第4章 2人の毅

 目の前にあらわれた光景に、私は思わずだまんでしまった。たけしが2人いる。服装ふくそうから持ちものまで、全部同じだ。


「あれ、ぼく双子ふたごだったっけ?」


 向かって左側にいた毅がそうつぶやく。私が知る限り、そんなはずはない。何かの間違いだ。


「なんでもう1人いるの?」


 右側の毅はそう言っている。


最初さいしょからいたし!」

「僕だって最初からいたし!」


 こうなってしまっては、どうにもならない。毅から目をはなしたのがいけなかったんだ。迷子だけでも十分、トラブルメイカーだけど、2人になるなんてトラブルは聞いたことがない。


 そういえば、入場の説明で、確か魔法の迷宮とかなんとか言ってたような気がする。単なる演出えんしゅつだと思って気にしていなかったけれど、もしかして、とんでもないところへ来てしまったんじゃないだろうか。


 私は急いでスマホを取り出した。地図は左ポケット、スマホは右だ。


 スリープを解除かいじょしてみると、「圏外けんがい」表示になっていた。時刻じこくは14時38分。これから、どれくらい時間がかかるんだろう。


 このまま2人の毅をここで見比べていても、どうにもならない気がした。私は携帯けいたいをポケットにしまうと、そのまま2人のそれぞれ、右か左のうでつかまえる。2人いるのは無視むしして、そのまま歩くことにした。


 片方かたほうは、まったく知らない相手だ。生霊いきりょうみたいなものかもしれないし、だれかの変装へんそうかもしれない。右へ少し進み、次は左へ。どうすれば見分けられるだろう。毅だけの特徴とくちょうがあるはずだ。


 ちらちらと両側を見るけれども、2人とも同じような表情、同じ格好かっこう、同じ顔だ。見分けたければ、別々にしゃべらせるか、それぞれに違う動きをさせるしかない。どうすればいい? 2人が順番にしゃべるようにするには。


「ねえ、しりとりしない? 左から順に」


 私は提案ていあんしてみる。出てくる単語で見分けられるかもしれない。毅のしりとりは変わっている。変な単語のオンパレードで、何度出てきても、覚えられない単語もある。


「最初は毅の『し』」


 私が指定すると、左側の毅が反応する。


「シマウマ」

 ちょっとらしくない。


「マラカス」

 私が言うと、右の毅に移る。


「す……スイッチ」

 だれでも思いつきそうだ。


「ち……地球」

 これは毅でも言う。私の番だ。


「う……馬」

「ま……」


 真っすぐか右から、真っすぐ進む道を選び、そのまま歩く。まだかべは青いままだ。


「魔法」

 どっちもあり得る。それに、ここは魔法の迷宮だそうだし。


「う……ウイグル」

「何だっけ?」

「中国に併合へいごうされた自治じち区」


 よくわからない。でも私が「る」だ。少ないから難しい。


「ルイボス茶」

「ち……」


 何の疑問もなく「ち」で受け取る。右側の毅に、少しリアルな印象を持つ。


「チート」

 前に聞いた気がする。確か、何かをだますこと。


「トランク」

 わからない。何とも言えない。


「く……」


 私が単語を探していると、右側の毅が何かを思いついたようだ。

「あ、そうか!」

 いきなり声を上げる。どうしたんだろう。


 道がくねくねし始めた。そろそろどこかに出るのかもしれない。急がないと。


「クレパス」


「スクリーンショット」

 画面を撮影さつえいする、だっけ。


「と……時計」

「い……イルカ」


拡張かくちょうボード」


「何、それ?」

 思わずいてしまう。


「パソコンのマザボにして、機能を追加するカード」

 こんな単語を引っ張ってくるところが、毅らしい。


「ドイツ」

 左のだれかは答えたけれど、私はその手をさっと放した。もう、これ以上は続けても意味がない。


「あなたは、だれ?」

 ちょうど目の前に四角い建物が現れたとき、私は問いかけた。


「あはは、バレちゃったあ!」


 ポンッと音がしたかと思うと、入口のイラストにえがかれていた緑色のワンピースの少女が現れた。まったく同じ姿だ。三角帽子ぼうし、ワンピースのむねのところに、黄色い星形をくっつけてる。くつも星と同じ黄色。それに、長いウェーブの茶髪ちゃぱつ、緑色のひとみとホウキだ。


「はじめまして。ようこそ、魔法の迷宮へ。私はザザ。よろしくね」


 小学校1年生くらいの見た目の子だ。とても元気がよく、大きな目は明るくかがやいている。


「よろしく」

「あの絵の人だ!」


 でもはじめましてってことは。


「これはただの挨拶あいさつなの?」

「そうだよ?」


 なんだか気が抜けそうだ。


「あれえ、大丈夫だいじょうぶ? 迷宮はまだまだ、これからだよ? 頑張がんばって!」


 そう言うと、ザザはホウキを動かして、手れた様子でまたがった。


「というわけで、まったねー!」


 そのままどこかへ飛んで行ってしまう。その様子を、私はただ目で追っていた。


「お姉ちゃん?」


 毅にうながされてわれに返る。目の前には、何か四角い建物がある。建物はどう見ても一階建て。どこかの家、それもたぶん、東京の区の、小さいアパートくらいの広さがありそうだ。一部屋ではない。一棟いっとうの底面積くらいだ。


 それにしても、なんだか怖い。壁ははい色で、積まれたレンガの一部がくずれかけている。


「入ろう」

「うん」


 他に道はない。広場の代わりに、私たちが歩いている道は、この玄関げんかんつながっていた。


 毅は平気なんだろうか。私と違って、怖いアトラクションを楽しむタイプだから、大丈夫なのかもしれない。それとも、自分がゲームの中にいるとでも思っているんだろうか。なんだかうす気味悪かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る