3分間を生き延びろ

第1話 玲菜が愛しいと知ったのに

「お兄ちゃん!映画、楽しかったね!」

 夜立郁人よだちいくとは、妹の玲菜れいなと一緒に近所の映画館で最近公開された映画を見て帰路についていた。


「どうだった~?」

 玲菜は僕の表情を上目遣いに伺いつつ聞いた。


 ………!

 玲菜が僕とお互いの肩が触れ合うほどまで近い距離で歩いていたことと、彼女のその上目遣いの仕草が思いのほかドキッとさせるものだったために、僕の心臓はドクンと大きく跳ねた。


 つい最近までおかっぱ頭のリアルちびまる子ちゃんだった玲菜は、高校に上がってからわが妹ながら急速に大人びてきていて、こうして動揺してしまうことがしばしばある。


 最近妹がやけに可愛いんだよな…マズいぞ……。


「そ、そうだな……」


「ん~?しどろもどろになってるぞぉ~?あ、さては寝ちゃってたな~?」

 玲菜は再び上目遣いになって、僕の顔を覗き込んだ。


 可愛い……!

 クソっ本当にいつの間にこんなに愛くるしくなったんだ……。


 僕はその動揺が実のところ映画ではなく玲菜によるものだと悟られまいとなんとか返答をした。

「いや、寝てなんかいないよ!アレだろ?主人公が異世界に転生して、その才能を存分に活かして魔王を倒すっていう話だろ?」


 危なかった。覚えやすい内容でよかった。映画館の暗闇の中で玲菜がすぐ隣にいると思うとなぜか緊張してしまって正直あまり見ていなかったのだ。


「お、起きてたのか~。エラいぞぉ~!」

 玲菜がさらに僕に近付き僕の髪をわしゃわしゃした。


「ちょっ…!」

 近い!玲菜のシャンプーのいい匂いまで感じてしまう!


 くっ…マジで最近動揺させられっぱなしだぞ……。


 隣を見れば、まだ僕のことをそのクリクリっとした愛らしい目で僕を見つめていた。


 僕はそんな愛らしい妹を前にして動揺してしまったのか、それとも彼女の気を引こうとしたのかは分からないが、つい言ってしまった。


「まぁ僕が転生したら、アイツなんかよりもずっと活躍するけどね(キリッ)」

 玲菜の可愛さに釣られて口をついてしまったが、言ったそばから後悔が大きくなった。

 クサっ!クサすぎる!しかも(キリッ)ってなんだよ…。顔から火が出るほど恥ずかしい……。


 だが玲菜はそんなイタいお兄ちゃんをなおも見つめて笑顔で答えた。

「さっすがお兄ちゃん!」


 ……!

 この子は…わが妹は……天使?


 だが玲菜は急に不安げな表情を見せた。

「でも…でも……本当にお兄ちゃんが転生しちゃったら、私どうしよう……。ゼッタイ、無理しちゃダメだからね?生きて、帰ってきてよ?」


 ……パァン!

 右ストレートパンチが僕のアゴに完全に入ったかのように、僕の心は玲菜にノックアウトされた。


 可愛いだけじゃない。お兄ちゃんのことを心配までしてくれる妹がどこの世界にいるというのだろう。


「玲菜……」


 僕は今ようやく気が付いた。玲菜は単なる妹ではない。僕は、玲菜をとさえ思っているのだ。


 そして僕が玲菜に対する自分の気持ちに気が付いたちょうどその時だった!


 辺りが眼を開くのも辛いほど眩しく急に輝き始めた!

「な…なんだ……!?」


「兄ちゃん!お兄ちゃん!」

 玲菜の激しく動揺している声が聞こえる!


「玲菜!」

 僕は何も見えないままにガムシャラに手を伸ばし玲菜を掴もうとするが、空を掴むばかりだ!

 眩しさはますます激しさを増し頭の中にまで光が侵入して来るようだ!

 そしてその光に足元をさらわれるようにして足元もおぼつかなくなり、夢の中で宙を浮いているような不思議な感覚に襲われた!



 §§§



 ……気が付くと、僕は見渡す限り真っ白な現実離れした空間に立っていた。白すぎて遠近感が掴めない。


「なっ…!?ど…どうなってる……!?」

 夢でも見ているような空間を前にして、僕は何が起きているのか全く分からなかった。


 ……だが。

「……ん?何かこのシーン見覚えがあるような……」


 ……はっ!そうだ!

