第9章 恐怖の生きもの

 目をますと知らない場所にいて、私はあわてて飛び起きた。昨日の記憶きおくがよみがえってくる。まだ私はザザの宮殿きゅうでんにいるはずだ。


 もらった時計は午前6時45分を指している。そろそろ起きる時刻じこくだ。私はさっさと洗面所を使って、たけしが起きてくる前に着替きがえまでませた。


 毅も決しておそくない。だいたい私と同じくらいのタイミングで起きてしまう。だけど、私は外出すると少しだけ朝が早くなる。毅は、7時ごろ起きてきた。


 7時半になって、朝食が運ばれてくる。

 昨夜は20時過ぎに軽い夕食が運ばれてきて、私たちはそれを食べて、お風呂ふろに入って眠った。


 なんとも奇妙きみょうだ。まるで私たちの動きを全部、監視かんししているみたいだ。


 ザザが魔法使いじゃなかったら、この部屋に監視カメラがないか、調べて回るところだ。お父さんはいつも、IT機器を信用しすぎるな、と私たちに言い聞かせてくる。技術者だから、かえってそういうのが気になるんだとか。


 昨夜はバラバラに探したせいで、合流が遅くなった。私は毅と話して、お互いが見える位置でザザを探そうと決めた。庭も建物も、基本的に左右対称たいしょうにできている。私たちは、そのシンメトリーの反対側をおたがいに探すことにした。


 入口からおしろを見て右が私、左が毅だ。時計を確認して、9時になると一緒いっしょにスタートした。といっても、実際に見つけないといけないのは、教えてくれそうな動物だ。


 だから、細かいところを見るほど時間はかからない。庭全体を見るのに、私たちは30分と決めた。1階が30分、2階が20分、とうに30分、中央が30分。あとは目的の場所を見つけるだけ。でも、だれも教えてくれなければ、帰れなくなる危険性がある。


 私たちは真っ先に庭に出る。昨夜は近づけなかったうら側も、明るければこわくはなかった。


 昨日はそこまで行かなかったけれど、裏には馬小屋があった。中に入ってザザを見なかったか問いかけてみる。でも、馬たちは何も聞かなかった様子で草をんでいる。私はならんで草を食んでいる馬たちを1頭ずつ見て歩いた。1頭だけ、小さくて、なんだか不格好ぶかっこうな茶色の馬がいる。


「ザザの居場所を知らない?」


 すると、その馬は顔を上げる。

「ザザは宮殿の2階で、かべの絵に張りついてるよ」


「ありがとう」


 私は急いで毅のところへもどる。


「馬の言うことなんて、信じていいのかな?」


「じゃあ、どうすればいいの?」

 私はとにかく、毅を2階に引っ張る。


「壁の絵に張りつくなんて、普通ふつうは無理だよ」


「わかんないよ。葉っぱに化けてたくらいだから」


 階段をけ上がり、2階の廊下ろうかに到着した。廊下の壁には、絵がかかっている。この中のどれかに、ザザがいるかもしれないんだ。私は毅に反対側に向かうように言って、自分は右へ向かう。


「ザザ、どこにいるの?」


 声をかけながら、1枚ずつ絵を外そうと試してみる。だけど、絵は私にはちょっと重たいみたいだ。外せても、元に戻せないかもしれない。特に、大きくて少し上のほうにかかっているのは、少しかたむけられるくらいで、とても持ち上げられそうにない。


 ネズミが1ぴき、通りかかった。


「そこの絵はダメだよ、ザザの絵だから」


 私が手をかけようとしていたのを、慌てて止めてくる。だけど、ザザの絵と言われるくらいなら、ここにザザがいるかもしれない。私は逆に気になって、その絵をよく調べてみる。


 古い町みだった。リアルな絵で、港町らしく、たくさんの船が板のわきにつけられている。その中に、1そうだけおかしな船があった。他の船とちがって、妙に手前に飛び出して見える。


「何だろう」


 私がその船にさわるやいなや、ポンという音がして、ザザが現れる。


「あれ、見つかっちゃったみたい。うまく化けられてなかったかなぁ」


「ちょっと飛び出してたよ?」


「うーん、そっか。じゃあ、もう1回ね。今、9時59分だから、10時半から、3時間だよ。昨日も言ったけど、失敗したら、帰れないからね」


 それだけ言い残して、ザザはまた消えてしまう。


 時間より早く探そうとしても、ダメなんだと思う。だけど、どの生きものにヒントをもらえばいいのか、先に探しに行ってもいいかもしれない。


 毅が近づいてきた。


「まだ?」


「あ、ごめん。今、見つけたところ。10時半から3時間だって」


「またあ?」

「うん、また」

「もう、終わりでいいよ!」


 気持ちはわかる。私もそう思う。


「だけど、ザザがやるって言うから」


 毅はかたすくめる。私のせいじゃないんだけど。


「ただの迷路だと思ってたのに」

「そうだね」


 私たちはいったん部屋に戻って、それぞれ好きな飲みものを飲んだ。冷蔵庫の中にいろいろ入っていたので、フルーツミックスのジュースをもらう。身体の中に甘酸あまずっぱい、冷たい飲みものが入って行くのを感じる。


 最後までうまく見つけられるといいんだけど。私は部屋の時計を見上げた。10時18分。次の作戦をらないと。


 ここまで2回、たまたまうまく動物を見つけられたけど、2回とも違う動物に教えてもらったから、あの外の馬小屋に行ったほうがいいのか、よくわからない。


 帰れなくなるって、本当に帰れなくなるんだろうか。たぶんおどしだと思うけど、海賊かいぞくのおもちゃに言われたわけじゃない。生身なまみの人間に言われると、本当みたいに聞こえて、ちょっとこわいな。


