第8章 宮殿かくれんぼ

 黄色いかべには、特に目印になりそうな模様もようはなかった。その代わり、あまり長くは続かなかった。


「意外とあっさり抜けた?」


「短かったみたいだね」


 私たちは目の前に現れた建物を見つめた。フェンスに囲まれた大きな庭があって、そのおく宮殿きゅうでんにしか見えない建物が建っている。庭の中央ちゅうおうには、大きな道が走っている。車でも通れそうな広い道だ。


 私たちは開いていた緑のフェンスの真ん中を通り抜ける。見る限り、左右に、それも左右対称たいしょう花壇かだんもうけられ、赤や黄色、ピンクに白と、カラフルな花がいている。その周囲には、きっちりとトリミングされた木がならんでいる。左右の花の植え方も同じように見える。


「すごい、きれい! でも、入っちゃっていいのかなぁ」


 きれいだけど、なんだかきっちりしすぎて、かえって落ち着かない。本当に入ってきちゃってよかったのかな、と思ってしまう。門番はいなかった。


 宮殿は近づくにつれて、はっきりと見えてくる。壁は全体に落ち着いた黄色で、庭のつくりと同じくらいきっちりとした左右対称だ。


 中央の部分に、先端せんたんとがった、カーブした屋根がついていて、まどはすべて同じ形で統一とういつされている。名前は知らないけれど、上だけがまるいアーチ型の窓。


 建物は基本的には横に広くて、2階建ての部分が多い。真ん中の部分と、左右にそれぞれ1か所だけ高いところがある。入れそうな場所は何か所かあるけれど、メインの入口はやっぱり、真ん中の入口だと思う。


 私たちはそのまま、真っすぐ進んだ。入口のドアは開いていて、だれでも簡単かんたんに入れてしまいそうだ。私たちはそのまま通り抜け、エントランスホールに入って行く。


 広い。とにかく広い。そして、豪華ごうかだ。ライトは少し赤っぽい色合いで、絨毯じゅうたんは青い。全体的に壁は黄色く、建てられたばかりの建物みたいにきれいだ。


 遊園地がオープンしたのも最近だから、本当に新しいのかもしれない。だけど、こんなに広い敷地しきちだったっけ。遊園地全体が広いのに、この迷宮だけでも、すごい面積な気がする。


 エントランスホールには、ほとんど何もなくて、全部が装飾そうしょくみたいだった。階段があって、左右に続く廊下ろうかがある。女の人が出てきた。少しぽっちゃりした感じの人だ。


「こちらでございます」


 案内されるまま、私はたけしの手を取って、左の廊下をずっと歩いて行く。壁にシャーマンみたいな仮面かめんがいくつかかかっている。不思議な感じ。


「こういうの、ゲームで見た」

「あるかも」


 毅が考えそうなことだ、と思う。


 案内された部屋に入ると、そこはツインのベッドルームだった。


「建物の外見は宮殿ですが、ここはお客様をおめするホテルになっております」


「え?」


 ちょっと待って、聞いてない! お父さんとお母さんが外で待っている。私たちは帰らないといけない。私は部屋の中をざっと見回した。白い電話機がある。私がそれに向かおうと動くと、後ろから声がかかる。


「そちらの電話は内線です」


 外にはかけられない? どうすればいいんだろう。


「どうしよう」


 私は毅を見たけれど、期待はしなかった。


「そう言われても。ゲーム機じゃ、連絡は取れないし」


 そういう冗談じょうだんを求めているわけじゃない。


「あの、家族が待ってるので、帰りたいんですけど」


「大丈夫です。この宮殿の敷地に入った時点で、外の世界とは遮断しゃだんされて、外では時間がっていないのと同じ状態じょうたいになります」


 どういうこと? 理解できない。


「あなたたちの時計は、この敷地に入った時刻じこくで止まっているはずです。こちらをご利用ください」


 金色のくさりのついた、平べったい小さな時計を渡される。私はそれを首にかけ、時計を持ち上げてみた。ふたはついていなかった。時計の文字ばんは、大きめの数字で見やすく書いてある。金色の背面とふち部分があって、時刻は5時5分前。午前なのか、午後なのかは書いてない。