 これは…これは…今日見た映画で主人公が転生するシーンじゃないか!?


 ま…まさか…僕も、転生してしまったのか…?


 ということは…

 


「うわぁあああああああ」


 僕は転生した事実よりも玲菜と会えないということにショックを受けて、頭を前後にユッサユッサと揺さぶった。


 ……すると。


「…なんか縦型ソーナンスがいるんだけど」

 今まで聞いたことのないような種類の僕の頭に直接語り掛けているような透き通った声がした。


「なっ……!!!」

 僕は声のする前方へと目を向けると、その存在に絶句してしまった。


 僕の…僕の目の前には……。


 がいた。


 彼女がそう名乗らなくとも、彼女は女神様だとハッキリと分かった。


 それは彼女の姿からだ。


 白銀の長い髪にはっきりとした目鼻立ち。モナリザを思わせるような穏やかかつ不思議な印象を与える表情。白く光り輝くローブに身を包み、まばゆいばかりにその神聖なオーラを全身から発している。


 それに…なによりも……。


 決して目を反らすことを許さぬほどの魅惑的で豊満な胸!

 彼女のそれは、人間世界のバストなどという陳腐な単位では言い表すことなどできやしないだろう!

 さらにローブは彼女の体から浮いているようにも見えるため、吸い込まれたくなるような幻惑の谷間がチラリチラリと垣間見えているではないか!


 …あぁ神よ、我をずっとこの神聖なるお姿を眺め続けることを許しておくれ!


 これで女神様でなければなんであるというのだ! 否、彼女は間違いなく女神様だ!

 

「ぶっ……!!!」

 瞬間、顔面に強烈なパンチを喰らったかのように僕の鼻から血が激しく噴き出た!

 今までに体験したことのないほどの刺激の強さに僕の体が悲鳴を上げているようだ!


「こ、これが……転生…か……おそるべし………」

 僕はその出血量の多さに恐れ慄いていた。


「アナタ、バカだよね?」


 まるで僕の思考をすべて見透かし心の底から軽蔑しているようなトーンで、女神様は僕に声をかけた。


「この時点でそんなに血を流した人間、アナタが初めてよ?まだ転生してないのよ?」


 女神様の…だと……。何たる光栄であろうか……。


「……バカもそこまでいくと清々しいわね…まぁ下界のアナタも極度のシスコンだったしそんなもんか」

 

「なっ……!」

 筒抜け!筒抜けであった!僕が必死に隠してきた妹愛が女神様には完全に筒抜けだったのだ!


「なんかアンタが妹とイチャついてるの見てたら何かイラッ…ときちゃってさ… あ、次転生させる奴コイツにしよって思っちゃったのよねフフ」


 なんと、あのクサすぎて草が生えまくりのやり取りが女神様に見られてたとは!

 ていうか勇者選ぶ過程ってそんなにテキトーな感じだったんだ!


「いつもはちゃんと調べて才能ある子を選ぶのよ?

 でもまぁアンタ、もし自分が転生したらめちゃくちゃ活躍するって言ってたし?問題ないでしょう?」


 マジかよ!問題しかないよ!調子に乗るんじゃなかった…。


 僕の内心の叫びなど聞こえないように、女神様は淡々と続けた。

「それじゃ転生の儀式を始めるわね。私は転生の間を司る女神。アナタみたいなバカを転生させるお仕事をしているわ」

 

「そうね、まずはスキルの希望を言ってもらおうかしら」


「ス…スキル……?」


「うーん、まぁ私からのささやかな餞別ってところね。役に立つかは分からないけれど、ないよりはマシなはずよ」


 え、スキルってそんな弱弱しい感じだったっけ?

