ザザとわくわく大迷宮~魔法少女と遊園地~

桜川 ゆうか

第1章 わくわくランド

「……バッテリー」

「り……リフト!」


 季節外れのスキー場を思い浮かべながら、切り抜ける。たけしは「と」で始まる言葉を探して視線をさまよわせる。


 ワゴン車の後部座席こうぶざせきそべって、私たちは家族4人で、新しくできた遊園地に向かっていた。

 梅雨のさ中、たまたま晴れた貴重な土曜日だ。


「と……トロイの木馬」

「何、それ?」

「コンピュータ・ウイルスの一種だよ。何もしないよってフリして入ってきて、悪さをするんだ」


「ば、ね?」

「ば」


 4年生の弟、毅と私は1さいしかちがわないけれど、私はあまりパソコンをさわらない。一方の毅は、お父さんが仕事で家にいない間、お父さんのパソコンの前にすわりっぱなしで、ゲームとかして遊んでいる。


 だから、パソコンとかゲームの話題になると、私はしょっちゅう、毅に言葉の意味をいている。わからないから、あまり毅としりとりをするのは好きじゃない。ただ、今は車の中で、毅の遊び相手くらいしかすることがない。お父さんには「車の中で動画なんててると気持ち悪くなるぞ」と注意されているし。


 毅には、まだしりとりがおもしろいらしい。新しく覚えたパソコン用語や、アニメや漫画まんがで覚えた言葉を引っ張り出してきて、私がわからないと自慢じまんげに語る。


「ん、あれ? 今、実は答えてた?」

 答えてたって、何がだろう。

「ば……」

「ああ、違うのか」


 だからなのか、私がまると、催促さいそくしてくる。時間切れをつくろうかと言っても、どっちかが負けてそこでおしまい、としたいわけでもないらしく、どちらかというとしりとりを続けるのが好きみたいだ。


「ほら、2人とも、そろそろ着くよ」

 お母さんが声をかけてくる。私はっ転がっていた車の座席から少し身体を起こして、まどに手をかけて外をのぞく。


 退屈たいくつで何もなかった道は、とっくに通り過ぎたらしい。レストラン、ビニールハウス、お土産みやげ屋さんがあって、少し先には何けんかの家が、東京よりも広い間隔かんかくをあけてばらばらに建っている。

 その先はまた小さなお店。あとは木とか葉っぱばかりだ。遠くにはうっすらと青く山が見えている。


 っと、いけない。早く「ば」を答えないと。また毅におこられちゃう。

「ばんそうこう」

「う……ウェブブラウザ」

「何、それ?」

「え、知らないの?」


 そんなこと言われても。


「ネットで何か検索けんさくしたことない?」

「あるけど」

「あのソフト」

「クロームとかじゃなくて?」

「クロームは、そのひとつだよ」

「ふーん」


 よく知らない。そのウェブブラウザがいくつあるのかも、わからない。

「……ざ、だよ?」

「ざ……ザリガニ」


 毅が答えたあたりから、大きな観覧車かんらんしゃが見え始めていた。遊園地は近づいてきている。まだ遊園地が開く前の時間のはずだけれど、細く開けた窓から、待ちきれない音楽が聞こえてくる。


 車はゆっくりと、駐車ちゅうしゃ場に入って行く。駐車場の地面は普通のアスファルトだけれど、ところどころに立っているライトのポールは、ひとつずつ全部、違うデザインになっていた。女の子、男の子、かぼちゃお化け、アリスの顔、三月ウサギ、ピーターラビット、星、ライオン、ワシもある。駐車場が広いので、挙げたらキリがない。


「マーサ、そろそろかみを直したほうがいいわよ」

「はあい」


 私はいったん、左手で髪をさえてゴムを抜き取り、手でさっと髪をいてひとつにまとめる。ピンクと黄色のマーブル模様もようの球がふたつついたゴムを、左手で押さえた髪に適当に数回巻きつけて、上でめた。