「現在、こちらは16時55分です。それでは、ごゆっくりとお過ごしください」


 そんなこと言われても。


 女の人が外に出たので、私は部屋の中を見ておくことにした。部屋ははっきりと分かれていないが、2つの大きなスペースがあった。入口側には、テーブルやたながある。ホテルらしく、棚の上には電気ケトルやカップ、ティーバッグなんかが置いてあった。


 棚を開けると、お皿や大量たいりょうのお菓子かしが出てくる。後でお茶でももらおう。そこから出入りできる場所に、トイレとバスが、洗面所と一緒になっている。2人いると、ちょっと使いづらそうだ。ここの豪華なのは、表面部分と一部の部屋だけなんだと思う。


 ベッドは少しはなして2つ置いてある。ベッド付近にはサイドテーブルがそれぞれ置いてあるのと、上から照らす小さな照明がついている。あとは壁一面の大きなクローゼットが置いてあるだけだ。


 クローゼットを開けてみると、服がたくさんまれている。だけど、帰るときに違う服を着てたら、困るじゃない。


「今のうちに着替きがえたほうがいいと思う。帰るときに服が違ったら困るから」


「ああ、かもね」


 私は先に何着か、気になる服を選び出す。何かゲームをするのかもしれないから、動きやすい服のほうがいいのかもしれない。だけど、せっかくいろいろあるし。私は適当なワンピースを何着か取って、サイズを見る。全部同じなのに、私のサイズに合っている。


「うわ、全部サイズ合ってるなんて、気持ち悪いなぁ」


「ホントだ」


 私はクローゼットのかがみで何着か服を自分の身体に当ててみる。さくらんぼ、スイーツがら、それとも、こっちの黒とピンクのが、大人っぽいかな。いや、やっぱりかわいいほうがいいや。


 クローゼットは大きいので、毅は別の場所で服を選んでしまったらしい。さっさと着替え始めてしまう。私も早くしないと。ピンクのレースつきのワンピースに決めて、下着も探し出した。毅は気にしないんだろうけど、私は服を持って洗面所へ向かう。ついでだから、ちょっと洗面所の様子も見てみよう。


 必要ひつようなアメニティはシャワーわきの棚と、洗面台に置かれていた。洗面台には、石鹸せっけんや歯ブラシ、コップ、洗顔フォームや化粧けしょう品、ヘア用品が置いてあった。


 お風呂ふろ場には、シャンプーやトリートメント、石鹸とボディソープがある。シャワーつきのお風呂で、湯船と洗い場がある、使いやすそうなお風呂だった。豪華じゃないと思ったけれど、間違いだったかもしれない。


 お風呂に入るときもそこで服をがないといけないから、広い洗面台の脇に、脱いだ服をたたんで置いてみた。十分スペースはあるし、お風呂は少し奥のほうにあって、間にカーテンがあるので、これなられなくてみそうだった。


 ドアはないから、やっぱり途中とちゅうでトイレには入ってほしくない。こういうところは不便だと思う。


 服を持って戻ると、私は自分の服をナップザックの中に入れてしまう。残っていたボトルのお茶も飲んで、それは捨ててしまった。


 ザザが現れるまでに、私たちは2人とも着替えを終え、生活空間の確認を済ませていた。


「とりあえず、泊まろうと思えば泊まれそうではあるね」


 そう言ったところで、急に部屋にザザが現れたものだから、びっくりしてイスにつまずいてしまった。しかも、ザザは魔法を失敗したらしく、私が座ろうとして引いたイスの近くに現れて、大きくよろめいた。


「わわっと……ええと、そろそろよさそうだね。この後のゲームを説明するよ」


 相変わらず、元気のいい声だ。ザザは何もなかったような笑顔で説明を始めた。


「今から1時間くらいは、好きに過ごしてね。時計が18時を指したら、ゲームが始まるよ。3時間以内に私を探してね。見つからなかったら、ここから帰れなくなるよ。


「見つかったら、次のゲームはまた、明日。私は宮殿きゅうでんと庭の敷地しきちのどこかにかくれるけど、こういうホテルの部屋には隠れないから、部屋番号がついた部屋には、入らないほうがいいよ。それじゃ、楽しんでね!」


