第4話

 騒がしい外を背中に、その男はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて、目の前にいる男に刃を向ける。

「き、さま……。そのチカラは……」

 額から血を流し、うめき声を上げるその男の名前はマルクス。この城の主にして、今現在この魔法世界を牛耳っている王と言っても過言ではない存在。

「外には俺が生み出した魔物が。中は俺たちが制圧した。そして、お前は最強の魔法使いであるこの俺に無様に負けたんだ」

 外では鳥のような大きな魔物が城を取り囲んでいる。その魔物は王を敗北させるためにその男が魔法で生み出した怪物だった。

「わたし……の、敗北……だ……。降伏する……」

 この世界を牛耳っている王は、たった今、敗北を宣言した。

 この世界における王は、人々を魔物の手から守る数あるギルドから選ばれる。魔法を用いて己の実力を磨き、ギルドは切磋琢磨をする。実績を築いた実力のあるギルドは権力を握り、更にその中で最も実力のある者が頂点に立つ。

 この世界における王とは、直近で言うところの最強と言っても過言はない。だが、その者は、その最強を圧倒的な実力でねじ伏せ、抑え込み、屈服させた。

「はは! ははは! 弱いなお前!? その程度の実力でギルドマスターやっていたのか!? いや、違うな? やっぱり俺が、強すぎるのか? 俺が最強だからか!?」

 自分のチカラに酔いしれるその男は、無様に倒れこむ元王を嘲り笑った。

「くくく……やっぱ俺がこの世界で最強なんだ! 俺が王様なんだ!! いや、俺が神なんだ!!」

 高揚を抑えきれないその男は、身体を震わせながら、頬を引きつらせて笑みを浮かべている。だが、その不気味な笑みは、神ではなくまるで悪魔のようだった。

 男の名前はイクト。別世界からこの世界へと唐突に出現し、何の努力もせずに強大な力を手に入れた異世界転生者であった。

「さぁて、お前は死ねよ!!?」

 悪魔の笑みを浮かべながら、手に持っていた光り輝く剣を、男は、敗北宣言をしたマルクス目掛けて振り下ろす。だが、その時。

「おい、もういいだろう? 勝負は決した」

 赤い髪の一人の女性が、その男の振り下ろす手を止めた。

 男と共に戦い、男の繰り出す魔法に見とれていた、複数人の女性の魔法使いとは打って変わり、その赤い髪の女性……アカネは、男を冷徹な目で眺めていた。

「この世界を混沌へと貶めていた者は負けを認めた。もう十分だ」

 負けを認めた者を無暗に殺す必要はない。アカネはそう考えているようだ。だが、そんなアカネに対し、転生者イクトは不気味に微笑んだ。

「あのね、アカネちゃん。この人は悪い人なの。だから殺していいんだ」

 アカネの手を振り払い、イクトは剣を振り下ろす。だが、アカネは再び男の手を止めた。

「悪い奴だから殺していいというのはおかしいだろう」

「何?」

「確かにこの男は善良な市民を陥れた独裁者なのかもしれない。人々にとってはよくは思われていないのかもしれない。だが、この男もこの世界に生きる、皆と同じ一人の人間だぞ。そして降伏もした。ここは一度寛大な処置をだな」

「アカネちゃんさぁ、なんでそんなにこの男の肩を持つの? 何? 何なの?」

「別にこの男の肩を持っているわけではない。ただ、この男を倒した以上、次の王はお前だ。そんな存在が、戦意喪失し、降伏した相手に対して追撃するのは違うのではと」

「あ、わかった! 俺わかったぞ! アカネちゃん実は敵なんだ!? だから俺の魔法みても全っ然褒めてくれないし、俺に惚れてもくれないんだ? ここにいる女の子は皆俺の最強の魔法に見惚れたってのに!」

 イクトの傍には、イクトに付き従う女魔法使いが複数人いる。そして、皆イクトの魔法に見惚れ、イクトに付き従う者である。それらの存在がイクトの感覚を狂わせたのか、それとも最初からそうだったのかは分からない。だが、今のイクトの自己酔心っぷりはハッキリ言って異常と言わざるを得ない。そんなイクトに対して、アカネはため息をついた。

「お前……正気か? 確かにここにいる者はそうなのかもしれないな。だが、世の中、誰もがお前の魔法に見とれ、そしてお前に惚れると思ったら大間違いだ」

「なんでだよ!? 俺は次の王様だぞ!? そして全ての魔法が使えるんだぞ!? しかも全部が最強なんだ! ルックスも最強だ! ステータスも最強だ! この世界の最強の存在が俺なんだ! だから俺に惚れない女は女じゃねえ!」