 お母さんは私のことをマーサと呼ぶのが好きだ。本名は麻亜紗まあさ。マーサじゃない。お母さんの名前が由貴子で、お母さんによれば、昔よく、外国人と国際交流するときに、ゆき、ゆか、ゆうき、ゆみこ、といろんな名前とごちゃ混ぜにされたから、らしい。


「外国の男の人たちにも、名前を覚えてもらえたほうがいいでしょ?」


 お母さんはそう言うけど、それはお母さんの趣味しゅみだ。まあ、だからといって、私が海外に興味がないわけじゃないけど。


 お母さんが好きなテレビ番組に、ヨーロッパとかを旅行する番組があって、そこに出てくる景色とか建物とかをぼんやりながめるときがある。日本にはなさそうな景色で、ちょっと見てみたいな、と思うんだ。


「人魚」

 小さい「よ」が来たときは、その前の文字を採用するのが、私たち2人のルールだ。前に違うルールでやったとき、や、ゆ、よ、で始まる単語が増えてしまい、毅がせっかく覚えた単語を言えない、と文句を言ったからだ。

「ぎ……」


 銀杏ぎんなん、じゃ「ん」になるし。


 駐車場に車が停まったので、私はナップザックを背負った。遊園地で荷物を落としたくないから、ハンドバッグにはしなかった。


「入口を見る限り、代わりえはしないようだな」


 いくつかのチケット売り場が並んでいて、窓口には人がいて、すでに売り始めているのがわかる。その横には、大きな入口のアーケードがある。その前には、人々が5列になって並んでいた。それぞれの列の中で、家族がまとまって並んでいるか、若い男女がおしゃべりをしながら並んでいる。


 上の部分には、ゲルで書いたような、ポップなカラフル文字で「わくわくランド」と書いてあり、その周辺に大きなイラストが描かれている。緑色のワンピースと三角帽子さんかくぼうしの女の子がホウキで飛ぶイラスト。くねくねしたにじの上にそべる年上の男の子。なんだか和風の服装ふくそうの、長いぼうみたいなものを持った男の子。この子は女の子よりは年長に見える。


「お姉ちゃん、ぎ、だよ」

「ええと……」


 入口のわきに、オープンを待つ人のためのカフェが開いていた。テーブルにはギンガムチェックのクロスがかかっている。

「ギンガムチェック」


「何、それ?」


 今度は毅が訊く番だった。

「チェック模様はわかるでしょ? たとえば赤と白のチェックだとすると、赤が重なってる部分だけが色がくて、重なってないところはピンクっぽい色になってたりするの。あそこのテーブルクロスみたいなやつ」

「そっか」


 駐車場をゆっくりと抜け、お母さんがチケットを買う間、私たちはもう列に並んでしまう。首からげる透明とうめいのケースがチケットと一緒いっしょに渡された。私たちはチケットをケースに入れて、首にかける。


「失くさないでね」

「うん」


 ちょうどいい時間に着いたらしい。ちょうど開園になるところだった。

「あ、もう入れるみたい」


 新しい遊園地。乗れないほどこわい乗りものばかりじゃないといいんだけど。なんだかわくわくする。

 銀色のバーを押すと、一瞬いっしゅん、ベルのような音が鳴った。


 朝早く来たせいか、まだそんなに、人は多くない。お父さんが蛇腹じゃばら状の地図を振り広げて、私たちに見せてくれる。


「今はここ。エントランス。遊園地全体は6つのエリアに分かれていて、今いるのがエントランス・エリア。目の前のそれは、アスレチックだな。右のほうにお化け屋敷やしき、ティーパーティー、クリスタル・コースター。左側に売店とトイレ、大船、魔法のホウキ、それから……」


 お父さんがエリア内のアトラクションの名前を読み上げる間、私は周りを見回していた。足元の地面は青いアスファルトでおおわれ、少しはなれた正面には、不思議な形に組んである木が、すぐ後ろのおかに広がって見える。アスレチックなんて、遊園地より公園にあるものだと思ってた。