 帰れないなんて、冗談じょうだんじゃない。かくれんぼ? しかも制限時間つきだ。この広い敷地の中で、3時間。


「無理じゃね?」

「うーん……」


 そんな気がする。何か手を打たないと。本当に帰れなくなったら、笑いごとじゃ、まない。お父さんとお母さんは、どうなるんだろう。私たちが帰れないと伝えるんだろうか。


 ゲームの間、食事を余裕よゆうすらないかもしれないので、たなに入っていたお菓子を適当に出した。いたみやすいお菓子はなかった。たいていが長持ちするビスケットやチョコレートのたぐいだ。


「帰れないって、冗談だよね?」


「わからない」


 毅はだまり込む。お菓子を食べてはみるものの、なんだか私も落ち着かない。


「ディズニーランドみたいだね。なんかおどすやつ、あったよね」


「うん、あった気がする」


 言われてみれば、他の遊園地のアトラクションでも、ピストルで私たちをつまねをしたり、鏡にお化けの姿すがたうつしたりする演出えんしゅつもあった。たぶん、同じような演出だよね。


 この迷宮は遊園地のアトラクションなんだもん。3人のイラストがある以上、ザザ1人でつくったわけではなさそうだし、他の2人のほうが年上っぽかった。


 休憩きゅうけいを終えると、もう18時3分前だった。私たちは手分けして探すことにした。考えてみたら2人いるんだから、手分けすれば6時間あるのと同じじゃないの。


「どっちかが建物の中で、どっちかが外でいいんじゃない?」


 毅だって、さすがに建物の中で迷ったりしないだろう。


「外のほうが、建物が目印になって迷わなくて済みそうだから、ぼくが外」


「迷うと思う?」

「うーん、なんかやたら広いから」


「オッケー。終わったら手伝うってことで」


 毅はすぐに出発した。私もクローゼットから小さなかたかけポーチを見つけ出し、かぎをかけてそこに入れた。


 首には入場券と時計をげている。できるだけ早くザザを見つけなくちゃ。


 建物全体のイメージはざっくりとつかんであったので、私は自分がいる1階の廊下ろうかの奥から始めることにした。


 といっても、実際じっさいには見るところなんてほとんどない。子どもとは言え、人間が隠れられる場所なんて、そんなにないと思った。廊下のかべに、どこかの部族がつくったみたいな仮面がぶら下がっていても、まさか仮面の下にザザが入れるとは思えない。


 いや、それとも。私はホウキで飛んでいたザザを思いかべる。魔法使いだから、何でもありだろうか。私は仮面に手をばしてらしてみる。だけど、とどかない場所もある。


 絨毯じゅうたんはしがめくれないかとか、低い位置の仮面が取れないかとか、いろいろ試してみた。女子トイレにもいない。掃除そうじ用具入れがなかったので、どうやって掃除をしているんだろうかと疑問ぎもんになる。


 私はエントランスホールにもどって、花瓶かびんの中を1つずつのぞき込んだ。だけど、ザザらしい姿はどこにもない。入口のドアのうらにもいないし、装飾品のかげにもいない。入口と反対側にある階段の裏にもいなかった。


 大きな植木ばちの裏にもいなかった。廊下を反対側へ向かい、ホテル以外の部屋に入って行く。


 食堂しょくどうでは、今も食事をしている人たちがいる。まさか厨房ちゅうぼうには入らないだろうけれど、私はその手前まで行って、陳列ちんれつされた料理見本や、はしやコーヒーミルクが入った入れものを1つずつのぞいた。


 細かいところを探そうとすると、最初さいしょの印象と違って、逆にいくらでも見る場所がありそうだ。


 階段まで戻り、2階に上がる。青い絨毯は階段にもいてあった。階段にザザはいない。茶色い手すりは芸術的だけど、今は鑑賞かんしょうしている場合じゃない。


 私は階段をけ上がり、2階の片方の端へ向かった。端っこから見たほうが、見逃さなくて済みそうだったから。2階の廊下には、絵が何枚かかかっている。私はそれをくまなく調べたけれど、どこにも変なところはない。


