第2話

 生憎、ワタルの目的の全貌は分からない。探ろうとしても、記憶に靄がかかっていて、探る事は出来ない。

 だが、これだけはハッキリと言える。ワタルのやったことは間違いではない。

 ワタルは、誰かを救おうとしていた。それが誰なのかは分からないが。だが今は、全力で周りにばれないように、ワタルとして行動しなければならない。それが俺の役目。

「今回のターゲットは、半年前にとある魔法世界へと転生した元地球世界の青年。生命は生まれ出でた世界でのみ過ごすべし。それが本来の世界のルールだ。転生者は元の世界に戻らねばならない。異世界転生が神の意思によるものだというならば、その神は偽りだ。何故なら、我らの世界は全世界の管理世界。我らの許可なくしてそれはあり得ないからだ」

 アカネ隊長の言葉が、胸に重くのしかかる。ホント、とんでもない世界に来てしまった。

 既に俺はそのスローガンを破っている。でも、ここでバラすわけにはいかない。アンチ異世界転生世界のこの場所で、俺の正体がバレたら、たぶん……一貫の終わりだ。

 加えて、個人的に恐ろしいと思っているのは、他の転生者の能力だ。

 異世界転生者と接触をするわけだが、たぶん、彼らは、なんらかのチート能力俺TUEEE状態なハイパー無敵無双勇者となった異世界転生者だ。接触するのはいいが、彼らが説得に応じなかった場合……彼らと戦闘を行う。数少ないワタルの記憶がそう語りかけてくる。

 それはつまり、冒険譚をそのまま執筆したら普通は主人公になりそうな連中が、俺たちの敵になる事を意味している。各世界で、チート能力で無双しまくっている連中が俺たちの敵。……正直こんなに末恐ろしい事はないわけで。

 ……だが、考えすぎだ。異世界転生者が実在するとして、俺のいた世界でよく聞くような、そんなチート能力を持った人なんて、そうそういるわけがな……。

「言わずもがな、今回のターゲットは俗にいうチート能力を持っており、また、多くの女性魔法使いの仲間を従えて行動している。場合によっては、戦闘は避けられないだろう。二人とも、覚悟を決めろ」

 いや、いるんかい! とツッコミを入れたいところだが、今は唾を一口飲んだ。

 というか、チート能力に多くの女性の仲間って……。もうこれ完全に異世界転生モノの主人公じゃんか。方や、冒険はじまると思いきや、訳も分からずに説教されて、元の世界に戻されそうになって……。同じ転生者なのにこの差はなんだろうか?

「ついたぞ。ここが、ターゲットのいる魔法世界だ」

 なんて考えている間にも、青白い光が晴れ、別世界へとたどり着いたようだ。既に目の前には緑色の森林が広がっていた。

 少々足場は悪いものの、新鮮な空気は、不安な心を少し浄化してくれる。だけど、そんな安らぎは本当に束の間だった様で。

「ヒカリ、ワタル。敵だ。戦闘準備!」

「りょーかい」

「え、は、はい!」

 周りには、巨大な羽をはやしたカマキリのような巨大生物が4体。敵というから、てっきり異世界転生者かと思ったが、普通に魔物だった。地球世界の俺そのものだったら何もできずに硬直するところだ。でも、一応俺は転生者。転生者解放騎士団の一員にして、アカネ隊長率いるクレナイ隊の隊員ワタルでもある。戦闘の記憶はなくはない。

「いくぞ!」

 アカネ隊長の掛け声とともに、ヒカリは指をパチンと鳴らす。俺とアカネ隊長の身体は上空へと浮き上がる。

 この技はさっき廊下で俺が食らったやつだ。ヒカリは、任意の対象の重力を自在に操作できる能力を持っている。そして、上空に上がった状態でヒカリは、アカネ隊長を魔物2体へと突っ込ませる。