 いやいやと頭をぶんぶん振って否定する。

 女神様は謙虚なだけさ。これは俺TUEEE的なチート技に違いない。


「ウフフ、期待するのはアナタの勝手だけれど、スキルがアナタの思っていたものと違くても、クレームは受け付けないわよ。

 スキルを与える私もコントロールが難しくってね。けっこう違った能力になっちゃうときがあるのよ。

 まぁ、アレね。一種のアンケート的なものと捉えてくれると嬉しいわ」

 僕の心が読めるのか女神様は僕が言葉を発する前に答えた。


 そ、そうなのか……アンケート的なアレなのか……しかも全く違った能力になる可能性もあるのか……。


「あとアナタの性格にあったものを選ぶといいわよ。自分に合わない能力は使いこなせないことが多いのよ」


「なるほど…」


 これはもしかすると最も大事な場面なのかもしれないな……。

 慎重に発言したいところだ。


 もちろん目の前にいる女神様のその淫らなローブの中身を拝見できるような透視能力も欲しいが、その能力を駆使する前にたぶん魔物に瞬殺されてしまうだろう。

 おっと妄想したらまた鼻血が……。


 ……かといって最強の魔法が使える能力はどうだろうか。

 元々スペック最強の人の転生の話を読むのは楽しいが、今回は僕である。


 運動が特別にできるわけでも頭がいい訳でもない僕は、出オチにならないように注意するのがせいぜいといったところではなかろうか?

 強すぎる必殺技を授けて頂いても、僕のスペックでは使いこなせないのではないだろうか?


 それに、ココに拉致される直前に聞いた愛する妹の言葉もある。


『ゼッタイ、無理しちゃダメだからね?生きて、帰ってきてよ?」』


 …………可愛い。

 ゼッタイ無理しません。生きて帰ります。

 僕は最後の玲菜の言葉を味わうようにして何度か反芻した。


「そろそろ決めてくれる?このままだとお姉さん、アナタを裸のまま転生させてしまいそう」


 透視能力によって女神様の裸体を覗こうとしたことが見透かされたのか、それとも玲菜の可愛さを思い出していたのがバレたのか、やや不機嫌なご様子だ。

 さすがに裸は嫌だ。慌てて僕は言葉を続けた。


「分かりました。僕が希望するのは……」

 少しためらってから、僕は言った。


です」


 女神様は僕の言葉を聞いて意外そうな顔をした

「へぇ。おもしろいわね。普通は腕が伸びるとか、火を操れるとか、魔法無効化の大剣を使えるとか、戦いで自分が無双できるような能力を希望するけど。本当にそれでいいの?」


 いや、腕を伸ばしたい人はいないだろ…と内心ツッコミを入れつつ、僕は言った。


「はい。僕はケンカもしたこともないビビリだし、魔物と戦うことなどできないと思います。それに妹が待っているので、無理はできません。」


 女神様は少し驚いた顔をして心から楽しそうに笑った。

「フフフ。アナタ…本当におもしろい妹バカね。何のとりえもないアナタをココに呼んだのはただの私の八つ当たりだけれど、あなたならそうね、他の勇者たちよりも3秒くらいは長く生きられるかもね」


 なんかひどい言われようだな。

 しかも僕が選ばれたのって八つ当たりなの?

 ていうかたった3秒しか長く生きられないのかい!

 ツッコミどころが多すぎてツッコミ切れない。


「それじゃシスコンさん、最後に確認するわね」


 いやシスコンって!事実だけども!


「当たり前だけど転生先の世界で死んだら現実のアナタも死ぬことになるわ。つまり生きて帰るには、転生先の世界を解放するしかないってことね」


「なるほど… 再び可愛い妹に会うためには、魔王をぶっ倒すしかないのか…」


「アナタ、私に心読まれているからって、とうとう本心を声にしちゃってるわよ?」


 それはマズいな、転生先でもカミングアウトしそうだ…


 動揺している僕をよそに女神様は突然別れを告げた。

「あ、気が付かなかったわ。そろそろ時間ね。それでは体にお気をつけて」


 ………え?


 女神様が言い終わるや否や、僕の体は激しい光に包まれた!

 何度経験しても慣れない突き刺すような光線が束になって僕を貫く!

 視界だけでなく僕の思考までも覆いつくし意識をあっという間に奪い去ろうとするかのようだ!


「うぅうううわぁあああ!!!」


 ……意識が遠のいていくなか、女神様の透き通るような声が遠くの方からかすかに聞こえてきた。


 「アナタが向かうは難度αの規格外の世界、ローザ王国。数えきれないほどの勇者たちが飲み込まれ今までに魔王と一戦交えることさえできた人はいない。生きて妹さんに再び会うことができるかしら?3も生き延びられたら、上々よ……」

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