 見つからない。部屋のほとんどはホテルだし、ザザは部屋には隠れないと言っていた。部屋に隠れたらルール違反いはんだ。ザザが庭にいて、毅が見つけてくれていればいいんだけど。


 2階から上に向かうエレベーターや階段は3か所あって、私はそれを順番に試すしかなくなった。


 左のとうと右の塔がエレベーターで、真ん中は階段で上がるようになっていた。エレベーターは半円で、塔の内部のもう半分は、エレベーターから出るスペースと窓しかなかった。で、おどり場みたいな部分しか見えなかった。


 左から上がり、上の部屋に着く。1匹のねこと、機織はたおりをする女性がいた。だけど、女性はどう見てもザザじゃない。大人の女性で、茶色いかみを後ろでお団子にまとめている。


 女性にいて教えてくれるとは思わない。こんなところで機織りをしていれば、ザザがこの部屋に来ない限り、見かけないはずだ。


 だけど、私が女性に視線を送る間に、猫が近づいてきていた。白い毛に茶色いぶちがある。猫は私に近づいてくると、私のひざに前足をかけてきた。変だ。普通ふつうの猫はこんなに人懐ひとなつっこくない。


「まさかあなた、ザザじゃない?」


 私は思わず訊いていた。


「違うよ」

 猫は人間の言葉でそう言った。


「え?」


「僕はザザじゃない。ザザを見つけたいなら、玄関げんかんの植物の葉っぱに化けてるよ」


うそ!」


 私は急いで階段を駆け下りた。玄関げんかんにいるなら、私のほうが担当たんとうだ。毅には見つからないはずだ。ザザが魔法使いだって、もっと意識しておくんだった。


 玄関ホールの中央の植物の葉を片っ端から手に取ってながめる。一枚、また一枚。何枚か手に取った後、他に比べて緑色のい葉を見つけた、私はそれをんでみた。


「わっ!」

 ザザだ。


「あは、見つかっちゃった。じゃあ、次は明日の9時から、2回目だよ」


 ザザはそう言うと、あっという間に姿を消してしまう。私は首にぶら下がる時計を見た。19時58分。あと1時間もあるから、毅をんでこないと。


 玄関から外へ出ると、私は毅の名前を大声で呼んだ。ところどころに設置された照明が初夏の花を照らしている。どうも季節はずれの花もくらしい。毅の姿すがたは見えない。


 私は心配になって、宮殿きゅうでんの周りをめぐってみることにした。宮殿のわきを歩くのは初めてだった。正面の庭のように花はなく、ただ木と芝生しばふが植わっていた。


 照明がないので、裏は暗くてちょっと怖い。来なければよかった。でも、毅がこっちにいるかもしれない。


「毅!」


 私は大声で何度か呼んでみる。相変わらず、返事はない。宮殿の裏は広い。宮殿の横幅よこはばがあるから、どうしてもその分、長くなる。毅だって、こんな真っ暗なところを歩きたくないはずだ。


 カサカサと葉がこすれる音ばかりが、大きな音に聞こえて、なんだか気味が悪い。私はいったん戻って、表の庭をもっとよく見ようと決めた。


 来た道を戻り、正面の庭の細い、花壇かだんと花壇の間を歩いてみる。花の香りがして、宮殿裏とは大違いだ。


「毅、どこにいるの?」


 くつの音がして、毅が顔を出す。


「お姉ちゃん?」


「毅、ザザを見つけたから、もどろう」


「ああ、いたんだ。どこに?」

「玄関の葉っぱに化けてた」

「え?」


 戻りながら、私は実際にザザが隠れていた場所を指さした。


「で、明日の9時から2回目だって」


「そんな、そんな変な場所に隠れられたら、数時間じゃ、普通は見つからないよ!」


 毅が言うとおりだ。だけど、また猫に訊けるかもしれない。私がそう言うと、毅は少しほっとした様子でうなずいた。


「昼間なら、もっといろいろ手があるかもね」


 楽観らっかん的な会話をしながらも、内心、私はお父さんとお母さんを気にしていた。本当にここでは、時間が経たないんだろうか。普通だったら、そんなバカなこと、あるはずがない。私が感じる限り、時間は確かに経ってるんだから。

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