第2章 不思議なアトラクション

 私とお母さんは、2人がもどってくるまでには、垂直すいちょく落下の乗りものの下に来ていた。たけしが船に乗ると言ったので、次は船と決まっていたから、私たちはアスレチックを回りんで、船の乗りものの前に来る。


 船の乗りものは、よく遊園地にある、前後に大きくれる乗りものだ。


 身長制限しんちょうせいげんがあったけど、だれも引っかからない。あまり後ろのほうに乗るとこわいので、私はお母さんと一緒いっしょに手前に乗った。お父さんと毅は後ろのほうへ行ってしまった。


 何人かの知らない人たちと同じ列に乗る。私は少し緊張きんちょうしながら、ナップザックを前にかかえ込む形で逆にかけ直した。バーを下ろさないといけなかったけれど、たいした荷物は入ってないので、特に邪魔じゃまにはならない。


 船はゆっくりと動き出し、最初は小さな動きから、徐々じょじょに大きく動き始める。後ろのほうは、逆さにはならないものの、少なくとも100度以上の角度まで、後ろにもり動かされるはずだ。どれくらいなのか知らないけど、90度ではまないと思う。


 私はそんな怖い思いはしない場所で、落ちるたびにおそってくる無重力の不快感ふかいかんえる。毅、よくこんな感覚の乗りものが平気だな、と思う。うらやましい。自分の身体が振り子になって、ボールみたいにひもあやつられるんだ。紐ではなく、船の乗りものだけれど。


 この船の近くに魔法のホウキというアトラクションがあるのだけれど、私は「少し休む」と言って、売店で飲みものを買ってもらう。お父さんとお母さんはコーヒー、私はよく知らなかったけれど、グァバのジュースにしてみる。イメージ画を見る限り、果物っぽかった。毅はカルピスを買ってもらっていた。


 グァバのジュースは赤かった。甘酸あまずっぱい香りだし、結構、酸っぱい果物だと思った。もう少し飲みやすいジュースが他にもあったのに。お母さんは「健康にいいよ」と言ってくれる。


 売店の席は少なくて、私たちは立ったまま飲みものを飲んだ。グラスに入れてくれたけれど、ストローは使わなかった。なんとなく、いいや、と思って。


 魔法のホウキのアトラクションは、屋内だった。建物のデザインは変わっていて、ドームみたいな建物の正面には、大きく引きばされたホウキの上に、「魔法のホウキ」とポップなピンクの文字で書いた看板かんばんが出ていた。


 ドームは全体が緑色で、屋根の部分はきらきらと日光を反射はんしゃして、もしそこまで身長がとどく人がいたら、かがみみたいに顔がうつりそうだった。


 建物の中に入ろうとしたとき、毅があっとさけんだ。

「今、ゲーセンっぽいのがあった」

「いいから、中に入ろう。空飛べるよ」


 お母さんがごまかすように言い聞かせて、半ば強引ごういんに毅をアトラクションの中へ引っ張り込む。ちょうど入口を通り過ぎるとき、私はお母さんが話していた、ホウキがならんだ部屋の写真を見かけた。ホウキが並んだ、といっても、別に本物のホウキがずらっと置いてあるわけではなくて、何種類かの高さに固定されたホウキの乗りものがずらっと真横に並んでいる感じだった。


「ホントに空飛ぶの?」

「さあ、どうかなぁ」


 私は内心、そんなわけないと思いながら、毅を引き込むため、余計よけいな口ははさまずに済ませた。


 エントランスで簡単な案内をしていた。係の人が、声を張り上げて、心臓しんぞうに不安のある方、妊娠にんしんされている方はご遠慮えんりょくださいと言っていた。何かそんなにびっくりするような内容なのだろうか。あるいは、乗りものの動きがはげしいのかもしれない。