 とてつもない暴論を吐き出し、そして、子供のように叫ぶ転生者イクト。

「コイツ……まじで言ってんの……」

 そんなイクトを見て、アカネに付き従う金髪の女性、ヒカリもまた、ため息をついた。

「アカネ隊長。もう、こんなのに付き従う必要はないわ。このままだと、コイツはいつか、全世界の調和を乱す。早急に手を打たないと、たぶん、この世界に平和はこない。それにコイツはただの……現実逃避者よ」

「なるほど。転生賛成派のヒカリの義にも反するか」

「ちょ、ちょっとアンタら!? イクト君になにいちゃもんつけてんの!? イクト君はマルクスをやっつけた英雄よ!?」

 と、イクトに付き従う女性たちはアカネとヒカリに抗議をしている。それを聞いたイクトはニヤリと微笑んだ。

「そうだ、そうだよ……。俺は英雄なんだ! 俺が正しい! 今ならまだ許してやる。アカネ、ヒカリ。俺の正義の力にひれ伏せ。屈服しろ。崇めろ、跪け。そして俺のモノになれ!」

「はぁ……」

 見るに堪えないな、とうっすら呟きながら、アカネは目を細めた。

「その正義の力とやらが、お前自身のモノではなく、この世界に来て偶然手に入ったものでもか? そしてそれが、他の人間のものでもか?」

「な、なに……」

 何か心当たりがあったのだろうか。アカネのその発言に、イクトは目を丸くし、身体をうっすらと震わせる。

「何をわけわかんない事言ってんだ……? この力が……他人の……? というか偶然手に入った事、どうしてあんたが……」

 イクトはひどく動揺している。イクトは転生者であり、力も何者かから貰ったものだとだという事を誰にも話していなかったようだ。にも関わらず、目の前にいる先日偶然知り合った女性が、その事実を知っている。確かにそれは薄気味悪く、非常に恐ろしい事だ。動揺するのも無理もない。

「イクト。その魔法……いや、そもそもその魔力は、この世界にいる一人の人間の魔力だ。勿論、お前のような最強と呼べる代物ではないが、その力の正体は、本来の持ち主が一生を経て開花させる力だ」

 だが、アカネもまたこの世界の人間ではない。言うなれば、この世界の理から遠く離れた存在だ。全世界を管理する世界というぶっ飛んだ世界の住人である。当然ながら、イクトの素性もある程度は熟知している。

「そ、そんなわけがないもん……。これは、俺の、きっと俺がもともと持っていた潜在能力に違いな」

「とある世界で、ただただ自堕落な生活をしていただけの者が、何の努力もせずに、何の成果も出さずに、そんな最強めいた力が突然開花すると思うか? レベル1の人間が何もせずにいきなりレベル99の力を使えるようになると思うか?」

「ち、違う……。このチカラは……授かったものだ。そう、そうだよ。授かったんだよ。だから俺の力だ。そうだ、これは俺の力だ。俺は……最強の魔法使いだ!!」

「もう一度言う。その力は、この世界のとある人間が一生をかけてレベルを上げ、やがてはレベル99になって、そして初めて開花する力だ。お前の物ではない。返して貰うぞ」

「うるさぁあああああああああああい!!!! 俺はこの世界の存在にして最強の魔法使いだぁあああああ!!!! レベル1じゃあなあああああああああああい!!!!」

 狂ったようにそう叫ぶイクトは、手に持っていた光輝く剣を頭上に掲げる。剣の元には、七色に輝く光が結集し、イクトの持つ剣は、虹色に輝き始めた。

「頭にきた!! 俺の最強の魔法を食らって後悔するがいいっ!!!!」

 イクトは現在持ちうる魔法の力の全てをその剣に込めたようだ。更に……。

「拘束魔法だぁ!!!!」

 アカネとヒカリの身体を青白い触手が襲い掛かる。腐ってもイクトは最強の魔法使い。アカネもヒカリも触手をかわすことは不可能だったようで……。

「んな!?」

「し、しまった!?」

 手足の自由を奪われ、更には蠢く触手に二人は身体を弄ばれる。

「くっ……気持ち悪い! なんなのよコレ!」

「んっ……。ぐっ、油断したか……」

「ふへははは! いい格好だよ君達!!」

 二人の女性の身体をイヤらしく弄ぶその触手は、まるでイクトの欲望を具現化したもののようにも見える。

 やがて抵抗も虚しく、イクトは身動きの取れない二人に向けて、剣を振り下ろした。

「最強の魔法を、最強である俺の力をくらうがいいっ!!!!」

「ここまでなの……」

 七色に輝く斬撃波が、触手に捕らわれた二人を襲う……はずだった。

「……と、言うと思った?」

「残念ながら、その最強という力、どこにも見当たらないぞ?」

 二人は冷静にイクトにそう言い放った。

「な……に……」

 イクトは額から汗を流しながら、目を大きく見開いている。なぜなら、イクトを蔑んだ二人の女性を弄ぶ触手も、イクトの繰り出す最強の魔法も、一瞬のうちに消え失せたからだ。

