第3章 わくわく大迷宮

 昼食を終えてトイレをませると、私は気になっていた地図の一番奥いちばんおくを示した。

「この迷宮、気になるんだけど、行ってみない?」


「2人だけで行って来たら?」

 お母さんは、あまり乗り気ではなさそうだ。たけしは身体を大きくたてらしていたので、連れて行かれそうだった。


 お父さんのほうをちらと見ると、お父さんはうなずいた。


「どうせ時間がかかるだろうから、毅も行くようだし、2人で行ったらいいだろう。お父さんはお母さんと一緒いっしょに、ちがうところにいるから」


「でも、途中とちゅうまで一緒いっしょに来るでしょ?」


「あの赤いバスが迷宮まで行きそうだよ」

 毅が前を指さす。


 バスが近づいてきていた。私は急いで毅の手を取り、バスに乗り込む。バスというほど速くは走らない。遊園地の中だから、スピードはゆっくりだ。2階に連れて行こうと思ったのに、毅は入口の近くに座ってしまう。


「しりとり、どこまで行ったっけ?」

「忘れた」


 だけど、毅は忘れたというよりも、またゲーム機に視線を落としていたので、邪魔じゃましないほうがよさそうだった。


 こうやってすぐ、ゲームに気を取られるから、迷子になるんだ、と思ったけれど、そうでなくても、毅は方向音痴ほうこうおんちだった。小さいときに、迷子になって警察けいさつに保護されたこともあった。そのせいで、お父さんは私たちにスマホを持たせようかと言ったくらいだ。


 でも、実際に私たちが持ったのは、簡単スマホだ。毅は退屈たいくつそうだったけど、ゲームをしすぎると困るから、とお母さんがゆるさなかった。


 バスはファンタジーのお城みたいな建物に近づいて、そのまま通り過ぎる。看板かんばんを見ると、「ガーディのにじの城」と書いてあった。いったい何のアトラクションだろう。


 バスは私の疑問ぎもんに構わず、どんどん先へ進んでいく。巡回じゅんかいルートが決まっているらしく、バスが走る場所の下は、道が赤っぽいコンクリートのラインになっていた。


 途中で数回、人が乗ってきた。でも、りる人はいない。人数が増えてしまって、立ったままになっている人もいた。


 バスが目的地に着いた。私たちはバスを降りる。目の前に、入口のアーケードと同じようなアーチがならび、ホウキに乗る少女のイラストが大きな目をこちらへ向けて明るい笑顔を見せている。


 私たちが入口でチケットを見せると、一緒に入った人たちと、小さい部屋に入って、簡単かんたんなガイダンスをされた。


「この迷宮は、魔法の迷宮です。中で何が起きても、魔法とご理解ください。心臓しんぞうの弱い方は、ご遠慮えんりょください。


準備じゅんびはいいですか? では、グループごとにご案内しますので、一緒に入られる方は、固まってお待ちください。お近くのたなから、お飲みものを1つずつお取りください」


 私は左側にあった棚に近づいた。いろんな飲みもののボトルが並んでいる。お金を入れずに勝手に持って行くようになっている。たぶん、迷路が長いんだ。


 毅が横からすっと手をばし、オレンジジュースのボトルをつかんだ。私は少し迷って、オリジナル・ミルクティーと書いてあるボトルを取った。ここにもかわいい女の子の絵がある。いったいどう、オリジナルなんだろう。なんだかちょっと気になる。


 順番が来て、私たちは中へ入った。落書らくがきだらけの白いかべが並んでいる。最初の落書きは、あの女の子だった。もしかしたら、あのイメージの子が本当にいて、描いたんじゃないだろうか。緑色のワンピースと三角帽子ぼうしの女の子が。それとも、遊びに来た子どもたちが描いたのだろうか。


 同じ道を通れば気づきそうなくらい、落書きの種類はばらばらだった。毅の手をにぎったまま、私は右へ、左へ、気の向くままに進んではもどる。ぐるりと回る道もあったようで、気づいたらまたチューリップと、もじゃもじゃ頭の顔の絵の前に来ていた。


