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喫茶店の一席は気まずい雰囲気を醸し出していた。
お互い無言で向かい合って座る男女。女は顔を伏せ、男は目をそらして煙草をふかしている。
「でも、このままじゃ、報われないよ」
暫しの沈黙の後、男が意を決したように女へと話しかけると、女も間髪入れずに言葉を返す。
「確かに中村くんが突然死んじゃったのは悲しいよ。でも…わかってるでしょ?絶対あの事件が絡んでる…調べるなんて危なすぎるよ…」
「…だからこそ、だろ。」
1時間程度前にこの男女はこの喫茶店へとやってきた。だが彼らの目的は午後のティータイムを楽しむためじゃなかった。
彼らの共通の友人が死んだことについて話し合いに来たのだ。
友人の名前は中村。彼らの大学の頃のサークル仲間である。訃報を聞いたのは昨日。郊外の公園で変死体として発見された。ただでさえ奇妙なこの中村の死は、今この瞬間だからこそ、彼らにある事件との関係性を疑わせる。
巷で話題になっている連続変死事件。通称、うんこまん星人ダブルゼータ事件。
事件の概要は、SNSにて”うんこまん星人ダブルゼータ”からDMが来ると変死してしまう、という、傍から聞けば馬鹿馬鹿しい与太話とも受け取れるものだが、実際にここ数週間のうちに変死体が全国各地で発見され、警察すら動き出す自体になっている。
とは言え、一般に公表されている情報は、「うんこまん星人ダブルゼータからDMが来たら変死する」という曖昧なもので、誰しもが事件の全体像を把握しかねている状況なのである。
「中村は自殺なんかする奴じゃない。だとしたら、もう、あの事件しかないだろ。」
「だけど、そんなこと言ったって、どうすんの?踏み込めば踏み込むほど新泉だって危険なんだよ?」
眉間にシワを寄せて話す男-新泉を、向かいの女-紗倉は必死で止める。喫茶店の席についてから話は一時間、平行線上であった。
「新泉らしくないよ…」
再びうつむく紗倉を見て、新泉は力なく笑った。
「あいつさ、サークルで紗倉以外で唯一、俺が大学辞めるのを止めてくれたんだよ」
「え?」
「”ここで辞めたら絶対後悔する”ってさ。テスト前に完全に諦めてたらアパートまで来て、”明日のテストの教授の研究室教えろ。燃やしてきてやるから”なんて言ってきたりして。”だから絶対辞めんな”って。」
新泉は中村のことを、自分自身で思い出を確かめるように、紗倉へと語り始めた。
「結局、俺は中村の励ましも、紗倉の抑制も振り切って大学を辞めちゃったんだけどさ。それでも、あの時中村が励ましてくれたのはすげえ嬉しかったんだよ。ゴミみたいな俺でも、なんか…どうにかなんじゃないかって。」
新泉は心做しか涙声で続ける。
「本当の友達じゃなきゃ、そんな親身に励まさないと思う。だから中村は俺のことを本当に友達だと思ってくれてたんだと、勝手に思ってる。」
「…」
新泉はあまり心の中を打ち明けないタイプで、紗倉ですら新泉が何を考えているのかわからないことが多々あった。この話すら紗倉にとっては初耳であり、紗倉からしたら中村も数いたサークル仲間の中の一人程度だと思っていたのだ。
だが、新泉にとっての中村は、紗倉が思っているよりもよっぽど大きい存在であった。
「友達が死んじまったんだ。俺の友達が。もしかしたら、殺されたのかもしれないんだ。」
灰皿の煙草はとうとう灰になって燃え尽きて煙を上げるのを辞めた。
「だとしたら…許せるわけないだろ。」
静かな店内。新泉は静かに紗倉を見据えて、心からの確かな気持ちを口にした。
-沈黙。
「…わかったよ。」
紗倉が大きくため息をついて沈黙を破った。
「新泉ってさ、時々ちゃんとしてるよね」
紗倉は困ったような笑みを浮かべて、小難しい顔をしていた新泉をからかう。ちゃんとしてる、というのは、大学中退のフリーターには似つかわしくない表現だが、変に義理堅く、重要なところで人への気持ちを考えられる一面を持つ新泉には正しく当てはまる言葉であった。
「時々ってなんだよ…」
新泉は不思議そうに、少し不服そうに紗倉の言葉に異を唱え、再び煙草に火をつけた。
「…まぁ、そういうことだから。とりあえず、うんこまん星人ダブルゼータについての情報を集めようと思う」
だから、もし俺に何かあったら、と続けようとした矢先。
「わかった。私も協力する」
思いも寄らない紗倉の反応に新泉は呆気にとられる。
「い、いや、死ぬかもしれないんだぞ?紗倉は中村とそんな仲良くなかっただろ?俺一人で…」
「中村くんとはそうだったかもしれないけど、新泉とは仲良いつもりなんですけど?」
形勢逆転。今度は止めようとする新泉とそれを聞かない紗倉。結局この後一時間ほど平行線上の話を繰り返すこととなった。
「わかったよ!協力してくれるんですね!ありがとう!」
ついに折れた新泉が投げやりな感謝の言葉を放り投げると、紗倉がそれをすかさず突く。
「何その言い方!命張ることになるんですけど!?」
-結局、喫茶店を出る頃にはすっかり日が暮れて、通りには残業終わりのサラリーマンたちが行き交っていた。
「じゃ、じゃあ…またLINE送るよ…」
「そ、そうだね…私もなんかわかったら…連絡する…」
壮絶な舌戦を経て、くたくたになった二人はそれぞれくたびれた帰り道を帰っていった。
だが、紗倉の足取りは軽かった。
新泉が他人のことをあれだけ思えることが誇らしく思えたのだ。冴えないゴミクズナメクジフリーターである事実は変わらないが、彼の持つ一面を酷く可愛く、愛おしく思えたのだ。
だが一方で紗倉の中では、このまま”うんこまん星人ダブルゼータ”にたどり着けないことを望んでいる自分もいた。このまま、”このまま”が続けばいいのに、そう思っていたのだ。
”このまま”を無残に蝕んでいく未来も知らずに、紗倉は無邪気にもそんなことを思っていたのだ-…
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