 同時に、アカネ隊長は懐から灰色の棒を取り出す。すると、その棒の先端部分から瞬く間に赤い光が姿を現す。光は形となって、鋭い鎌へと姿を変えた。

「まずは二体」

 アカネ隊長は赤い光の鎌で、カマキリの魔物二体を一瞬にして切り裂いた。

「アカネ隊長、相変わらず騎士っぽくない武器ね」

 ヒカリの言う事は正直同感だ。元の世界では、いろんな創作物を嗜んでいたが、鎌を扱う女騎士というものは、正直珍しい部類だと思う。

「剣や槍は性に合わなくてな。鎌が一番落ち着く。敵を倒せればそれでいいのだ。ヒカリ、反転させろ」

「今やっているわ」

 ヒカリは指を再び鳴らし、アカネ隊長の向きを変える。そして、瞬時に、もう一体、そしてもう一体へと向かわせる。アカネ隊長はそれに合わせて敵を切り裂いた。

 記憶としては存在するものの、この二人の戦いを目の前で見るのは初めてだ。なんというか、見た目とは裏腹に脳筋な感じがする……なんて事を口にしたら、きっと俺もあの魔物のように真っ二つに切り裂かれることだろう。だが、余程訓練を重ねないと出来ない動きでもある。隊長は勿論だが、あのヒカリという人も只者ではない。記憶によると、一応俺と同年齢らしいが。

 そして、俺事ワタルの戦闘能力はというと……。

「ワタル、メモはとっているか?」

「は、はい! 今から書きます!」

 そう、俺の戦闘能力……は、特になし! 厳密には能力は存在するけど、これは戦闘能力ではない。なので、やる事は上空の安全地帯で、敵の容姿や、二人の戦いをレポートにする。それが戦闘時の俺の役目だ。なんというか、ちょっぴり悲しくなってきた……。

 基本的にはアカネ隊長が戦闘を行って、ヒカリはそれのサポート。俺は状況のメモを。

 なるほど。戦闘だと俺は無能か。悲しくなってきた……。

「よし、片付いたな」

 二人の華麗な連携もあって、どうやら、敵は全員倒したようだ。隊長がそう言うと同時に、俺の身体はゆっくりと降り立ち、足場の悪い地面に着地する。

「見ての通り、この世界には魔物が存在する。ターゲットと接触する前に、まだまだ襲撃を受けると考えられる。二人とも、注意を怠るな」

「「はい」」

 一瞬でも気を抜いたら、戦闘能力のない俺は恐らく天に召されることだろう。気を付けなければ。……って!?

「ヒカリ、後ろ!」

「え……? んな!?」

 ヒカリの後ろにはさっき倒した魔物と同じ魔物が5……いや、10程出現している。そして、空中からヒカリ目掛けて一斉に飛び掛かった。

 でも、その時だった。

「ゼロアイシズ!」

 そんな掛け声とともに、一瞬にしてヒカリの目の前にいたカマキリの魔物は氷漬けになった。なんだ? 一体何が起きた?

「いやぁ、危ないところだったな」

 とそう言いながら、今度はヒカリの目の前……厳密には、氷漬けになった魔物の後ろから、ひょっこりと一人の少年が姿を現した。

「今の魔物はカマキール。コイツの体液は人の脳に何らかの影響を与える恐ろしい魔物だ。いやあ、姉さんたち危なかったね」

 と、魔物の情報を教えてくれる少年。なるほど。後でメモしておこう。

「姉さんたち、大丈夫? ケガはない?」

 やや青みががった短髪に、黒いコート。そしてその後ろには、割と童顔なその表情にうっとりしている女性のギャラリーたちがいた。彼女たちは彼の仲間か何かだろうか?

「ヒカリ、ワタル。これがターゲットだ」

 小声で俺たちにそう伝えるアカネ隊長。ってことは、この童顔の少年が異世界転生者。チート能力使い。そして後ろのギャラリーは仲間か。ざっと5人程いるわけだが、全員彼の仲間で魔法使い。いきなり相手どったらかなり厳しいぞ。

 というか、いきなりターゲットと接触か。いくら何でも都合がよすぎる気もするが……。まあ、良しとしよう。きっと運がよかったんだろう。

「あ、ありがとうございます。その、助かりました」

 ぺこりと頭を下げるヒカリ。確かに、彼に助けられたのは事実だ。ここは俺も礼を言わないと。

「助かりました。ありがとうございます」

「え、君、どこの階級? ギルドには入っているの? 名前は? てか、何歳?」

 と、俺のセリフを軽くスルーし、ヒカリに馴れ馴れしく話しかけるターゲット。

「そちらの赤い髪のお姉さんは君のお仲間さん? もしかして、姉妹かな?」

「いや、姉妹ではない。私らはただの旅の仲間だ。丁度、魔物相手に手を焼いていたところだ。礼を言う」

 冷静に答えるアカネ隊長だが、ターゲットの少年はニンマリと微笑む。

「そっかそっか。いやあ、俺って実はさ、今見ての通りなんだけど、めっちゃ魔法、使えるんだよね」

 まあ、そんな事言われなくてもわかるんだが、この少年はそれを改めて明言してきた。やけに自信家だ。

「それで? お姉さんたち二人とも名前は? 階級どのくらい? ああ、俺はマスターランク。ギルド入会からマスターランク入りは史上最少記録更新らしいよ? まあ俺そんなの興味ねえんだけどさ」