 案内された部屋は、かなり奇妙きみょうな空間だった。室内にいるはずなのに、まるで外にでもいるかのような景色だった。地面には緑色の草がめられ、取り囲む風景は外の景色そのものだった。それだけじゃない。一番驚いたのは、室内にく風だった。それは、本当に外にいるようなそよ風で、緑の香りがするのだ。とても現実とは思えなかった。


 ホウキはつくりものっぽい感じがした。竹ボウキにしては、整いすぎた形をしている。の部分もホウキのく部分も、すべてのホウキが同じ形をしているように見えた。


「みんな同じ形だね」

「うん」


 毅はうなずいた。でも、ホウキが設置されている高さはいろいろで、大人から子どもまで、自分のサイズに合わせて選べそうだった。係の人が私たちを見て、適当な場所へ連れて行ってくれる。私は誘導ゆうどうされるまま、毅とは少しはなれたホウキに乗った。建物の中で一列に並んでいる以上、毅も迷子になんてならないだろう。


 家族みんなが離れ離れになっていた。身体を前に乗り出して右のほうを見ると、少し離れたところにいるお父さんが、心配そうにこちらのほうを見ているのがわかった。毅を見たいんだろう。


 説明係の声が、スピーカーで拡大かくだいされていた。


「これからお手元のホウキで空を飛びます。しっかりホウキにつかまってください。携帯けいたい電話は電源を切るか、マナーモードに設定してください」


 私は注意されたとおり、携帯をマナーにして、ホウキにしっかりつかまり直した。


 足がちゅういた。景色が少し変わった。本当にホウキに乗っているんだ、と思った。

ひざを曲げて、しっかりとホウキにつかまってくださいね」


 一瞬いっしゅん、正面を向いて安定したかと思うと、急に前方から強い風が吹き始めた。景色の動きが速くなり、空から町を見下ろしているような景色に見える。奇妙なことに、足元にあった芝生しばふもどこかへ消えてしまったように感じられた。いったいどうなっているんだろう。


 景色はどんどん動き、私たちは海の上を飛んでいく。そんなに高度は高くないのに、はだれる空気が少しずつ冷たくなり始める。なんだかちょっと不安になってきた。何か上着が欲しい。そう思っていると、自分が氷の上を飛んでいるのに気づいた。見えている大陸は雪におおわれている。


 寒いわけだ。いや、建物の中のはずだから、本当に寒かったらおかしいんだけど。ただ、死ぬほど寒いわけじゃないので、これも演出えんしゅつなんだろう。


 ホウキの先が曲がり、左へカーブするのがわかった。しばらく寒い場所を飛んで、さらに左へカーブすると、今度は逆に暑い場所に入って行く。


 景色も大きく動いた。緑がほとんど見当たらない場所に、砂色の箱型の建物がずらりと並んだところを通る。また海を越えて、今度は石でできた建物が並んだ地域へ入って行く。このあたりになると、暑さも落ち着いておだやかな温度になった。


 動画や写真でも、テレビでも見かけない建物が見えた。短時間で消えてしまうので、ゆっくり観察するひまはなかった。明るいピンクの石のとがった屋根が、薄い赤紫のとうに乗っているのが見えた気がした。


 それから、レンガ造りのいくつかの建物が集まった場所で、中央の1つの建物だけ、なぜかうすい緑色をしていた。どちらかというと畑や木が多かったかもしれない。都市らしいところはほんの一部で、あとはだいたい、緑色か茶色だった。


 風が少し弱まった。最初の緑色の景色にならないうちに、降りるらしい。どうせ映像だから、どこでもいいんだろう。ゆっくりと下に向かって、着いた場所は丘の上だった。下のほうを川が流れ、山と木々に覆われた場所だ。


 私は現実に返る。お父さん、お母さん、それに毅と合流しないと。


 毅は迷子にならずに済んだらしい。本人もわかってはいたらしく、他の人たちが動くまで、自分が乗っていたホウキのすぐわきに立っていた。私たちは、ゲームセンターに行きたがる毅をどうにか引っ張って、汽車で園内を移動する。


