………な…なぜ」
僕がそう言った瞬間、右目が真っ暗になった!
「がっ……!」
左目で見ると、右目に短剣が突き刺さっているではないか!
「な……」
瞬間、キラリと陽の反射を感じた!そこは窓!部屋の大きな窓からだ!
「マ…マジかよ……」
残された左目が捉えたのは、窓から覗くアストレアだ!
表情は丸い漆黒の眼球が象徴するぞっとするほどの無!闇のマネキン!
「
そして気付くと、僕の口にも短剣が刺さっている!
アストレアはまだ手には短剣を何本も持っている!これから僕を串刺しにするつもりなのだろう!
「むがぁああああああ」
口に刺さった短剣のせいで声にならない声を出した……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……はっ!
僕は再びもとの現実世界へと戻ってきたようだ。
…これは想定外だ……
ティアラが再び同じ質問を僕にすることは予想していたが、まさか窓からアストレアが覗いているとは!
おかしい…!
世界観がまったく分からない…!
なんで外から覗いているんだよ!わかる訳がないだろ!
それに【
視界の端で窓を捉えると、確かに不自然にキラリと陽が反射している。
くそっ…またピンチかよ……。
一難去ってまた一難だ。この2人は永遠に僕を解放しないつもりなのか。
そしてティアラは再び僕に問うた。
「私とアストレアどちらに案内を頼むつもりだったのかしら?」
……今回も昨日みたく気絶するか……?
いやさすがに2回連続でぶっ倒れるのは不自然だ。ぐっすり眠って体も元気だしな……。
……どうする?どうすればいい?
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