 そんなもん聞いてないよ。何て事を言いそうになったが、ここで彼の機嫌を損ねるのはマズイ。彼はチート能力者。ここは下手にでないとだ。

「凄いんですね。あー……えっと俺たちは実は別世か……むごっ!?」

「あははは、えっと、私らはギルドには入ってないんですよ。だから階級とかそう言うのはなくて」

 俺の口を塞ぐヒカリは、愛想笑いをしながらターゲットにそう伝える。

「そっかそっか。いやあ、そしたら大変だね。この世界では今や、特定のギルドに所属していない人間は粛清される。あの腐った下衆野郎がギルドマスターなっちゃったからさ」

「へ、へえ、そうなんですか」

「だから、俺がアイツをぶっ倒して、俺が代わりにギルドマスターになってやろうってわけ。まあ、俺こう見えても腕立つし、正直ギルドマスターにも負ける気はしないんだ」

 それを自分で言っちゃうのかこの転生者。なんだろう。絶賛異世界転生チート能力俺TUEEE状態。敵は皆無双のノリノリな状態でイキイキしている感じかな。この人。

「てなわけで、お姉さんたち、よかったら俺と一緒に来ない? ここ魔物多いし、危険だぜ? それに……お姉さんたち、可愛いし、放ってはおけないよ」

 なんか、馴れ馴れしい感じが少し鼻につく。調子づいた主人公ってのは創作物ではよく見かけるけど、所詮は創作物だし? と思ってあまり深く気にしないようにはしていたけど……生で見ると結構鼻に来るっちゃくるな。

「か、可愛いだなんて……そんな……」

 と、頬を赤く染めるヒカリ。更にアカネ隊長も少しだが顔を赤く染めている。ま、まさかとは思うが二人とも、この転生者に助けられたことで惚れたとかそう言う流れじゃあない? 大丈夫?

「でも……見ず知らずの私らを匿ったりしたら、あなた方は立場的に危険なんじゃ?」

「大丈夫だよ、ヒカリちゃん。俺、物凄く強いから!」

 と、頭を軽く上げると同時に、ターゲットは右頬を上げ、目を細める。なるほど、これがいわゆるキメ顔っていうやつかな。……ん? てか、いまヒカリの名前を!?

「な、なんで私の名前を?」

「驚いた? これは俺の魔法。俺、ああ、びっくりするかもしれないけど、実は俺、この世界に存在する全ての魔法が使えるんだ。だから、相手の名前を知る事なんて造作もないのさ」

 す、全ての魔法を使える!? それがこの世界の転生者の能力!?

「しかもね、イクト君はその魔法の能力を好きなだけ威力を倍増できるんだ! もう無敵すぎ! たまんない!」

 と、今度はターゲットの後ろにいる女性ギャラリー、水色のロングヘア―の小柄で可愛いらしい女子がそう口に出した。なるほど、あらゆる魔法を好きな威力で放てる。それがこの転生者の能力。く、なんてチートなんだ……。それに比べて俺の戦闘能力は……特になし! もう一度言う。この差は一体なんだろうか。

「はは、よせよ~。本当の事をいうんじゃねえよ~。照れるじゃんかよ~~」

 なんて事を思っている間にも、イクトと呼ばれるターゲットはニヤニヤしながらなんというか、頭をペコペコさせている。なるほど、これがヘラヘラするっていうやつか。

「イクト君、照れている顔も可愛い! ホント好き!」

「僕もだよ? メリナ、カノ、ナミ、シノン、ジャスミン。皆、俺の子猫ちゃんたちさ」

 子猫ちゃんと言って、うわぁ……。と、ちょっと思ってしまった俺。モテない奴の見苦しい嫉妬なのはわかるけど、それでもなんか引いてしまう。でも……。

「「…………」」

 ヒカリとアカネ隊長も無言で微笑んではいるものの、目は笑っていない。よかった、魔法で惚れたりとか、そういう状態にはなっていないようだ。

「それからヒカリちゃんと、あとはアカネちゃん? か弱い新しい二人の子猫ちゃんもこの僕が守ってやるよ? 俺、魔法では誰にも負けない無敵なんで」

 と言って、再びキメ顔を披露するイクト君。なるほど、いきなり最強になったら、人ってこんなにも自信家になるんだな。恥ずかしい話、なんだこいつ……と正直俺はそう思ってしまった。でも、ここで感情的になったら任務に支障が入るかもしれない。ここは冷静になろう。