 それはまるで、最初からそんなものは存在しなかったような感覚さえ覚える物だった。

「馬鹿な……。何が起きた!?」

 イクトは再び剣を頭上に掲げる。だが、何も起きない。それどころか、魔法の力で生み出していた黄金の剣さえも、ボロボロと崩れ落ち、消えてなくなった。

「あり得ない……! あり得ないぃいい!!」

 イクトは次々に手を前方に掲げ、押し出す。でも、手からは魔法陣も、更には炎や氷の塊さえも現れない。逆に、イクトの表情だけが、冷気で冷えたかのように、どんどん青くなっていった。

「俺よりも強い魔法!? 馬鹿な!? そんなのあり得ない! 俺は最強だ! 俺は強いんだ! その俺の魔法を消すなんてあり得ない! 貴様ら、一体何をしたぁ!?」

 ひどく取り乱すイクトに、アカネは冷静にこう話す。

「簡単な話だ。我らは全世界を管理する世界の存在。そしてこれは、異世界転生者に対してのみ発揮する、我らが共通して持つ潜在能力。異世界転生者を元いた世界のステータスに強制的に戻す能力だ」

「な……んだと……」

 アカネが発した、末恐ろしいその能力の実態。それは、これまでチート能力で無双しかしてこなかった転生者であるイクトの心と身体を戦慄させるには十分すぎる効果だった。

「あり得ない……。だって僕は……いや、俺は、最強の……魔法使い……。この世界の存在……」

 さっきまでイキリ散らしていたイクトの姿はどこにもない。イクトは膝をつき、ただただ震えている。

 そして、追い打ちをかけるかの如く、ヒカリはこう言い放った。

「今のあなたは、世界全ての魔法を好きな威力で発動できるチート能力俺TUEEE状態ハイパー無敵無双勇者イクトじゃない。たまたまこの世界に無理やり転生させられてしまった、哀れな被害者にして哀れな現実逃避者。地球世界の住人。秋山育人、28歳無職よ」

「あ……あ……」

 それを堂々と宣言されたイクトは、目を見開きながら、そして口からは涎を正しながら、崩れ落ちていった。

「嘘だ……。だって僕は……この世界に転生できたんだ……。僕はこの世界の住人なんだ……」

「ここはお前の世界ではない。お前の世界は、地球世界だろう」

「違う、違う違う違う。僕そんなの知らないもん……あの世界の事なんて知らないもん……」

「随分と現実逃避が上手なんだな。だが、そんなことをしても無駄だ。この世界で、その魔法で生きていくのはお前の役目ではない。それは、この世界の」

 と、アカネがイクトにそれを言おうとした瞬間だった。アカネとヒカリ目掛けて、炎の球が直進する。

「むぅ!?」

 アカネは即座に灰色の棒を手に取り、そこから赤い光の鎌を生み出す。そして、その光の鎌を斬り上げて炎の球を天井へと弾き飛ばした。

「さっきからわけわかんない事ばかり言ってんじゃないわよ!」

「イクト君! 大丈夫!?」

「イクトをいじめる人は、許さない」

「イクト君の敵は、私の敵よ」

「イクト君は私たちが守る」

 炎の球を生み出したのは、イクトに付き従う仲間の女魔法使いたちだった。彼女たちにとってはイクトは英雄であり、意中の相手。そんなイクトを屈服させたアカネやヒカリに敵意を向けるのは必然だった。

「まずいな。彼女たちはこの世界の存在。私達でも複数人同時相手は少々骨が折れる」

「ただの黄色い声上げるだけのギャラリーってわけではなかったみたいね」

 アカネとヒカリは背中を合わせる。対して、イクトに付き従う女魔法使いたちは、二人を排除しようと取り囲んでいる。

「この世界のイクトが近くにいれば、万事解決なのに」

 ヒカリは苦しい表情をしながら、周りの女魔法使いを見渡す。女魔法使いたちは全員、既に魔法を出す準備に入っている。苦々しいその表情は、一斉に魔法を繰り出されたら、流石に厳しいと言わんばかりだ。

 だが、その時だった。

「アカネさん! ヒカリ! 遅くなりました!」

 イクトとマルクスの激しい闘いでボロボロに朽ち果てた玉座の扉から、二人の青年が姿を現した。

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