第2話 美少女の国はキケンな香り

 ……どれほどの時間が経ったのだろうか。光に包まれ時間も場所も訳が分からないような感じがする。


「うぅ……」


 なんだか頭がクラクラする。

 遊園地のコーヒーカップでぐるんぐるんと回転し続けた後みたいにひどく酔った気分だ。


 ……ん?声が聞こえる。


「成功よ!勇者様の召喚に成功したわ!」


 そうだ…。僕は勇者として転生されたんだ。

 いまだ意識が朦朧としている中で先ほどの女神様とのやり取りを思い出した。


「ちっ」


 ん…?今舌打ちが聞こえたような…さすがに気のせいか。勇者様だもんな。


 生まれたての小鹿のようにプルプルと震える足を両の手で押さえて何とか立ち上がり、歯を食いしばって意識を戻し目を開け世界を確認した。


 僕はどうやら大聖堂のような場所にいるようだ……。

 天井は非常に高く、普通の建物の10階分くらいはあるだろうか。

 外側からステンドグラスを介して入ってくる光は何とも幻想的だ。

 礼拝の際に使われる沢山の椅子は端の方に重ねて置かれ、床の中央には魔方陣と思わしきものが大きく描かれている。


「…だいじょうぶ?」


 はっと息を呑むほどによく通るやや高めの声がすぐ後ろから聞こえてきた。

 召喚された際に打ったのかズキズキする首を無理やり声のする方へ向けた。


 ……すると。

 目の前にはがいる…!


 ぱっと見ただけでわかる。美少女という言葉はこういう女性のことを表現するためにあるのだと実感する。


 燃えるような真紅の髪。整った目鼻立ち。気の強そうな目じりに、桜色の唇。

 ドレスのスカート部分はふわっと大きく地面まで花のように広がるタイプのもので腰回りはキュッと引き締まっている。いかにも高級そうな素地でできた真っ赤なそのドレスに身を包む姿はまるで炎の妖精を思わせる!


 さらに……。


 さらに注目すべきはドレスの上からでもその形の良さが見て取れるバスト!

 重力などこの世には存在しないとでも言うように彼女の胸は体と垂直に堂々とせり出し、否応なく視線が釘付けにさせられる!


 推定では…Eカップ!


 その現実のものとは思えぬ美しいおっぱ…いやいや、妖精の姿にしばし見惚れてしまった。


 落ち着いて周囲を見渡してみれば、側にも10人ほどの色とりどりの華やかなドレスを着ているたちが魔方陣を取り囲んでいる。


 この世界には絶世のしかいないのか……!?


 僕はいまだに現実のものとは思えぬ嬉しすぎる光景に衝撃を受けていた。


 ついに…ついに僕にもハーレムがやってきたのか……。 

 玲菜には悪いが、やっぱり僕は美少女たちとお楽しみの時間を過ごすとしたい。


 僕はすぐそばまで来ているハーレムへの期待に胸をときめかせていた。



 ……すると。


 古い映画のワンシーンを見ているようなモノクロの世界が僕の視界を突如覆った!


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「なっ…!なんだっ……!?」


 僕は色の抜けたモノクロ世界へと意識が


 ……なんだ?現実感がまったくないぞ…?それに夢の中のように体がうまく動かない……!


「おいお前。このティアラ様がだいじょうぶかって聞いてんのにシカトこいてんじゃねぇよ」

 ドスの効いた声が僕に向けられていた。


「なっ……!」

 正面には最初に声をかけてきた美少女がいた。

 

 ……だが!


 彼女の表情は先ほどまでの美しい顔立ちの面影など一切感じさせないほど怒りで歪み切っているではないか!


 目はカッと見開き眉は中央に寄り口元は怒りでわなわなと震えている!


 その全身に怒りを帯びている姿はまるで…そう……般若。般若だ!


 僕は恐怖から腰が砕けてしまい立ち上がることさえできない!


 彼女は指をポキポキと鳴らしながら、這いつくばっている僕に言った!

「礼儀がなってない勇者はいらないんだよ!燃え尽きて灰になれ!地獄の業火炎ヘル・フレイム!!!」


 そう言うや否や彼女は細長い腕を僕に向け、自身の手に力を込めた!


 すると彼女の手はみるみるうちに燃え盛る炎になり、それは業火となって目の前の僕を覆いつくした!


 僕はその炎に全身を包まれ、人生で初めて炎の本当の熱さを思い知った!

 皮膚はただれ、喉が肺が焼けるように息苦しい!

 体中が外側から内側へと、内側から外側へと焼き尽くされていく!

 無我夢中で転げまわるも炎が弱まる気配は微塵もない!

 灰になるまで燃やし尽くす、これが地獄の業火!!!


「ぎゃぁあああああああ!!!」

 僕は叫び声にもならない叫び声をあげた……。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……はっ!


 気が付くと僕の意識はカラフルな元の世界へと


 そして、背後から声がした。

「…だいじょうぶ?」


「だいじょうぶです!ご心配ありがとうございます!」

 僕は今しがた受けた衝撃的な経験を思い出し、軍隊のようにビシっと敬礼する勢いで答えた。


「……それならよかったわ。ここは、ローザ王国。そして私は皇族十側近第10位のティアラ。

 あなたの案内役を王女様から仰せつかったわ」


 !?!?!?!?

 なんだったのだ今のは!


 目の前にいるこの美しいティアラがこの世の者とは思えないような恐ろしい形相で、しかも勇者である僕に襲い掛かった!


 さらにふと突き刺すような痛みを感じて腕を見ると、ただれ落ちるほどではないが明らかに火傷の跡が残っているではないか!

 さらに背中や腹部にも同じような痛みを感じる!


 どういうことだ?今のは現実で起こったことなのか?

 いやそれにしても現実感はなかった。モノクロだったし……。


 一体これは……?


 何が自分の身に起きたのか全く理解できずに混乱を極めていると、ティアラは抑揚のない声で言った。

「いきなり異世界に来て色々と混乱しているだろうけど、しっかりね。

 私がこの世界のことをあなたに説明してあげるわ」


 ティアラは何事もなかったかのようにこちらを見ている。

 しかしよく見てみると、その麗しい目は自分の周りをブンブンと飛んでいるハエでも見るように感情のない深淵の色をたたえているようにもみえる!


 目の前のティアラや周りを取り囲む美少女たちとのハーレムを想像していた僕は、早々にその妄想を捨て去った。


 そして、女神様が別れの際に僕に言った言葉がはっきりと蘇った。


『アナタが向かうは難度αの規格外の世界、ローザ王国。数えきれないほどの勇者たちが飲み込まれ今までに魔王と一戦交えることさえできた人はいない。生きて妹さんに再び会うことができるかしら?3も生き延びられたら、上々よ……』


 この国は、何かが…何かがおかしい……。


 僕はゼェゼェと未だに整わない自らの荒れた呼吸を感じつつ、そう思った。


 転生されてからまだ1ことに僕は気が付いていなかった。

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