 ちなみに、きゃーーーーー! と黄色い声を上げる女子のギャラリーの一方で、うちの赤髪の女隊長と金髪女子からは何というか、冷たい殺気のようなものを感じる。

「アカネちゃん……だと」

「か弱い……ですって」

 と、俺にしか聞こえないくらいの怒りの感情籠った声が聞こえる。気が強いお二人にはそれらのワードはタブーなようだ。

 これ以上二人の殺気が膨れ上がらないうちに任務を終えた方が良さそうだ。ここは臆せずにビシッといこう。

「あーところで、あなたってこの世界に転せ……ムゴッ」

 と、それを言おうとした途端に、今度はアカネ隊長に口を塞がれる。そして、俺を庇うかのように、ヒカリは満面の笑みでこう言い放つ。

「ぜ、是非ともお願いします~! か、か弱い私達を守ってーー!?」

「そうだな。私からもお願いしたいところだ」

 というまさかのイクト君についていくパターン。二人とも本気で言っているのか?

「ちょ、一体何を言って? ターゲットを見つけたところだし、この少年を元の世界に戻してここから抜け出さないのか?」

「おいワタル、忘れたのか? ターゲットの転生タイプは実態型だ」

「え? て、転生タイプ? 実態型?」

「まだ、この世界でのイクトという少年を見つけていないでしょ。任務遂行にはまだ時間がかかるわ。まさか、忘れたの?」

 この世界での……イクト? なんだ? 何を言っている?

「お姉さんたち? どうかした? 大丈夫?」

「大丈夫だ。すまない。では、私らはあなた達についていく故、先導の方を頼む」

「よし、任せな。皆は俺が守ってやるよ?」

「「「イクト君素敵――――!!!!」」」

 黄色い声が再び上がり、キメ顔をとるイクト少年。その一方で、俺はワタルとしての自分の記憶をたどった。

 なるほど、どうやら転生という事象には二つ種類があるらしい。一つは、転生者がその世界の何者かに憑依して行動可能になる憑依型。そして、もう一つは魂のみが実体化して活動する実体型。

 現に、それを意識してイクトを見ると、頭に実体型というワードが不思議と浮かんできた。これも全世界を管理し、異世界転生者を元の世界に戻すことを生業とするアンチ異世界転生世界……通称アンチ世界の人間の能力のようだな。

 ちなみに実体型の場合、転生者を元の世界に返すだけじゃダメなんだ。転生者の力を、本来あるべき人物に渡したうえで、元の世界に戻さなければならないのか。

 どうやら、世界にはそれぞれ、同じ人物、もしくはその人と同等の人物が存在するらしい。地球世界の俺は仙波渉という大学生だが、アンチ異世界転生世界ではワタルが存在するように。そう言えば、荒野の世界でも、一瞬俺と同じ容姿の奴がいた。彼はあの世界の俺って事か。

 そして、イクトという名前の異世界転生者は、現在全ての能力を好きな威力で使用可能ないわゆるチート能力所持者。だが、この能力は本当なら、この世界のどこかにいるであろう、この世界でのイクトが一生をかけて手に入れるステータス並びに実績。だから、目の前の転生者イクトだけでなく、この世界のイクト少年を見つけなければならない。

 この異世界転生者イクトがチート能力を使えるという事は、この世界のイクトは現在、能力を失った状態にあるって事だから。

 そしてそれは……恐らく俺の役目。俺の能力の出番だ。

「アカネ隊長、ヒカリ、ここは任せました」

「ああ。そっちは頼む」

「気を付けてね」

 二人にそう言われる中、俺は自分の能力を静かに発動する。すると、俺の姿は一瞬のうちにその場から消えうせた。それは、最強と謳われているイクトすら気が付かない早さだった。というよりかは、男の俺なんか眼中にないだけのようにも感じる。

「じゃあ、今夜はヒカリちゃんとアカネちゃん、一緒に……ふふふ」

 でも、その場から消えうせる瞬間、転生者イクトが発言していた、意味深なセリフが気になった。同じ転生者として、彼のようにはなるまいと心に決めた瞬間だった。

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