「ありゃ」


 少し休憩きゅうけいしたくなって、ペットボトルを開けた。毅も私のとなりでオレンジジュースを飲む。紅茶こうちゃは、思ったほどあまくない。ミルクはリッチで、しっかり香りがしていた。


「おいしい、これ」


 少しだけ飲んで、あとはナップザックにしまう。毅のペットボトルも、リュックに入れてあげた。


 どうにかそのあたりを通り抜け、宇宙うちゅう人とUFOの絵の壁を見つける。分かれ道が少なくなって、道なりに進む道が増えていた。何かありそうだ。左へ曲がって少し進むと、広場のようなところに着いた。


 どういうわけか、そこは一面、芝生しばふおおわれている。それまで聞こえていなかったのに、鳥の鳴き声が聞こえてきていた。まるで歌うみたいに音程が変わる声もある。


 その広場から先へ行く道は3つあった。左か、右か、真ん中か。広場の中央に、何か書いた、白い看板が立っている。こんな場所じゃなかったら、何とか牧場とか書いてありそうな看板だけど、近づいてみると、注意書きみたいになっていた。


『道は1つだけ。間違ったら、最初からやり直し』


「やり直しなんて、面倒めんどうだな」


 毅が顔をしかめる。もちろん、間違えなければそのまま進めるはずだ。こんなふうに書いてある以上、きっとどこかにヒントがある。でも、見えているのは目の前の看板と、芝生の広場ばかりだった。


「何もなさそうには見えるけど……」


「でも、何かあるよ、きっと」

 私は毅をうながして手を放し、芝生の反対側に移動する。


「私はこっちから、毅は入口からね」

「それも面倒だなぁ」


 文句を言いながらも、毅は一応、芝生の上を歩き始めた。ただ、歩き始めて5分もすると、ここには何もなさそうだと感じていた。どう見ても、芝生はそんなに深くなくて、何かをかくすのは難しそうだった。


「うーん、違うかも」


 3つの出口の付近で立ち止まって、それぞれの周辺を探してみる。道の先をのぞいてみたけれど、なんだかきりがかかっているみたいに、先がどうなっているのか、よくわからなかった。1つだけ気づいたのは、出口のそれぞれに数字の1、2、3が書いてあったことだけだ。


 数字に意味があるのかもしれない。芝生になければ、ヒントは看板にありそうだが、看板の表を改めて見ても、特にそれ以外に書いてない。


うらじゃないの?」


 毅に言われて裏に回ると、そこには簡単な計算問題が書いてあった。『1×2=〇』


「なんだ、2じゃない」


 私たちは、真ん中の道へ入って行く。間違っても、最初からになるだけだ。


 道を進み始めると、霧はあっという間に消えてしまった。周りには、青い壁に黄色い落書きが並んでいる。


「ゾーンによって色が違うのかな?」

 毅が首をかしげる。


「かもね」


 だけど、ちょっと奇妙きみょうだ。迷路に入ってから、あれだけいた人のだれにも会っていない。途中で1人くらい、出会わないほうがおかしいのに。


 毅は何も気にしない様子でどんどん私の手を引いて行く。迷路の中なので、別に私がリードする必要もなかった。


 犬とねこの落書き、無意味な螺旋らせん、長いつえを持った男の子の落書き。開かれた本の落書きに、星形がたくさん描かれただけの落書きもある。


 毅が首をかしげたので、私は毅の手を引いて、右に進む。毅はだまって引っ張られるままになっている。


「あ!」


 急に声を上げた毅にびっくりして振り返ると、パソコンの落書きを指さしていた。まったく、少しは忘れたらいいのに。


「ほら、行くよ?」

「あ、うん」


 分かれ道の少ない、真っすぐの道に入る。なんだか少しあせばんできたので、私は毅に、その場にいるように言ってナップザックからペットボトルを出した。毅も飲みたければ、リュックを下ろすだろう。


 なんだか空気が変わった気がした。ほんのひと吹き、強い風が吹く。


「ん、あれ?」


 なんとなく今、ほおに何かがさわった気がした。


「虫かな?」


 ちょっと左に目をやると、毅が驚いた顔をして立っていた。何かをじっと見つめている。私は、その視線を追ってみた。その視線の先には、奇妙なことに、毅がもう1人、同じように驚いた表情をして立っていた。

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