 カラフルな遊園地の中で、人々の笑い声やさけび声が聞こえ続けていた。たくさんのアトラクションが現れては消えていく。きらきらした宝石でかざられたアトラクションが見えていた。派手はで装飾そうしょくのショー会場もある。


 さらに先へ進むと、ジェットコースターのようなアトラクションや、怖そうなアトラクションの数々が見える。中には水しぶきを浴びるんじゃないかと思うアトラクションもあった。


 この遊園地のマスコットらしい3人のキャラクター――入口の看板の3人らしい――のぬいぐるみやグッズを置いているお土産みやげ屋さんや、クルーズ船やサイクリング・レーンも見かけた。


 朝早くから車で来たので、長く走って来たとは思っていた。東京じゃないんだろう。この遊園地は結構、広いらしい。景色が見える汽車の中で、改めて地図を見る。青い地面のエリアから、ぐるーっと大きく右から回り、ピンクの地面のエリアへと入っていく。緑のエリアを通ったとき、もうひとつ奥にエリアがあるのに、そこを通らず、汽車はそのままピンクのエリアへと向かっていった。


 園内の移動には、汽車に乗る、歩く、サイクリング・レーンを利用する、園内を巡回じゅんかいしている、ロンドンの赤いバスを10人くらいの乗客を乗せられる程度に小さくしたみたいな乗りもので移動する、定期船で移動する、という方法があるみたいだった。


 移動した先でフラワーガーデン・コースターという、普通のジェットコースターほど怖くない、少しゆっくり、ずっと長く走るコースターに乗って、その広いフラワーガーデンをながめた。


 バラがきれいに咲いていた。アジサイが少し咲き始めていた。名前を知らない朝顔に似た花や、ピンクの花が、花壇かだんにたくさん咲いていた。花なのかそうじゃないのか、よくわからない黄色っぽい、彼岸ひがん花を小さくして線状の部分を減らして、先を太く垂らしたようなつる植物が、そう表現していいのかわからないけれど、咲いていた。緑がよくしげっていた。

 お母さんが少し不思議そうに首をかしげた。何が気になるんだろう。


 私たちはガーデン・レストランに入る。ガーデン・レストランの食事は、ちょっと不思議な感じがした。レストランは屋外で、テーブルやイスは白い、よくヨーロッパのカフェの映像とかに出てきそうなイメージのセットだった。ただ、レストラン全体が花でかざられていて、食事にまで花が使われていたから、なんだかミツバチにでもなったみたいだった。


 私が頼んだのは、からげ、スープ、パンケーキのセットだったけれど、セットメニューで花のプレートがついてきた。いろんな味の花を試食する、小さなプレートだ。それに、パンケーキにもみつと一緒に花が飾られていた。スープは素朴そぼくな野菜スープだったけれど、数枚の花弁はなびらが入っていた。パンケーキの香りと花の香りを同時に感じた。おいしそう。


「この花、食べるの?」

「食べられるよ」


 花を食べるなんて、考えたこともなかったのに。でも、蜜をえる花について、お母さんから聞いたことがあったし、試してみたことはあったな、と思い出す。あれはいつの話だったかな。


 プレートの花は、それだけで食べるとあまりおいしいとは思わない花もあったけれど、塩漬しおづけにされた花と、蜜のついた花はおいしかった。プレートの花の種類が多くてびっくりする。食べられる花って、こんなにたくさんあるんだ!


 毅はまだ少しゲームに未練があるらしく、お母さんの手から地図を取ろうとしていた。

「どうしたの?」

「ゲーム、どこ?」

「ゲームはいつでもできるでしょ?」

「うーん……」


 でも、それはうそじゃなかった。毅は私たちにだまってゲーム機を持ってきていたらしく、青いリュックからポータブルのゲームを出して、遊び始めてしまった。


「まったく、遊園地まで来て、何やってるんだか……」


 あきれ顔で見つめるお母さんの横で、私は思わず笑ってしまう。

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