「とりあえず、あれやりたい」


 毅は目の前のアスレチックが気になるらしい。お父さんは地図を閉じると、下にもう1枚持っていた分を私に渡す。

「迷子になるなよ」


 こういう広い場所では、よく迷子になる毅は、1人にならない約束になっている。お父さんは毅の手を引いて、アスレチックに近づいた。


「あんたも行って来たら?」

「うん」


 お母さんは待っているらしいので、私は先に行く2人を追ってアスレチックの丘に向かった。


 お父さんは私の姿すがたを見るなり、毅の手を私にさし出した。

「代わりに行ってこいや」


 アトラクション専用せんようの入場チケットは必要ひつようなく、遊園地の入場パスだけでアトラクションは遊べるようになっている。お金が必要になるのは、何か食べたり飲んだり、お土産を買ったりする場合だけみたいだ。地図は小さくたたんでキュロットのポケットに入れてしまう。


 まずは丘を登るところから始まった。木の梯子はしごを登ると、組まれた丸太とぶら下がるロープと白いネットが、一斉いっせいに目に入る。立てられた丸太の下の部分にはネットが張ってあり、落ちても怪我けがをしないようになっている。


 り下がったロープの結び目に手をかけると、ごわごわとしたロープの感触かんしょくが伝わってきた。ロープの下の結び目に視線を落とす。ロープをあしはさむと、ささくれ立ったロープが当たって気持ち悪いだろう。私はキュロットがガードしてくれるように注意しながら、一気にロープに体重を移した。カラカラと音を立てながら、下にネットが広がる部分を降りていく。正面から受ける風は、少し強めに感じられた。


 木のわくの部分に片手と足をかけて、私はロープから離れた。少し手が赤くなっている。係の人がロープをつかみ、上に向かって引っ張っていく。私はそのままトンネルに入った。うでって進む。今度は白いコンクリートから金属の棒の突起とっきが出ていて、それを使ってよじ登るようになっていた。


 目の前が開けると、丘の上に立っているのだとわかった。お父さんが言ったアトラクションなんて、ほんの一部でしかなかった。楽しそうなアトラクションが、あちらこちらに広がっている。


 くるくると降りるすべり台や、くさりのある石の滑り台、トロッコに乗るルートがあった。毅がトロッコのほうに向かおうとしていたので、私は毅を追って隣に乗り込んだ。


 薄暗うすぐらい坂道を、ガタガタとれながら降りていく。

 トロッコは半回転して、滑り台の下に降りる。


「おーい、楽しんだか?」


 お父さんはどこかから先回りしたらしい。一緒に来るのかと思ったけれど、お母さんの姿が見えない。


「次は何だ?」

「船」

「お母さんが来てからな」

「じゃあ、あの落ちるやつ」


 一本の柱のところから、何人かのグループが乗った箱が垂直すいちょくに落ちる。かなり怖そうだ。

「ええ?」

「よし、じゃあ、お父さんと2人な? 麻亜紗、携帯けいたいでお母さんを呼んでおいて」

「はぁい」


 でも、私が呼ぶまでもなかった。お父さんと毅の姿が見えなくなるのとほぼ同時に、左のほうから、私を呼ぶ声が聞こえた。


 お母さんは、どこか見て回ってきたらしい。歩いてきた方向を指さす。


「魔法のホウキっていうアトラクションがあるよ。ホウキがいくつも並んでて、それに乗って空を飛ぶアトラクションだって」

 そのうらにゲームセンターが入っていると言う。毅がそんなところに入ったら、1日中、中に居座いすわるんじゃないかな。


「毅に教えるのは止めよう」

「お父さんと毅は?」

「ちょうど入れ違った。あそこで落ちてる」


 私は例の垂直の棒を指さした。お母さんは一瞬、私の指の先を見て、すぐに私のほうを見た。

「なるほど」

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