僕は美少女にヤられたくない
なっつん
プロローグ 勇者、美少女にヤられる
「はっ…はっ…はっ……」
真夜中。
その微光の入る隙のないほどの闇で黒く塗りつぶされた迷路のように入り組んだ森。
駆ける。あらんばかりの力を振り絞って。
息が切れる。肺に入る空気が刺すように痛い。
既に悲鳴を上げている四肢をさらに酷使する。
だが、駆ける。止まらない。止まれない。
なぜ?
それは恐怖から。死への限りない怯えから。
無我夢中で目指す。
どこへ?
さらなる闇へ。その深淵が己を守ってくれるとでも言うように。
「……ねぇ!こっちへ行かなかった?」
「いや、見ていないわ」
狩人たちの声が聞こえた。今にも自分を狩ろうとする殺人者たちの声だ。
咄嗟に木々の合間に身を小さく隠した。口を固く結んで呼吸を止めた。だが、怯えから歯が震えてガチガチと小さく音を鳴ってしまう。
うずくまって両の眼を瞑った。石のように微動だにしない。この悪夢がいつの間にか過ぎ去っていることを信じて。
震えよ収まれ。音を立てるな。微動だにするな。奴らをやり過ごせ。
そう念じて隠れ続けた。
…………………。
…………………。
……そうしてどれほど経っただろうか、一瞬のような永遠のような時間が過ぎた。
「……ここら辺にはもういなそうね」
「もっと先かしら」
声が段々遠ざかる。悪魔の気配が、小さくなっていく。
……助かった…のか?
小さく安堵のため息を漏らした。
そして、ゆっくりと目を開けた。
すると、目の前顔先数十センチに美少女の顔。
彼女と目が合った。
だが、それは死神の仮初の姿。彼女はニンマリと笑って言った。
「……おはよう、勇者様♡」
「……うわぁあああああああああああああああああ!!!!」
反射的に叫び声を上げ、脱兎のごとく駆け出した。
死ぬ!死ぬ!死ぬ!
この俺が?なぜ?
ずっと、スポーツも勉強も並ぶものなどいなかった。何をしたって人よりもできたし、人望も名声も思うままに手に入れてきた。
勇者に選ばれたのだって当然だと思った。俺は世界を救うべき存在なのだと信じていた。
だがこれはなんだ?
なぜ命を狙われている?
それも、美少女たちに。
俺は勇者だぞ!選ばれし!天才の!
こんなはずじゃない!こんなはずじゃないんだ!
「ちっ。逃げ足だけは速いな」
「ふふ、元気でいいじゃない?」
悪魔は追う手を緩めようとしない。
もはや右も左も分からない。だが、恐怖に突き動かされた体は止まることを知らない。ただがむしゃらに、めちゃくちゃに走り続けた。
……すると、突如開けた場所に出た。
身を隠してくれていた深夜の森の端まで来てしまったのかもしれない。
しまった。これでは……
戻ろうとしたが遅かった。
既に周りは美少女たちに囲まれていた。
「くそがっ……ゼィゼィ…」
どちらにせよ体も限界だ。動きたくとも動かない。
「あら、もうお終いかしら?」
取り囲む美少女のうちの1人が、楽しそうに声を発した。
……ダメだ。もう、逃げられない。
……逃げられないならどうする?
……戦うしかない。もう逃げるのをやめよう。奴らが悪魔であるとしても、俺ならやれる。
覚悟を決めるしかない。やれ。やればできる。俺は天才だ。
聖なる魔力よ。俺に力を貸してくれ。この悪魔どもを一層する力を!!!
天に願いが届いたのか、全身に魔力が漲るのを感じる。
手、腕、足、頭、そして胴が己の魔力により生成された聖なる光に包まれ、そしてその光と一体化した!
己の体は今や輝かしい光を放つ聖なる騎士と化した!さらに右手には光の大剣を握っている!
「あら、ステキ♡」
「あーそういやコイツ、
悪魔たちの会話が聞こえた。だが、関係ない。もはや今、俺は最強の力を手に入れた!怖いものなどはない!!!
そして、持ち得る魔力の全てを光の大剣に込めた!
「
高く剣を掲げると、次の瞬間には取り囲む美少女たちを一閃、地平線と平行に切り裂いた!
「ゴォオオオオ!」
凄まじい轟音と共に辺りの木々は切り倒され摩擦熱で燃え上がりさえしている!地面には深い溝ができた!あとには激しい砂煙が巻き上がっている!
「はぁっ…はあっ…はぁ……これで…どうだ……」
渾身の魔力を込めて天から与えられた才能の全てを駆使して繰り出した勇者の聖なる光の斬撃だ。
いくらアイツらでも立ってはいられないはず。
そして、俺は顔を上げると信じられないものを見るように顔が引きつって固まった。
表情にはみるみる絶望の色が濃くなっていく。
……美少女たちは、何事もなかったかのように立っていた。
それだけではない。一体どうやって先ほどの強烈な攻撃を防いだのか、その表情にも服装にも一切の乱れがない!
「うふふ、怖いわぁ」
「まだ気が付かないの?これは、一方的な狩りなのよ」
彼女たちは平然と話を続ける。
「ど、どうして……」
俺は生きる気力も未来への希望も失い、膝から崩れうなだれた。
俺は何を間違えたのだ。俺は何がダメだったのだ。
「アナタ、まぁまぁだったけどねー。残念ながら、まだ足りないわね」
そう言った美少女に、俺は髪の毛を掴まれて頭を持ちあげられた。
もはや俺には抵抗する意思は残されていなかった。ただ、されるがままだった。
……そして、彼女のもつ剣でそのまま首を掻っ切られた。
頭と胴が離れる瞬間、俺は走馬灯のように思った。
「間違えたのは、勇者になったことか……」
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