「外のほうが、動物は多そうだよね」


 毅がそう言ったので、外から見ることにした。


「じゃあ、さっきと同じように、手分けして見ようか」


 私たちは外へ向かった。一応、先に馬小屋を見たかったので、私たちは裏から始めることにした。


 でも、どういうわけか、馬小屋に馬が一頭もいない。


「ダメだ、いない」


 私は毅にそう伝えると、自分が受け持った庭の半分を、走って探し回る。花はとてもきれいだけど、生きものはまったくいなかった。虫の1匹もいない。走って、走って、息切れして立ち止まる。ひざに手を当てて、呼吸こきゅうを整えた。


「どうして?」


 ちゅうに向かって質問しても、もちろん、だれも教えてはくれない。


 外では何も見つけられず、私たちは建物の中に戻る。1階から順に、左右に分かれて見るけれど、どうしても何も見つけられない。虫1ぴきもいないなんて、なんだか変だ。


「お姉ちゃん!」


 毅が大声でさけんだ。私は急いで毅がいるところへ向かう。反対側の廊下ろうかの、まどのところだった。1匹のへびが、窓から中に入ってきていた。


「きゃあっ!」


 思わず後ずさりしてしまう。黄色っぽい、緑色っぽい、不気味な蛇は、先の割れたしたをペロペロと出してにょろりと身体をわせている。ざらざらとした表面は、生きもののはだじゃないような感じさえした。


「キミ、ザザじゃないよね?」


 毅が蛇に話しかける。


「やめて、やめて」


 毅を引っ張って、私は玄関げんかんのほうへ連れて行こうとする。だけど、毅は蛇に向き合ったまま、げようとしない。


「毒があったらどうするの?」


「まずは、いてみないと。変身かもしれないんだから」


 毅はそう言うと、もう一度蛇に質問し始める。


「ねえ、ザザの居場所を知らない?」


 でも、蛇は答えずに中に入ってくる。すでに1メートルほど中にいる。だけど、もっと長いみたいだ。


「ねえ、ちょっと。少しおくに入ってから訊こう」


 私はもう一度、毅を引っ張る。毅は少しだけ下がったけれど、完全に引こうとはしない。


 蛇はゆっくりと入ってきて、その全長を見せた。たぶん2メートルくらい。細いし、巻きついてくるタイプじゃない。だけど、毒があるかもしれない。


 蛇はあわてず、ゆっくりと這ってくる。私はゆっくりと毅を引っ張った。蛇は何もしゃべらない。今まで訊いたときのイメージと違いすぎる。


「ねえ、なんか違うよ、これ。他の子たちは、あっさり教えてくれたもん」


「そうなの?」


 毅はそう言いながらも、細い蛇がすぐ真横を通り過ぎても、気にしない様子だ。蛇はそのままゆっくりと進み、私たちをエレベーターの前まで連れて行く。そして、壁を這ってエレベーターのボタンをしてしまった。


「まさか、その蛇と一緒いっしょに乗るの?」


「案内してくれるよ、きっと」

冗談じょうだんでしょ?」


 並走へいそうする階段でも、あればいいのに。エレベーターに乗りみながら、私はナップザックを下ろして、飲みもののボトルを取った。


 まだたくさん入っている。意図いとに気づかれないように、私はそれを少しだけ飲んだ。毅か私にみつこうとしたら、なぐってやる。だけど、ペットボトルなんて、たいした武器じゃない。相手は蛇だし。


 私はふるえていた。蛇から視線を外さないように、できるだけ遠くにいるように気をつけていた。私は早く着いてと願った。エレベーターの動きがゆっくりだという気がして仕方ない。


 ようやく着くと、私は急いで毅を押して、自分も外に出た。でも、蛇も出てくる。私はもう一度エレベーターに毅を引っ張り込もうとした。


「待って」


 毅が私を引っ張る。蛇はゆっくりと這い、机の上に這い上ると、ペンの1本をぺろりとめた。


「それだって」

「え……」


 毅に言われても、蛇が舐めたペンにさわれる気がしない。蛇はその場でじっとしている。なんだか今にもその瞬間しゅんかんねらっていそうで怖い。


「わかった」


 毅が手をばす。


「えっ!」

 慌てて止めようとしたけれど、毅はペンに触ってしまった。


 ポンと音がして、ザザが姿すがたを現す。同時に、蛇もペンも消えてしまった。


「ありゃりゃ。まあ、いいか。ええと、今は13時過ぎだから、次は2人がかくれるんだよ。で、これで最後ね。15時から3時間、見つからないように頑張がんばってね!」


「ええっ?」


 思わずき返した。魔法使いに見つからないように隠れろ、だなんて。いったいどうすればいいんだろう。


「とりあえず、昼食にしよう」


 毅に言われて部屋に戻る。まだ時間はある。また動物たちに相談できないだろうか。


「どうしよう。今度こそ、本当に帰れないんじゃないかなぁ」


 部屋に戻ると、毅は不安そうに言った。この子、本当はずっと怖がってたんじゃないだろうか。だったら、私がしっかりしないといけないのに。


「また動物を探そうよ」

「うん」


 もっと、元気づけないと。


「2時間くれたってことは、隠れる時間も考えてくれてるんだもん」


「……そうだね」

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